ロージーの花
舞踏会から1週間後、エンドノートの街外れにある、1件の小さな家の前で。
せっせと野薔薇の生垣を手入れしている、真っ白な髪に大きな麦わら帽子を被った老夫人。
そこにやって来たのは、
「よう、ばあさん! 元気だったか!?」
「おやまぁ、隊長さん! 久しぶりだね?」
警備隊長のアシュトン。
そしてその隣で、笑顔を見せるのは
「はじめまして。いつもお花を、ありがとうございます!」
ローズマリー男爵令嬢。
「あれまぁ、可愛いお嬢さんだこと! この子が隊長さんの?」
「あぁ――婚約者の、ロージーだ」
「やっとプロポーズしたのかい!? 良かったねぇ、本当におめでとう!」
顔をほころばせて喜ぶ老夫人に、
「ありがとう! ばあさんがいつもこの花で、応援してくれたおかげだ!」
アッシュがにやりと礼を言う。
「お花のお礼に。今日はとっておきの、お茶の葉とスコーンを持って来たんですよ!」
アッシュが片手に下げたバスケットを、ロージーが手で指しながら、
「ご一緒に、お茶をいかがですか?」
にっこりと誘った。
「まぁまぁ、嬉しいねぇ! ちょっと待っておくれ、息子の嫁も呼ぶから……ミリー! お客さんだよーっ!」
楽しそうに大声で義理の娘を呼びながら、家の裏手に向かう老婦人。
その背中を見送っていたロージーの指が、生垣の野薔薇にそっと触れた。
「本当に見事だわ! あのおばあさんが、手入れをしてるおかげね?」
「そういえば最初に花を貰った時も、ハサミで剪定中のばあさんに、声をかけたんだった」
さり気なく、
「この花が、『ロージーみたい』だって思ったから」
少し照れながら、告白する警備隊長。
「わたしみたい……?」
驚いた婚約者が、目を見開いた。
「この白い野薔薇……小さい頃から大好きで。お父様と亡くなったお母様が、『ロージーの花』って呼んでたの」
「『ロージーの花』?」
「えぇ。ワードロウから逃げる時も、お墓にお供えしたのよ」
だから、
「誰一人知らないこの街で、あなたにこの花を頂いた時。
どんなに嬉しかったか……」
ふわりと涙目で微笑む、男爵令嬢。
ふっと伸ばした親指で、こぼれそうな婚約者の涙をすくって。
「それじゃあ――あのばあさんが実は、『灰かぶり』に出て来る、『妖精のおばあさん』なのか?」
わざと真面目な声で尋ねた、アシュトン・リード少佐。
「まぁっ」
くすくすと笑いながら
「だったら、ステキね……!」
ローズマリー・フローレス男爵令嬢が、楽しそうに答えた。
「エルムお兄様に聞いたけど、おじい様のお母様に当たる方が、前世の記憶を持ってらしたんですって」
「前世って、生まれる前って事か?」
アッシュの問いかけに、こくりと頷く。
「それでコリンズ侯爵家の姫君には、『灰かぶり』のお話や『神殿の鍵の歌』が、代々伝わって来たらしいわ」
「あの歌は助かった! それも『前世の記憶』ってやつか?」
「ええ。その方、アイリーン様が、前世で大好きだった物語と、この国がそっくりで。
『鍵の歌』もそのお話に、書いてあったんですって!
今度エルム兄様が、アイリーン様の日記を見せてくださるの――楽しみだわ!」
わくわくと嬉しそうなロージーの顔を、複雑そうに見つめて、
「そういえば――家は見つかったかい?」
ふいにアッシュが、話題を変える。
「家……?」
ことんと、首を傾げたロージーに
「俺たちが結婚した後に、住む家ですよ――奥様?」
婚約者がわざと、片眉を上げた。
「その家ね! 良さそうな屋敷をいくつか、スタンリーがピックアップしてくれてるわ。
使用人も信用のおける人達を、手配してくれるって」
退院した後、ロージーがマルト王国の祖父の屋敷で、暮らす事になった時。
元執事が差し出したのは、首都から逃げ出す時に、貸金庫から持ち出したアタッシュケース。
『開店資金に少しお借りしましたが、その分はきちんと戻してあります』
にっこり微笑んだ元執事は、胸を張って告げた。
『なにしろ「薔薇の名前」は、連日大盛況ですから!』
「スタンリーに、任せておけば大丈夫よ!
今はおじい様のお屋敷に、お父様も一緒に暮らしてるし。そんなに急ぐ理由も……」
「急ぐ理由? そんなの決まってるだろ!」
「えっ、何かあった?」
きょとんと首を傾げた男爵令嬢の頬に、そっと右手を添えて。
「おじい様やエルムに独占されて、俺はロージー不足だ。だから……」
こつんと、おでことおでこを軽くぶつけた警備隊長が、若草色の瞳をのぞき込む。
「一日も早くきみを、独り占めしたいんだよ」
イチゴジャムの様な甘い声で、低くささやいて。
ぽわりと頬を染めた婚約者に、アッシュはすばやくキスをした。
「まぁまぁ、お待たせして……さぁ、中にどうぞ!」
玄関扉を開けて恋人たちを手招く、笑顔の老夫人。
アッシュとロージーには、その背中にふわりと、
白く輝く妖精の羽根が、見えた気がした。
『魔法の言葉』完結しました。
拙いお話ですが『おとぎ話』の雰囲気を、楽しんで頂けたら嬉しいです。
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