事の起こり
事の起こりは2年前。
ロージーが16歳の時だった。
元々身体の弱かった母が病気で亡くなった翌年、今度は父が旅先の事故で逝去。
その途端にロージーの婚約者側から、婚約破棄の申し出が。
貴族の間では美しさや性格の良さよりも、生まれ持った『魔法』が、縁談に大きく影響する。
珍しくて貴重な魔法を使える令嬢ほど、引く手あまた。
それに引き換え、ぱっとしない魔法持ちの令嬢は、相手を見つける事すら難しい。
父が亡くなったどさくさで婚約破棄は『決定』となり、元婚約者からは、お詫びの手紙一つ来なかった。
「まだ数回しかお会いした事もなかったし、仕方ないわね。
だってわたしの魔法は、『くだらない、役立たずの魔法』だもの(ため息)」
『あれ以上に最悪な事は、もう起こらないと思っていたのに』
父の葬儀から、わずか3日後、
「まぁっ、あなたがロージーね!? 『彼』からいつも聞いてたわ!」
屋敷の玄関先に現れたのは、
「わたしは、グエンダ。グエンダ・フローレス男爵夫人!
あなたの新しい『お義母様』よ!」
くねくねと上品ぶる、シュミの悪い派手なドレスで着飾った、カエル顔の年配の女性と。
「ママー、あたし疲れたー!」
「お腹すいたー! ちょっとあんた、早く部屋に案内しなさいよ!」
痩せすぎとおデブ、絵に描いたような『意地悪な姉』二人だった。
あれよと言う間に、屋敷を占拠した『お義母様一行』は、
「わたし達は、マルト王国から来たの。
前の夫と死別してから国境沿いの町で、上流階級向けのステキな宿屋を経営してて。
そこでお父様と出会って、電撃的に恋に落ち――事故で亡くなる前日に結婚したのよ!
ほらっ、『婚姻証明書』だってここに……!」
いかにも胡散臭い話だと、ロージーも使用人一同も思った。
でもこの事態を相談したり、頼りに出来る相手は誰もいない。
ロージーの両親は、『駆け落ち結婚』。
母はこの国の出身ですらなく、父も早くに両親を亡くし、他に親しい親戚もいない。
警察も『貴族様のもめ事』には、ノータッチだ。
「今まで音信不通でしたが。亡くなった奥様のご実家を探して、連絡してみては?」
と執事の提案で、母の部屋を調べていた所を義母に見つかり、
「何してんだい、この泥棒ネコ! ここはもう、あたしの部屋だっ!
お情けで、置いてやってる恩も忘れて……お前は今日から、使用人だよ!」
かっとなった義母に着の身着のまま、地下に追いやられた。
やっと持ち出せたのは、両親のわずかな形見だけ。
それから2年間、メイドとしてこき使われ、毎日罵りと嘲りを浴びる日々。
悔しくて辛くて。
最初の頃はいつも、『お父様とお母様のところに行きたい』と、泣いてたっけ。
でも、そんなわたしを……使用人の皆が、魔法と温かな気遣いで、精一杯助けてくれたから。
今まで何とか、やって来られた。
それに、
「皆の『計画』に参加させてもらう事で、わたしにも『生きる目標』が出来たのよ!」
椅子からぴょんっと立ち上がったロージーが、
「みんな、今まで本当にありがとう! 心から、感謝しますわ」
古びたドレスのスカートを両手で摘み、優雅にカーテシーをした。
わっと拍手の音が鳴る中、スタンリー執事の、低く響く声が確認をする。
「お嬢様――本当に、よろしいんですね?」
「もちろん! まずは……」
「「銀行の貸金庫、よね(ですね)!?」」
男爵令嬢と執事は、声を合わせて、にんまり笑った。
翌日、首都のメインストリートに建つ老舗銀行の入口に、一台の立派な馬車が停まった。
金色で紋章が描かれた、黒い扉から降り立ったのは、
ハチミツ色の金髪を綺麗に結い上げ、最新流行の黒いシックなドレスを身に着けた、まだ年若い一人のレディ。
年の頃40手前の背の高い執事を従え、しとやかに銀行の中に。
受付で名前を告げ、応接室に通された途端、
「これはこれは、レディ・フローレス! お久しぶりでございます……!」
この銀行の頭取が、息を切らせて駆け付けて来た。