魔法の靴
『ざまぁ 』にも加筆しました。
よりスッキリして頂けたら、嬉しいです♪
あの事件から1ヶ月後の夜。
首都ワードロウの中心にそびえる女王が住まう宮殿で、舞踏会が盛大に開かれていた。
国中の主要貴族が集う、大広間。
その壁いっぱいに広がるのは、まるで巨大なスクリーンに映し出された幻灯。
本物そっくりの夜空を軽やかに駆ける、銀と白、二頭の狼の姿。
「……こうして、再び出会えた狼の王と女王は、空を駆け昇り、星になったのでございます。
今宵も夜空を見上げれば、星座の中に。
仲睦まじい姿が、ご覧になれることでしょう……」
あの夜の顛末を魔法で再現し、語り終えた元執事が、パチンと指を鳴らす。
「幻影、解除」
途端に星空は消え、いくつものシャンデリアが、広間を明るく照らし出した。
「見事でした、ミスター・クリフォード……!」
女王が玉座から立ちあがり、拍手と称賛を贈る。
「こんな大がかりな『幻影』を見たのは、初めてです!」
「女王陛下、光栄にございます」
右手を胸に当てお辞儀をする元執事に、周りの王族や貴族達からも、おしみない拍手が贈られた。
「ステキだったわ、スタンリー!」
「あの夜を、見事に再現してたな……!」
笑顔でかけよるのは、ロージーとアッシュ。
その二人を
「おや、今宵の主役たちが……」
女王が手招きした。
正装用の金の肩章の付いた、黒い軍服を着たアシュトン・リードと、
金の縁取りや刺繍で飾られた、真っ白なドレスをふわりと身にまとい、綺麗に結い上げたハチミツ色の髪には、真珠の髪飾りと白い野薔薇を付けたローズマリー・フローレス。
二人並んで、アシュトンは騎士の礼、ローズマリーはカーテシーを美しく披露する。
「二人共、ひとつ間違えれば大惨事になった事態を、よくぞ収めてくれました」
「もったいないお言葉……」
「光栄に存じます」
頭を下げた二人を満足気に見下ろして、女王は宣言する。
「この度の働きに対して、リード大尉に十字勲章と少佐への昇格を。
フローレス男爵令嬢に、『魔法の靴』を授けます……!」
『魔法の靴』、それは王室メンバーと、ごく限られた人物にしか与えられない特権。
王室御用達の靴職人が、その卓越した技術と魔法で作り上げた靴は、どんな足にもピッタリ寄り添って。
デザインや色も、持ち主のイメージ通りに変えられる。
いくら走っても踊っても、疲れる事の無い夢の靴。
再び頭を下げた二人に、にっこり笑顔を返して。
さっと楽団に合図を送る、女王陛下。
「今宵は、二人の婚約を祝う会。さぁ、ファーストダンスを……!」
ロージーをエスコートして、国中外の貴族たちが見守る輪の中心に、足早に進むアッシュ。
右手でロージーの左手を取り、もう片手は腰に添えて。
一呼吸置いてから、音楽に合わせて軽やかに、ステップを踏み出した。
「警備隊長が、ダンスもお上手なんて――知りませんでしたわ」
悪戯っぽい笑顔で、見上げるロージー。
「紳士の嗜みですよ、レディ。男爵令嬢こそ、こんなに軽やかに踊れるなんて、知らなかったぞ」
からかう様にアッシュが返す。
「『魔法の靴』のおかげです……!」
くるりとターンすると、花びらのように広がるドレスの裾から、
まるでガラスのように七色に輝く、ダンスシューズが現れた。
「実はエルムに、特訓してもらった」
こっそり警備隊長が告白すると、
「わたしもおじい様に、先生を付けて頂きました」
にっこり告げる男爵令嬢。
その左手薬指には、大きなエメラルドの指輪が輝いていた。
曲が終わり盛大な拍手を受けてから、次々とロージーが誘われる『次のダンスのお相手』を、
「あいにく全部、俺が予約済みですので!」
ときっぱり断ってから、飲み物を取りに行ったアッシュを、柱の陰で待っていると。
「ローズマリー! 会いたかった……!」
見知らぬ男性が、いきなり親し気に声をかけて来た。
「失礼ですが――どなたでしょうか?」
首を傾げて問いかけると、
「僕だよ、ほらアンソニー! 君の『婚約者』の……!」
その男性は、のっぺりした特徴の無い顔に、へらりと笑顔を浮かべた。
「アンソニー……あぁ、ランドルフ男爵家の?」
しばらく考えてから、やっと思い出したのは、2年前に『婚約破棄』された相手。
「そうだよ……! やっぱり僕のことをずっと、思っててくれたんだね!?」
へらへら笑いながら伸ばした両手で、無理やり右手を握って来る。
「……手をお放しください。わたくし達の婚約は二年も前に、そちらから破棄されております」
怒りを抑えて、あえて事務的に伝えるも、
「だからあれは、父様が勝手にした事なんだよ!」
右手をぐいぐい引かれて、
「ねぇねぇ、庭園の温室に行こうよ? 今なら誰もいないし!」
にやけ顔で誘って来る。
ぶちっと我慢のリミッターが外れて、
「行く訳ないでしょっ……!」
思い切り手を振り払って、叫んだと同時に
「行く訳ないだろっ……!」
さっと間に入ったアッシュが、両手に持ったフルートグラスからシャンパンを次々と、元婚約者の頭にぶちまけた。
「うわっ……何だよお前! 失礼なヤツだなっ!?」
びしょ濡れになった顔を拭いながら、ぎゃんぎゃん叫ぶアンソニーの前で、
「お前こそ失礼だ! 俺はアシュトン・リード少佐。
レディ・ローズマリーの婚約者だ」
ロージーの左手を恭しく取り、薬指の指輪を見せつける様にキスを落とす。
「えっ? リードって、『魔法いらず』の……?」
「あらっ、情報が遅いわね? 近頃は『最強魔法持ち』ってウワサなのに! 今ではどんな形の物も、一瞬でボンッて飛ばせるのよ!」
あきれた声を上げたロージーに続いて、
「例えばその、四角い床でもいけるぞ?」
寄木細工の様に組み合わされた、アンソニーの足元に向かって、アッシュがパチンと指を鳴らす。
途端に一枚だけ、ぐらりと揺れ始める大理石。
「ひっ――やめてください! ごめんなさいっ!」
真っ青な顔で頭を抱えて、しゃがみ込んだ元婚約者に。
「二度と彼女に近付くな……!」
黒い軍服に授かったばかりの勲章を光らせて、現婚約者はびしりと言い放った。




