最初で最後の
生まれて初めての、大好きな人とのデート。
でも、わたし達は身分違い。
これが最初で最後だって……分かってた。
アッシュのお話に出て来た大聖堂や、大きな書店や雑貨店、街をあちこち案内してもらい、それから素敵なレストランに。
「リード様、ご予約ありがとうございます。お席はこちらにご用意致しました」
案内されたテーブルは、個室のテラス席。
明るい光が降り注ぐ、花々が咲き誇る庭園や、小鳥の可愛いさえずりも楽しめる。
ランチのコースは……
あっさりしながら深みのある、豆と野菜のスープ。
魚介のムース等、それぞれ食材と食感の違う三種の前菜。
メインの肉料理は、野菜やキノコを添えた鴨のコンフィ。
噛むほどに皮の香ばしさとジューシーな味わいが、じゅわりと口の中に広がる。
デザートはアイスを乗せた、サクランボのクラフティ。
「どれも見た目もキレイで、とっても美味しかったです!」
「そうか? 口に合って良かった」
コーヒーカップを片手に、ホッとした顔を見せるアッシュに
「こちらのお店は、よく来られるんですか?」
ロージーはつい、探るように聞いてしまう。
お料理も店内も、いかにも女性が喜びそうな、『デート向けのお店』だったから。
「いや、初めて来た。ここはエルムに、教えてもらったんだ」
「そう、なんですね?」
「デザートはいつものスコーンの方が、食べ応えがあって俺は好きだな?」
正直な返答に、元男爵令嬢の口元が、ふわりとほころんだ。
「スコーンといえば――これから案内する神殿には、『狼の伝説』があるんだ」
カップを置いて、ふとアッシュが告げる。
「『狼の伝説』ですか? どのような?」
首を傾げたロージーの前に、テーブルにあった一対の、チェスの駒に似た容器をことりと置く。
塩と胡椒の入った二つの陶器の前で、警備隊長は語り始めた。
「いつの頃からか国境の神殿に、『王と王妃』、一対の狼の像が祀られていた。
両国の民が大切に敬ったおかげで、災害や飢饉とも無縁な、平和な日々を過ごしていたらしい。
ところがある日、片方の――王の像が、何者かに盗まれて行方知れずに」
そこで少し大きな塩入れを、アッシュが左手の中に隠す。
残った胡椒入れを、右手でくるりと回しながら
「それから満月の夜には、残された女王像が王を求めて呼ぶ、悲しそうな遠吠えが聴こえるらしい」
「まぁっ……王様の像はそれから、見つかってないのですか?」
「残念だが」
「女王は、ずっとおひとりで……さぞ寂しいことでしょうね?」
ぽつんと置かれた胡椒入れに、両親を亡くした頃の自分を重ねて――元男爵令嬢は、しんみりと呟いた。
ランチの後に、ロージーが連れて行かれたのは、
「あれが、さっき話した『神殿』だ」
国境のレト川の中州に建つ、石で出来た古い建物。
「中州にあるなんて、珍しいですね?」
「だろ? 昔はマルト王国側からも橋が掛かって、行き来が出来たらしい」
補強された細い橋が、今はこちら側からだけ、神殿に向かって伸びている。
「あれが伝説の舞台……!」
「行ってみよう」
アッシュにエスコートされて、わくわくと石橋を渡り、神殿の敷地内に。
朽ちかけた石造りの柱や、彫像が並ぶ奥手に、白い石を重ねて出来た小さな建物が。
「あちらの本殿の中に、今も『女王の像』が?」
厳かな空気を感じて、そっと小声で尋ねるロージーに
「うん……おそらく」
珍しく口ごもりながら、アッシュは答えた。
「『おそらく』って――中をご覧になった事は?」
「実は無いんだ。扉に鍵が掛かっていて、誰も中に入れない。
数年前にも学者達が調べに来たけど、鍵を開ける事すら出来ずに、すごすごと帰って行った」
「まぁっ……」
説明を聞いて興味津々のロージーが、本殿の円形の扉に近づく。
「丸い扉なんて初めて見たわ……丸い取っ手が二つ。周りに刻まれた、これは数字ね?」
楽しそうに扉を観察する、その横顔に見惚れながら、アッシュが尋ねる。
「面白い?」
「はい、とっても! どうやったら扉が開くのか、中にはどんな『女王像』が置かれているのか……考えると、わくわくします!」
そっと伸ばしたロージーの指先が、扉の取っ手に触れた瞬間
「ウゥーーッ、ガウッ……!!」
いきなり響いた唸り声。
「きゃっ……!」
思わず小さな悲鳴をあげて、急いで手を引き戻す。
その時
「ぷくくっ……」
手首で口を押さえたアッシュが、笑い声をもらした。
「あっ、アッシュさま!? ひどいっ! ものすごーく、びっくりしたんですよ!?」
頬を染めて、ぷんぷん抗議する元男爵令嬢に
「ごめんごめん!」
目を細めた警備隊長は、それは楽しそうに謝罪した。




