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第一話 預言者は黎明を臨む

 更新は不定期です。

 更新はTwitterにてお知らせします。


 最後まで読んで頂けたら、幸いです。


 

 時は少しだけ遡り、『星の墜ちる夜』が明けようとしている頃。


 ゼルミアス城北西に位置するミレドア山の切り立った崖の上から、青年がフーノスネートの惨状を観察していた。

 名をドルト・ルハインと言う。一介の王城警備兵に過ぎない彼が何故このような場所にいるかといえば、もちろん任務の為である。


 その任務とは、この前代未聞の天災を絵として記録しておくこと。本来なら宮廷画家の仕事なのだが彼らは軒並み死んでしまったため、以前絵描きを目指していたドルトに仕事がまわってきたという訳だ。


(しかし、なんという絶景……!!)


 ゼルミアス城の北に存在していた山ごと、首都を破壊した巨大な黒い物体。黒く所々が煌めいている───まるで夜空を凝縮したような城より巨大な『何か』。

 権力の象徴たるゼルミアス城より数十倍、いや数百倍は大きい。この世の終わりを想起させるほどの圧倒的な絶望。


 こんな至高の題材を描くことなくこの世を去った宮廷画家達はなんて可哀想なのだろう。


 冬の山頂付近、極寒のなかドルトの心は燃え盛っていた。小石をどけ、イーゼルとキャンバスを置き、すぐさま色を作っていく。

 暗闇に惑わされずに色々な黒をパレットに並べながら、懐中時計を気にする。夜に小舟を一人漕ぎ、ミレドア山を駆け登ってなお時間が足りない。

 タイムリミットは日が沈むまで、それまでに完成した絵をゼルミアス城に届けなければ、任務は失敗だ。


 こう聞くと無理難題に思えるが、本来この任務はそれほど過酷なものではない。ゼルミアス城と黒い物体の大きさを比較できる『図形』を書けばいいだけの、ごく簡単な任務だ。芸術性なんて必要はない。

 城の周辺で描いても、色さえなくても、他国にフーノスネートの被害状況を伝えられれば問題はないのだ。そもそも何の実績もないドルトに誰も期待などしていない。


(そういうの、ひっくり返したくなるんですよね)


 この絶景、この構図。わざわざ傷心の王に直談判して夜に出航する許可を得た甲斐があった。


 才能がなくても、描きたいものがある。一度諦めた夢を呼び醒ますほどに、今晩の天災はドルトにとって衝撃的なものだったのだ。


 空がしらみはじめる中、色を入れる。指先の感覚がないままに筆を動かしていく。

 下書きはなし、丁寧に大胆に。この絵を描きあげるという運命に筆を乗っけて、辿っていって───


 うっすらとした陽光が筆先に当たる。


 ドルトは目を細め、ゆっくりと顔を上げる。


 淡い白の空は澄んだ青空に、太陽はゼルミアス城と黒い物体が交わる所から姿を見せ、背後からより偉大な存在として両者を照らしている。

 それはまさしく、ドルトの想像通りの光景であった。


「あぁ……はぁ///♡」


 見惚れる。目に焼き付ける。見惚れる。繰り返す度に…絶頂。

 

 憧れた現実は、幸運にもドルトの眼下に広がっている。32万7946人を犠牲にして。



◆◇◆



 時は過ぎて、太陽は城の頂上の高さまで昇っていた。


 絵の具が載ったキャンバスから目を逸らし、ドルトは太陽に手をかざす。


「あぁ……所詮、夢か」


 再度絵を見据えるも、筆先をキャンバスにつけたまま硬直してしまう。


 完成した絵は、ただの美しい絵だった。思いのままに描いた絵は、現実とは乖離(かいり)していた。

 ドルトに夢を見せたこの素晴らしい光景は、もっと破滅的でもっと残酷で、もっと自由だ。


(物足りない、何かが不足している。これを補えるイメージが、モチーフが必要だ。この光景に匹敵する何かがあったなら……)


「絵、キレイだね」


───わずか隣で声がした。


 澄んだ声につられて、自然と声の方を見るドルト。おかしい、こんな場所に少女がいるなんて。おかしい、あの『黒い物体』が少女に巻きついているなんて。

 黒蛇のように、羽衣のように、黒い物体は白い少女を犯している。あるいは、逆か。


 少女は美しく、おかしい。


「んー、でも『星泥』が上手く描けてないなぁ……」


 反った白いまつ毛、つぶらな黄金色の瞳、色を失くしたような白髪。

 どれも整った『おかしさ』があり、それは非現実的な美に昇華されている。


 絵なんて馬鹿らしいほどに、一挙一動が芸術品そのもの。


 ほんの一瞬で、ドルトの一生を奪い去った。


「ん?どうした?」


 気づけばパレットも筆も地面に落とし、両手で少女の肩に触れていた。急には脚に力が入らず、地面に両膝をつくドルト。

 数秒、白く透き通った柔肌にけがれた手で触れていた事実に気づき、ドルトは慌てて手を離す。


「ああぁ!……も、もうしわけない。つい手が、あなたに」


 触れてしまった、恐ろしく冷たい肌だった。華奢な彫刻を無遠慮におとしめてしまったかの如き罪悪感。

 罰せられても、当然の報いか。 


「へへっ、別にいいよ。スーを殺そうとしないやつ、珍しいしね」


 少女は嬉しそうに微笑んだ。緩やかな風が彼女の長い髪をなびかせる。

 こころが、やさしく満たされていく。今この時間だけは全てを忘れてもいい。


 そっと右手を黒い物体──『星泥』に向ける少女。


「そんなやつ、この世界に来て初めて。……ねぇ、すごいの見したげる」


 まぶしい、燦々たる太陽も、少女のいたずらな笑顔も。


 少女は星泥の方に向き直り、左手を右手首に添える。ただの冗談ではない、周囲の空気が一段と重くなる。


 これが、神託を受けた預言者の心持ちなのだろうか。

 きっと数秒後には世界が変わる、予感を確信へと変えてくれる。


 始まりの声は、小さく透明で───


「来て、星泥」


 すぐに消え去ってしまう。


 少女の前方にある質量が掌の一点へ急速に襲いかかり、少女の細い指が辛そうに曲がる。

 後方に向け突風が吹き、流れるような白髪が後ろに乱れる。

 地べたのドルトも吸い寄せられそうになり体勢を崩す。その時見えた少女の顔は、ニヤリと笑っていた。


 星泥が捻じ曲がりながら少女の小さい手のひらに吸い込まれていく、徐々に徐々に太くなっていきそうな星泥を少女が力一杯抑えつける。

 大地が鳴り周囲の木々が騒めいて、吸い込む風の音がどんどんと大きくなっていき、


───風が、重い音をたてて散り爆ぜた。


 目の前には何も残らず、都市を破壊した巨大な『星泥』はあっけなく消え去っていた。数秒経つと奇跡がもう嘘のよう。


 ドルトは乾いた目を閉じる。疑いもなく目を開けて、幻覚ではないことを悟った。


 ああ間違いない、世界は変わる。圧倒的な『権能』を持ち、人間を戦争のおもちゃにしている神々は、この地に新しく舞い降りた少女(カミ)(ことごと)く浄化するに違いない。

 私、ドルト・ルハインはその助けになるべく今この場に立っている。

(仕組まれた歯車は!今まさに!)


「はい、これおまえの」


 別の世界に行きかけていたドルトの胸に何かが押し当てられる。

 キャンバスだ。見返すと芸術性のカケラもない駄作だと感じる。


「ごめんね、吸い込んじゃうとこだった。また会えたら完成したやつ見してね?」


 絵は受け取りつつも、何度もまばたきをするドルト。ここに来てからまだ3分も経っていないというのに、まさか、


「もう行かれてしまうのですか!?」

「まぁ星泥を回収したかっただけだしね、じゃ!」


 必死そうなドルトへ少女はウインクを飛ばし、迷いもなく崖にダイブしようとする。

 待って欲しい、まだ名前すら───


「名前を!……伺っても、いいですか?」


 少女がこちらに顔を向ける。

 太陽を背にした少女はより白く神々しい。


「スーの名前はステラ・ヴィヴィ。また、会えるといいね」


 笑って右手を軽く振るステラ。

 そしてステラは、無造作に崖から飛び降りた。

 別れを惜しむ雰囲気はなく、ドルトなど路傍の石と大差ないのだろう。


 もう、いない。



 無音の絶景、冷えた身体を陽光が温める。五分前までの傑作をドルトは無感動に見つめる。

 筆もパレットも、ステラが星泥と呼んでいた黒い物体さえもない。位置のずれたイーゼルだけが絵の続きを待っている。

 もう五分前の自分には戻れない。


──絵、キレイだね。


 だから、これからすることは。部外者の落書きでしかない。


── また会えたら完成したやつ見してね?


 樹皮が割れている木を見つけそれを剣で剥がし、荷物から予備の筆を取り出す。

 顔料もすぐにしまっていたから残っている。

 移動時間も加味して、あと2時間。

 『星泥』の質感、中に浮いている星の輝き。今ならまだ覚えている。街に落ちた『星泥』はあんなに生き生きとしていなかった。


 描ける。なら描くしかない。

 ドルトは意を決して、筆をとった。


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