女王の石像
『獲物をゆっくり、神殿まで追い立てる様』部下達に指示を出して、アッシュとエルムは、馬を神殿に走らせた。
石橋を一瞬で掛け抜け、勢いよく神殿の前に降り立つ。
扉に付いた丸い、二つの鍵に両手を置いて。
「エルム、さっきの歌詞を、もう一度頼む!」
緊迫した声で、警備隊長が促した。
「うっ、うん。えーと……『右を3つ、左を7つ』」
「おい――さっきと全然違うぞ!」
「えっ、そうだった!?
えーと、アッシュ……実はこの歌は、コリンズ侯爵家代々の、『姫君』に伝わる物で。つまり――」
しどろもどろに、説明を始めるエルム。
「つまり?」
「ごめんっ……! 実は歌詞、うろ覚えですっ!」
両手をパンっと合わせた、侯爵家の子息に
「はぁっ!? お前っ――ここが一番、肝心なとこだぞっ!?」
警備隊長が容赦なく、怒鳴りつける。
「覚えてないものは、仕方ないだろっ!」
やいやいともめ始めた、軍人二人。
そこに駆け寄る二つの人影。
「アッシュ様……!」
「「えっ、ロージー(ちゃん)!?」」
互いに襟首を掴んだまま、固まったアッシュとエルムに、
「お二方共、お怪我が無くて、何よりでございます」
『姪』に付き添って来たパブの主人が、執事時代に戻った様に、恭しくお辞儀をした。
「ロージー、どうしてここに!?」
「『逃げてる狼が、「女王はどこだ!?」って呼んでる』って、ディビーが。
それに気が付いたんです――あの歌の歌詞が、この『扉のカギ』だって!」
すうっと深呼吸して、
「右を7つ左を5つ、くるりと回せば、女王様のお出ましよ♪」
正確な歌詞を歌い上げた、元男爵令嬢。
「ロージーちゃん、どうしてこの歌を!?」
「亡くなった母に、教えてもらいました」
「亡くなった? その人は……」
「おいっ、エルム! その話は後だ」
両手を丸いカギに乗せたアッシュが、早口で横やりを入れた。
「そうだな――今は、こっちが先だ! 『右を5つ』だよね?」
「違います! 『右を7つ、左を5つ』ですわ!」
「あ、そう……」
きっぱりと訂正されて、しょんぼり肩を落とすエルム。
「いくぞ……!」
警備隊長は古びたカギを、慎重に回し始めた。
カギの周りの10個の刻みに沿って、カチカチと、向かって右のカギを7、左のカギを5まで。
ゆっくり回すと――カチリッ! 解除の音が。
「「やった(わ)……!!」」
思わず声を上げたロージーとエルムを、にやりと振り返り、
鍵を握り直したアッシュが扉を開けようと、両手でぐいっと引っ張った時
バキッ……!
「あっ!」
丸い取っ手の様な鍵は、根元から二つ共、ぽっきりと折れてしまった。
「マジで!? まっ、まぁ――二百年以上も前に、作られたって代物だから!」
「そっ、そうです! これは『経年劣化』……仕方ありませんよ、アシュトン様!」
折れた鍵を手に、呆然自失のアッシュを励ます、エルムとスタンリー。
その横で、はっと気付いたロージーが声を上げる。
「アッシュ様……!」
「どうした、ロージー?」
「その扉、丸いですよね?」
「あぁ……あっ!」
閃いた顔で振り返る隊長に、
「壁に付いてる、『蓋』ですわ!」
にこりと、元男爵令嬢は告げた。
「テイク・ザ・リィード……!」
アッシュが、パチン!と指を鳴らすと、
ボンッ……!!
手前に押し出されるように吹っ飛んだ、石の扉。
石畳に勢いよく落ちてバウンドした後、さらさらと砂に変わって行く。
「お疲れさん」
長い年月、神殿を守って来た扉に、労いの言葉をかけてから、
「さあ、女王にご対面といくか……!」
アッシュはにやりと、三人を振り返った。
スタンリーが用意して来たランタンを手に、皆で神殿の中に。
そこには四方を、レンガの様に積んだ、白い石で囲まれた空間が、素っ気なく広がっていた。
中の飾りは壁に描かれた、仲睦まじく寄り添う二頭の、狼の壁画だけ。
そして最奥の台の上に、ぽつりと置かれていたのは、
「これは……」
「『女王』だな?」
先ほどの逃げた獲物より、一回りほっそりと美しい、真っ白な狼の石像だった。
尻尾をふかりと揃えた前足に添え、気品に満ちた顔をすっと上げて、静かに座っている。
「キレイ……」
「これが、『女王様』なんですね?」
うっとりと話す、ロージーとスタンリーの横で
「これが、ヤツの探してる――?」
「どう見ても、ただの石像だね。もう歌詞も品切れだし?」
「……いっそ持ち上げて、ヤツにぶつけるか?」
「いいねー!」
投げやりに話す、軍人二人。
ゆっくり像に近づいた元男爵令嬢が、足元にはめ込まれたプレートに気が付く。
「『我に声を与えよ。さすれば、目覚める』?」
声って……『吠える』?
はっと顔を上げたロージーが、石像の閉じた瞳を見つめながら、そっと呪文を唱えた。
「バーニング・ウルフ……!」




