真実の名
ロージーが呪文を唱えた途端、石像の足元が、ぽっと光り出した。
七色に輝く、まるで虹のような光は、ゆらゆらと足から胴体、顔へと広がり。
ふわりと頭上に抜けた後には、1頭の真っ白なオオカミが。
雪のような毛並みをぶるりと震わせ、ゆっくりと目を開く。
夜空に輝く月にも似た、黄金色の瞳。
まるで、
『アッシュ様の瞳に、そっくりだわ!』
思わずにこりと微笑んだ、元男爵令嬢に
「そなた、名は……?」
狼の女王が、白い牙を覗かせた。
「しゃっ、喋った!?」
「お嬢様、危険です! も少し下がって……!」
エルムとスタンリーが、あわあわ慌てる中。
すっと横に並んだアッシュが、ぐっとロージーの肩を抱いて声を張った。
「彼女は、ロージー・クリフォードだ!」
「ふむ……」
ちょんと首を傾げた女王が、
「それは仮の名……真実の名を、聞かせよ?」
楽しそうに、再度問いかける。
「仮の名……やはり?」
目を見開いた警備隊長に、『ごめんなさい』と小声で謝ってから。
「女王様、わたくしの名はローズマリー・フローレスにございます」
黒いドレスを摘み、優雅にカーテシーをした。
「我に力を貸してくれた事、礼を言うぞローズマリー!」
その言葉に続けて、
「ワォオオーーーン……!」
狼の女王が、数百年ぶりに開かれた扉に向かい、誰かを呼ぶように力強く吠えた。
と、
「ゥワオォーーーンッ……!」
扉の外から、それに答える声が。
「我が王が迎えに来た。ローズマリー、皆も大儀であった……!」
黒い鼻先を元男爵令嬢の頬に、ちょんと当ててから。
台座から飛び降りた女王は、ふわりと外に走り出る。
「女王様……!?」
「さっきの声は!」
「あのオオカミか!?」
「お嬢様、大丈夫ですか!?」
4人が口々に言い合いながら、神殿の出口から出ると、そこには。
キラキラと光の粒を撒きながら、金色の満月が見守る星空に駆け昇って行く、銀と白の狼。
2頭は離れていた時間を埋めるように、何度もすりっと頬や首を、愛しそうに寄せ合い、鼻を付けてじゃれ合う。
1度だけ小さな白い方、女王が振り向いて。
そして、
星の間に、きらりと消えた。
「これは……私の魔法なんて、目じゃないです! なんて美しい!」
「本当に! まるで神話の世界に、入り込んだ気分だ……!」
感嘆の声を上げる、スタンリーとエルムの横で。
夜空を見上げていたロージーの全身から、急にふっと力が抜ける。
「そうだな――おいっ、ロージー!?」
がくりと倒れ込みそうになった身体が、アッシュの力強い腕に、しっかりと抱き留められた。
「お嬢様! これは――『魔力切れ』かと!」
元執事の心配そうな声に、
「すぐ治癒院に連れて行く! 誰か、馬車の用意を!」
銀の狼を追って来た部下に、隊長が急いで指示を飛ばす。
それを遮って、
「お待ちください! お嬢様は、亡くなった奥様譲りの――『治癒魔法が効かない』体質でございます!」
慌てて告げた元執事の言葉。
「では、どうしたら――!?」
焦った声のアシュトンが、ほっそりした身体を抱き上げた腕に、ぎゅっと力を込めた。
『アッシュ様……わたしは大丈夫。そんなに心配なさらないで』
笑って伝えたいのに、ロージーにはもう、瞼を開ける力も残っていない。
「魔法が効かない? だったら、いい考えがあるよ……!」
エルムが上げた声を聞きながら、ふっと、ロージーの意識は遠のいて行った。
次に気が付いた時には、清潔なベッドに横たわっていた。
目を開いて、最初に見えたのは
「ロージー……! 気が付いたか!?」
祈るように両手で、元男爵令嬢の左手を握っていたアッシュ。
そして、
「良かったー! ロージーちゃん、ここはね、マルト王国の病院だよ!」
にこにこ笑いかけるエルムと、
「お嬢様……! さぞや驚かれると思いますが、お気持ちを確かに……!」
興奮を抑えきれずに、早口で喋る元執事。
その横に立つのは、
淡い金髪を撫でつけた白衣姿の、スタンリーと同年代の男性。
温かみのある、茶色の瞳を潤ませて。
「ロージー……」
震える手で頬を撫で、優しく名前を呼ぶ、懐かしい声。
「お父、様……?」
「そうだよ、可愛いロージー!」
温かな腕の中にぎゅっと抱きしめられると、変わらない、かすかな薬草の香り。
「お会いしたかった……!」
ぽろぽろと頬に流れる涙もそのままに、亡くなったはずの『お父様』を、ローズマリー男爵令嬢は、思い切り抱きしめ返した。




