【番外編】バージンロードは誰と歩く?
スペルバウンド王国の東の果て、国境の街エンドノート。
旅人たちが西に東に行き交うその地で、『大伽藍のバラ窓を一度くぐれば、孫の代まで精霊の加護が貰える』と、噂の大聖堂。
500年以上も昔に、歴史書にはただ『建築家たち』と記された名も無き人々が、知恵と魔法を絞って作り上げた建築物だ。
まず目を引くのは、白い石造りのドーム型の屋根の下。
花弁状にはめ込まれた無数の色ガラスが、刻刻と色を変えて輝く、大きな『バラ窓』。
朝の6時から24時まで1時間ごとに、1秒もたがえずに、時を知らせる鐘楼。
マンドレイクやバロメッツなど、魔法植物に目を見張る薬草園など……訪れる人々を魅了して止まない。
そのチャペルでは本日、1週間後に結婚式を控えたカップル――国境警備隊の隊長アシュトン・リード少佐とローズマリー・フローレス男爵令嬢――とその家族たちが、担当の神官から式の説明を受けていた。
一歩足を踏み入れれば、花嫁と花婿の幸せを言祝ぐ様に、背の高いステンドグラスから妖精たちが飛び出し、柱や床を色鮮やかに染めながら、踊る様に迎えてくれる。
その天界を思わせる厳かさ美しさに、どんな極悪人でも改心する……とウワサのチャペルには今、思い切り場違いな、言い争う声が響いていた。
「ですから、花嫁とバージンロードを歩くのは『父親』――すなわちこのわたし! それが世間一般の常識です!」
ローズマリーことロージーの父、フローレス男爵が、きっぱりと胸を張る。
「確かに――しかし20年前、我が娘エリノアと歩く機会を奪ったのは、誰じゃったかな?」
冷たい声で横やりを入れたのは、ロージーの祖父、コリンズ侯爵。
うっと言葉に詰まった男爵は、家同士が決めた婚約者のいた侯爵令嬢と恋に落ち、攫う様に駆け落ちした張本人。
「あの時父上には、本当に申し訳ない事をしたと……」
しょんぼりとうな垂れた娘婿に、
「だったら今度こそ、わしがロージーと歩く事に異論はあるまい!」
にやりと笑い、勝利を掴みかけた侯爵。
その時、
「お待ちください――例え数ヶ月とはいえ『叔父』として、いえ旦那様が行方不明だった2年間。お嬢様を慈しみお守りしたこのわたしにも、当然権利はあるかと?」
しれっと言葉を挟んだのは、元男爵家執事、現『薔薇の名前』の店主、スタンリー。
「スタンリー……お前まで!?」
「おのれっ――!」
ぐるぐると唸る三つ巴。
それぞれが、一歩も引かぬ面構えだ。
「『花嫁とバージンロードを歩く権利』争奪戦? というか、『誰がロージーお嬢様の一番か?』に趣旨が変わってない?」
「まったく男共と来たら……!」
元家政婦と料理人姉妹が、そろってため息を吐く。
その横で、
「ロージーの一番? そんなのもう、決まってるよな?」
「アッシュったら、もぉ……いたずらっ子」
にやりと指を絡ませ、繋いだ手を持ち上げて、目と目を合わせたまま――白い手の甲にちゅっとキスを落とす警備隊長に、男爵令嬢が頬を染めながら、くすりと笑った。
「えーっ、ごほんごほんっ!」
隙あらば、くすくすいちゃいちゃ始める婚約者2人に。
わざと大声で咳払いをしながら歩み寄る、アッシュの親友兼ロージーの従兄、エルム。
「どうしたの、エルム従兄様?」
「風邪か? 移ったら大変だ。それ以上ロージーに近寄るな!」
きょとんと首を傾げたロージーを、さっと背に庇うアッシュ。
「ちょっとーっ! それが親友に言う言葉!? 酷いよね、ロージー?」
えーん!と大げさに泣き真似したエルムの頭を、よしよしとロージーが撫でる。
途端に無言でかちゃりと、刀の柄に手を置いたアッシュを見て、
「ちょ、ストーップ! いい考えが閃いたんだってば!」
慌てるエルムの後ろから、ディビーが得意そうに叫んだ。
「あのね、今学校の休み時間に流行ってるんだよ、『継走』!」
「「継走?」」
花嫁花婿の2人が、揃って首を傾げた。
さて1週間後、式の当日。
チャペルの入口から伸びる青い絨毯の、両サイドにずらりと並ぶ長椅子には、招待客がみっちり座っている。
聖壇の前で待つ花婿――少し癖のある黒髪をぴしっと整え、金の肩章付きの白い軍服に白いマントを身に着けたアッシュに、会場のレディたちから熱い視線が飛ぶ。
「はぁ~っ、素敵ねぇアシュトン様!」
「今日は特に、王子様度マックス!」
「一度でいいから、あの金の瞳に見つめられたいーっ!」
うっとりと呟く声は全く耳に入れず、花婿がじっと見つめる入口の扉が、ついに開いた。
厳かなパイプオルガンに合わせて、チャペルに足を踏み入れた花嫁。
ロージーの右手が添えられたのは祖父、コリンズ侯爵の左肘だった。
わっと会場中が見守る中、ゆっくりと歩みを進める、祖父と孫娘。
編んでまとめた金髪にベールを被った花嫁の、そこかしこに白い野薔薇を散りばめたウェディングドレス。
その裾がロイヤルブルーの絨毯を滑ると、会場中からため息が漏れた。
小声で花嫁が何事かを告げ、侯爵が目を潤ませたとき、
右側の席の後ろから5列目、通路側の端に座っていた男性がすっと立ち上がった。
「あらっ! あちらはコリンズ中尉!」
「エルム様よね!?」
むっとした顔の祖父から花嫁を受け取り、そのままエスコートして、歩みを進める。
「えっ、どうゆう事?」
「バージンロードで、相手が変わるなんて!」
「でも、凄くお似合い――あらっ!?」
「ちょっと! また、エスコート相手が変わるわよ!」
何事かをずっと囁いて、ベールの影で笑わせていた花嫁を、しぶしぶと従兄弟が譲った相手は、
「スタンリーだ!」
「『薔薇の名前』の店主だぞ!」
いつものポーカーフェイスで、大事な『お嬢様』をエスコートしながら、右手をパチンと鳴らす元執事。
途端にベールとウェディングドレスの裾に、真っ白な蝶と花びらが飛び交った。
「わぁっ――何て、幻想的!」
「うっとりしちゃう……!」
『幻影』で会場中の女子を虜にした元執事が、『お嬢様』を手渡し。
最後に花嫁と腕を組み、待ちわびた花婿の元に導いたのは、
「ロージー、どうか幸せ、に。頼んだよ、アッシュ」
「お父様……!」
「お任せください!」
感極まって声を詰まらせた、父親のフローレス男爵だった。
式が始まった壇上をうっとりと見つめながら、元家政婦が満足そうに囁く。
「お嬢様、まるで妖精のお姫様みたい――上手くいって良かったわ、『花嫁の継走』!」
「席が20列あるから、4人で5列ずつ。3人だと割り切れないから、エルム様も入ったんだって」
料理人が小声で返す。
「全部、ディビーのお手柄ね!」
「えらい偉い! 留守番してるキティにも、お土産買ってあげようね!」
「うんっ……!」
元家政婦と料理人に褒められて、晴れ着姿のディビーは、えっへんと胸を張った。




