灰かぶりの縁談
全話改稿しました。
読みやすくなる様に心がけましたので、ぜひご覧ください。
東と西の大国にぎゅっと挟まれた、小さな王国スペルバウンド。
この国には、他の国にはない『特性』がある。
それは、『国民全員がそれぞれ、魔法をひとつ使える』というもの。
魔法の種類は――それこそ『軍事機密』ばりの物から、『治療や浄化』など聖女クラスの魔法。
仕事や日常生活に役立つ魔法まで、種々様々。
『魔法使いだけが住む国』。
その生活って一体どんなのか、気になりますよね?
ではとある『一家』の様子を、のぞいてみましょう!
ここは王国の首都、ワードロウ。
街の中央にそびえるのは、王族の住まう宮殿。
そこから貴族達の屋敷や、王室御用達の商店等が軒を連ねる華やかな通りが、東西南北に伸びる。
そんな通りの一番端っこ、街外れにあるのが『ネイバー通り』。
魔法使い以外の住人、外国から来た通称『隣人』達が暮らす通りに建つ、一軒の屋敷。
『フローレス男爵家』からは今日も、女主人の苛立った怒鳴り声が響いていた。
「ロージー! どこにいるの、ロージー!? ――ったく、あのグズ娘!
あっ、スタンリー……! 早くロージーをここに、連れておいでっ!」
こってりと紅を厚塗りした、酷薄そうな薄い唇をゆがませて。
『現』フローレス男爵夫人が居間の入口から、長身の執事を呼び止める。
「かしこまりました、奥様」
うやうやしく一礼した執事、スタンリー・クリフォードは、地下の厨房――使用人達の住処――に向かって、裏階段の擦り減った石段を、足早に降りて行った。
それから、およそ5分後。
「お待たせしました、お義母様……!」
息を切らして居間にやって来たのは、
暖炉の灰で薄汚れた、古びたドレスとエプロン姿。
くしゃくしゃに乱れたハチミツ色の髪を、モブキャップに押し込んだ、ほっそりしたメイド。
……にしか見えない、数年前に亡くなった前妻の娘。
ロージーこと、ローズマリー・フローレス男爵令嬢だった。
「遅いっ! どこで、油売ってたんだいっ!?」
怒りをぶつける義理の母に、
「すみません! 晩餐用のお肉が足りなくて、それで買い物に……」
頬や鼻の頭に灰が付いたままの、よく見れば整った愛らしい顔を伏せて、おどおどとロージーは答えた。
「おや、そうだったの? まぁ、お前はそれくらいしか、役に立たないからねぇ!」
みじめな、『灰まみれのご令嬢』。
きっと買い物先でも、笑われたに違いない。
義理の娘の哀れな姿に、たちまちご機嫌を直した奥方は
「そんな役立たずのお前に、いい話があるんだよ!」
珍しく明るい声を上げた。
「『いいお話』……ですか? どの様な?」
若草色の瞳をぱちりと瞬き。
警戒した様子でゆっくりと尋ねるロージーに、義理の母は得意げに叫んだ。
「縁談だよ! お前を嫁に貰ってもいいと、言ってくださるお方が。
しかもお相手は、フランク王国のザーリア伯爵様だ!」
「伯爵様……? そんな良いお話。お義姉様方を差し置いて、わたしに!?」
驚いた顔で、目を見開くロージー。
部屋の奥のソファにだらりと寝そべり、ドレスのカタログを捲りながら。
ぼりぼりお菓子を食べていた二人の義理の姉が、けたけたと笑い声を上げた。
「ばっかねぇ、何も知らないで!」
「そこまでマヌケだなんて!」
「ほらほら、お前たち。男爵令嬢らしく、お淑やかにおしよ!」
実の娘二人を、可愛くてたまらないという顔で、たしなめてから。
くるりとまた、義理の娘に向き直って。
「だってほら――『ロージーの事は、わたしにお任せください!』って、旦那様が亡くなった時に約束したからねぇ」
「まぁ……お義母様!」
レースのハンカチで、乾いた目頭を押さえる義母に、感激した声を上げる義理の娘。
「ありがとうございます! わたしの事を、そこまで考えてくださって……」
「いいんだよ――ロージーが幸せになってくれたら、それだけで!」
『もっともその伯爵は、年寄りの暴君。
いくら金と身分があっても、もうフランク国内では――平民の娘でさえ、嫁ぎたがらないってウワサさ。
この娘を差し出せば、その分こっちには「結納金」がたんまり!』
義理の母はその邪悪な笑顔を、開いた扇でばさりと隠した。
「出発は明後日? まぁ、ずいぶん急ですのね! 承知しました。
ではお茶の用意がありますので、厨房に戻ってもよろしいでしょうか?」
控え目に尋ねたロージーに、
「そういえばお前の魔法は、お茶菓子作りにしか使えない、『ポンコツ魔法』だったねぇ!」
「ポンコツ過ぎて、やっと決まった婚約まで破棄されたんでしょ!?」
「かわいそーっ!」
けたけたと笑いながら嘲りの声を上げる、義母と義理の姉達。
「――失礼いたします」
震える手を握りしめながら、どうにか無表情を保って一礼。
ロージーは、淑やかに居間を出る。
使用人用の裏階段を、飛ぶように駆け下りて。
厨房の扉を勢いよく開けながら、若草色の瞳を輝かせて、
ローズマリー・フローレス男爵令嬢は叫んだ。
「みんなっ――時は来たわ! こんな家、永久に『さよなら』よっ……!」
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