表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/22

厨房の家族

 ロージーが、勢いよく開けた扉の中……そこは古ぼけた厨房(ちゅうぼう)

 むき出しの床に、がたつく調理台。

 黒い煙を吐き出す、年季の入ったオーブン。

 奥の暖炉も、小枝のような薪にしがみつく、心細い火が微かに揺れるだけ。


「お嬢様! それでは、あの『ばばあ』――おっと、『奥様』がついに!?」

 執事のスタンリーが片方の眉を上げて、パチンと指を鳴らす。

「イリュージョン、解除……!」

 途端に部屋の中が、まるで夜が明けたように明るく輝いた。


 床も調理台も、新品のようにぴかぴか。

 たくさんの薪の上で勢いよく燃える火が、やかんのフタをカタカタ鳴らす。

 暖炉前の敷物に並ぶのは、ふかふかのクッションが乗った5脚の椅子。


 スタンリーの魔法『幻影(イリュージョン)』は、「相手に見せたい幻覚」を、目の前に作り出す力。



「そうなの! いきなり『明後日、お嫁に行け』ですって。

 お相手は確か――西のフランク国のザーリア伯爵、だったかしら?」

「『ザーリア伯爵』!? あの、『近隣貴族ヤバい奴リスト』ダントツ1位の……!?」


 執事の叫び声に、ロージーが目をぱちくり。

「あらっ、そんなに『ヤバい方』だったの?」

「ヤバい『ヤツ』、です! 

 何しろ、とっくに60歳を過ぎているのに、無類の女好きで結婚は過去8回。

 その上、女性に暴力をふるうのも大好きなクズ野郎で、今までの奥方や愛人たちは皆数年で亡くなったり、命からがら逃げ出しております!」


 心底嫌そうに、顔をしかめて吐き捨てた、執事の言葉。

 しんっ……一瞬、静まり返った厨房に、

「あんの人でなし! 義理とはいえまだ18歳の娘に、そこまでするかっ!?」

 フライパンを振り上げた料理人――20代後半の元気な女性――メイジーの、雄叫(おたけ)びが響いた。


「お嬢様、ホントにそんなとこ行っちゃうのっ!?」

 従僕見習いの少年、まだ11歳のデイビーが、あわあわと尋ねる。

「みぃっ……!」

 ぎゅっとディビーに抱きしめられた、黒い子猫のキティも、心配そうに鳴き声を上げた。



「大丈夫。そんな事は絶対、わたし達がさせません……!」

 きっぱりと言い切ったのは、この家を取り仕切る家政婦の、ルイーズ・ブラウン。

 メイジーの姉で30代半ばの、ほっそりとした上品な女性。


「落ち着いて話す前に……ロージーお嬢様、そちらの敷物の上に」

「そうだったわ――お願い!」

 裏口に置かれたラグの上に立った、灰まみれのロージーの前で、家政婦がパチンと指を鳴らした。

「クリーンアップ!」


 さぁっと爽やかな風が、身体を通り過ぎた後には

「わぁっ、さっぱりした! ありがとうルイーズ!」

 一瞬で洗濯と入浴を済ませたような、清潔なドレスとエプロンを身に着け、頬をバラ色に輝かせたロージーが、毛先にくるんとウェーブの付いた、艶やかなハチミツ色の髪を揺らしていた。


 これが、ルイーズの魔法、『浄化(クリーンアップ)』。

 家の中の掃除はもちろん、衣服や身体も一瞬で、ピカピカにしてくれる力。



「お嬢様、キティも『お嫁に行っちゃダメ』だって!」

 必死な様子で訴えて来る、小さなデイビーの魔法『通訳(トランスレータ)』は、あらゆる動物の言葉が、翻訳出来る力。


「大丈夫、わたしらが行かせないから! さぁっとりあえず、お茶にしよう!」

 ざっと適当にポットに入れた、茶葉とお湯からぴったり4人分の、美味しいお茶を注ぐメイジー。

 彼女の魔法『計量(メジャースプーン)』は、どんな物でもその量を、きっかりと計れる力。



 執事のスタンリーは、家政婦と料理人姉妹の従兄弟。

 ロージーの父に仕えたスタンリーの紹介で、仕事を探していた従姉妹たちが雇われて。

 三人共、ロージーがまだ幼く両親も元気だった、10年前からこの屋敷で働いている。


 ディビーは、『孤児なら給料はいらないね!』と欲深な継母に去年、孤児院から引き取られ。

 キティはお腹を空かせてミィミィ鳴いていた所を、ディビーに拾われたばかり。



 皆でお茶と、ディビーはホットミルクのカップを手に、温かな暖炉を囲んで座る。

 お皿でミルクを飲んだキティも、ぴょんとディビーの膝に飛び乗って、丸めた手で顔を洗い始めた。

 ほっとくつろいだ――まるで、家族と過ごしているような――穏やかな空気の中。


「上に呼ばれる度に、ドレスや顔を『灰まみれ』にするのが、イヤで堪らなかったけど。

 そんな毎日とも明後日で、さよならよっ!」

 ロージーがカップを、『かんぱーい』と掲げてみせた。


「とにかく今まであの連中が、『この国で魔法が使えるのは、貴族だけ』と、思い込んだままで良かったです!」

 その『思い込み』を事あるごとに、慎重に上塗りしていた執事が、ほっとした様にネクタイを緩め。


「あの人達を招待する、お茶会も舞踏会もないし。どこからも情報は入って来ませんもの。『ネイバー嫌い』の上流社会に、今回は感謝ですね」

 すました顔で、家政婦がお茶を飲む。


「おかげで地下(ここ)に降りたら、私らとお嬢様は自由に過ごせたし! 

 買い物だって、わざわざ行かなくても。店から魔法で届くって、知らないまんま!」

 料理人がにやりと笑って、バリン!と大きくクッキーをかじった。


「この国に生まれたらみーんな、11歳になったら魔法を使えるのにね!」

「みゃー!」

 貴族も庶民皆も皆、11歳になると神殿に行き、生まれ持った自分の魔法を開放してもらう。 

 半年前に『魔法使い』になったばかりのディビーが、キティと声を揃えて笑った。



「後は、兼ねてからの計画通り動けるか――ですね?」

 慎重そうな執事の声に続いて、

「でもお嬢様、本当によろしいんですか? 他に何か手立てが……」

 心配そうに(たず)ねる、家政婦の声。


「もちろん! それから、わたしはもう『お嬢様』じゃなくて、ただの『ロージー』――敬語もなしよ!」

 明るく答えてからぐるりと、4人と一匹を見渡して、



「だってわたし達、『家族』になるんだから……!」

 ローズマリー・フローレス男爵令嬢改め『ただのロージー』は、両手を広げて嬉しそうに宣言した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 「軽量」は「計量」ですかね? [一言] 「ばばあ」、言っちゃいましたね。。。 ザーリア伯爵、ひどい人ですね(-_-)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ