いざ、初デート
あれから、3日が過ぎた。
「今日もアッシュ様は、いらっしゃらないのかしら……」
つい大量に作ってしまった山盛りスコーンを前に、ロージーは深くため息を吐く。
『すまない。しばらくそちらに行けなくなった。また連絡する』
と、そっけない伝言を貰って。
それでも『今日こそは?』と、待ちわびていたのに。
「わたしが『地面の蓋』なんて、余計な事を言ってしまったせいで……気を悪くされたのかしら?」
ふーっと、また大きなため息を吐いたその時、
コンコン――窓を叩く音。
はっと顔を上げると、そこには
「きみがロージー? アッシュに聞いてた通り、可愛いね?
わたしはエルム・コリンズ。アシュトンの友人だよ」
にっこりと微笑む、美しく整った顔。
ゆるくウェーブの付いた金髪に、鮮やかな青い瞳。
まるで天使のような、軍服姿の男性が立っていた。
「はい、これ――アッシュから」
キッチンのコーナーに通し、お茶を入れたロージーに、差し出された手紙。
「アシュトン様から、ですか?」
ドキドキしながら封を開くと、
『来週の水曜日、店の定休日に。きみの都合が良ければ、街を案内したい。朝10時に迎えに行く』
と素っ気ない、でも飛び上がるくらい嬉しいメッセージが。
「『叔父上には、許可をもらっているから』だって。
ったく――あの根性無し!
大事な大事な初デートの誘い! 直接言わなくてどーする……!」
優雅にティーカップを運ぶ形の良い唇から、ぶちぶちと毒舌があふれ出た。
「デート……?」
かっと熱くなった頬を、両手で押さえるロージーに、優しく目を細めるエルム。
「かーわいい! あのね、ロージーちゃん? あいつの好みは『真っ白なドレス』だよ」
こそっと告げられた、重要機密情報。
『白いドレス? そんなの持ってない! どうしよう……』
上の空でいつものように、山盛りにしたスコーンをテーブルに出すと、
「うわっ、美味そう――でもアッシュじゃないから、こんなに食べられませーん……って、聞いてる?」
けらけらと、楽しそうに笑われる。
「あっ――ごめんなさい! つい、いつもの癖で」
慌てて取り皿を用意する、ロージーの姿を目で追いながら、
「あのさ……どこかで会ったこと、なかった?」
ふとエルムが真顔で、首を傾げた。
「えっ……? いえっ、お会いしたのは初めてです!」
『まさか――男爵令嬢時代に、ワードロウで? でもこんな目立つ方、一度でも会ったら忘れる訳ないし!』
どぎまぎしながら、否定するロージー。
「だよねー! わたしは半年前に、この国に来たばかりだし。あ、マルト王国から」
「そう、なんですね?」
「うわっ――このスコーン、めちゃめちゃ美味しいー!」
「ありがとうございます……! お口にあって良かったです!」
元男爵令嬢はやっと、安堵の笑顔を見せた。
さて当日。
空は晴れ渡り、絶好のデート日和。
口笛を吹きながら弾む足取りで、『薔薇の名前』に着いた警備隊長。
はやる気持ちを押さえて、コンコン――キッチンの扉をノックした。
いつもの軍服では無く、襟や袖口に金の縁取りが入った、黒いスーツに淡いベージュのベスト、白いシャツに細身のネクタイ姿。
エルムのアドバイス通り髪もきちんと整え、靴だってぴかぴかだ。
「はーい!」
声と同時にドアが開いて
「おはようございます……アッシュ様」
はにかんだ笑みと一緒に、ロージーが顔を出した。
胸元をレースで飾った、細身の白いドレス姿。
ふんわり膨らんだ袖には薄手のシフォンが重ねてある、流行りのスタイル。
いつもは一つにしばっている髪は、ハーフアップに編み込んで、ドレスに合う髪飾りを付けている。
ぽかんと口を開いて見つめた後に、はっと気が付き、慌てて小さな箱を差し出すアッシュ。
「これ、いつものばあさん――こほんっ! ご婦人に、作ってもらったんだ」
中には、白い野薔薇と小花を淡いピンクのリボンでまとめた、小さな花束が入っていた。
「可愛い……! ありがとうございます」
ブーケホルダーに付いていたピンで、胸元に留めてみる。
「いかがですか?」
「すっごくいい! そのドレスも良く似合ってる!」
「あっ、ありがとうございます!」
ルイーズ叔母さんとメイジー姉さんと一緒に、街のドレスメーカーに出かけて。
あれこれ皆で相談して、急いで作ってもらったドレス。
『白いドレスなんて汚れたら大変!って、最初は反対したけど……これにして良かった!』
「あの――アッシュ様も、その、ステキです!」
「ありがとう」
もじもじと、褒め合う二人に
「お似合いだよ、お二人さん!」
「楽しんで来てね!」
「日が暮れる前には、帰ってくるんだよ」
料理人と店主二人が、笑顔で声をかけ。
「お土産、待ってるねっ! いってらっしゃーい!」
「みゃーっ!」
子猫の前足に添えた手を、ディビーが振る。
「はい! 行ってきまーす」
「行ってくる。帰りはちゃんと、送り届けるから」
見送る皆に手を振って、二人はいざ初デートに。
差し出された左の肘に、レースの手袋をはめた右手をそっと添えて、少しぎくしゃくと出かけて行った。
「この前、『もうプロポーズしたのかい!?』って、ついからかったくらい。
ものすごーくお似合い、だけどね」
「アシュトン様、とても気さくな良い方だけど……ご実家は確か、『公爵家』よね?」
「そう、リード公爵家のご次男。この国きっての高位貴族だ。
仮にお嬢様が『男爵令嬢』のままだったとしても、『身分違い』と即座に断られるほどの」
「こーいきぞく?」
きょとんと、首を傾げたディビーの横で、
『ロージーの保護者』三人は、そろって深いため息を吐いた。




