手紙 天国の母上様
あの時の母の年を遠に超えた私藍子は、終活をして居ました。リビングにあるリメイク品は、母を思い出す品ばかりでした。母に守られながら、此処迄生きて居るのだと思いました。懐かしくて、お手紙を書いたのです。主語述語の無い、思わせぶりに言うあの噂も、抗議して貰った。と報告しました。戦国時代では無いのに・・。広く皆に知られたならば、いつか穏やかな時を迎えることが出来ると思います。
母上様・・お元気ですか。天国に住んで居られるのだから、お元気ですよね。自由に気ままに生きる事が出来る国らしいから・・いいですね。いつも私を見守って居て下さった!守って下さっている事、感じて居ました。ありがとう御座います。お別れして五十数年が過ぎて居ます。あの時二十二歳でした私も、後期高齢者という事になりまして・・体のあちこちが痛くて、動作も鈍くなりました。いつお迎えに来て下さっても良いように、これから終活をして置こうと思って居ます。母上と暮らした二十二年間の思い出は、今リビングにいっぱいにあるんですよ。着物や洋服をリメイクして居るのです。
○月○日
ちょっと涼しくなりました。以前から思って居たのですが・・箪笥の中の着物の整理をしてみました。一二枚ずつ着物をリメイクして、普段に使えるようにして置こうと思うのです。仕立ての内職をして私達を育てて下さったお母さんだから・・柄の見立てはとてもセンスいい!自慢でしたよ。今回は赤いと云うか緋色地に金の刺繍の袋帯(礼装用の帯、交織らしい)は流石もう派手ですから。そして臙脂地に銀糸で山茶花の刺繍のある名古屋帯(街着用の帯)とクリーム地にスエーデン刺繍をした帯、この三点をリメイクしようと思います。何かにして使い切って置こうと思います。子供達には思い入れが無いから、粗末にしてしまうと思うのです。安く売ってしまったり・・。母と私の大切な思いは、分からないでしょうからね。無理もないでしょう・・子供達はお母さん(お祖母さん)の顔も知らないんですから。それに私の母さんはあぁだった、こぉだったとお話もしていないんです。語りつくせるものでは無いからです。私だけの母の思い出です。それから姉さんが話す母さんの思い出は・・私の思い出とはちよっと視点が違って居て、あまり聞きたくないんです。
三本の帯はちょっと考えて、試し置きして見ました。クッションを作ろうと主に思って居たんですが・・帯幅八寸(訳30㎝)ですからちょっと狭くて・・帯の長さも余り切りたくないし(寿命が縮むと云う迷信から)緋色地に金糸の刺繍の帯は琴のカバーに良いと思いました。臙脂色の名古屋帯は姿見のカバーにしょうと思います。作るには時間が掛かりそうです。今は試し置きに掛けています。投稿締め切りは20日ですから、裁縫して居たら間に合わないんです。私が夜鍋にスエーデン刺繍をして作った帯は、リビングのクッションにしました。やはり幅が狭いですが、一つはキャンディーの形にして両端を紐で絞って見ました。一つは細長いクッションが出来ました。お母さんに見せたいです。見えますか?あの帯・・クッションになりましたよ。夜鍋に内職をするお母さんに向かい合っていました。炬燵に入ってテレビを聞きながら・・。私は将来を夢見て、せっせと刺繍の針を運んで居ました。その時でしたかね・・テレビでは2000年の経済状態とか展望とか、日本は世界第二位の経済大国になり・・全国に高速道路が張り巡らされて・・等のニュースが放映されて居ました。「2000年の世の中見てみたいね。私しゃ生きていないじゃろうねぇ・・」母は溜め息交じりに言うので、可哀相に・・と思いました。「どうしてそんな事を言うん?生きてるよね」「藍ちゃんは生きて居るよ・・52か53歳かね」「わぉ・・今のお母ちゃんより、おばぁちゃんじゃね。ウフフ・・」少しして母は、くも膜下出血で倒れて入院・・帰らぬ人になってしまう。でもお母さんから貰った、良く働く手・・。ダイヤの指輪等決して似合わない、節呉れた手はとてもありがたいです。何でも作れる、と思ってしまう。器用貧乏と言うのかな。今回も帯では一度も着用しなかったけれど、これから毎日ソファーで使います。それとね二十歳頃、編み機で黒い毛糸のワンピースを編みましたよね・・テキスタイルに大きなヒマワリの絵を描いて、編み込んだ・・そのワンピースは、バックになって飾って有ります。これも良く出来たね、と言って貰えそうです。そうそうお母さんには深い山吹色、お姉さんは臙脂色、三人色違いで買った紬の着物・・深い紅色の私の紬の着物は・・今は座布団カバーにしています。部屋に和と洋の趣きがあり、趣味の広がりを感じます。来客用にして大事にしています。お母さんの紬はまだ仕立ててなくて・・お姉さんの処にあります。
○月△日
お母さんは我が夫、夏彦を知らないのよね。子供達の顔も知らない・・。でもいつも空から見て下さって居るんだから知って居るかな?ウフフ・・。お見合いです。良い方に巡り会えました。夫の母上は夏彦が小学六年生の時に、がんで亡くなって居られる。お母さん同士、天国で話し合って貰ったのかな・・と思う程不思議なご縁でした。こうして着物をリメイクしたり出来るのも、これ迄の夫の働きがあればこそなんですよね。二度目の脳梗塞をして、その後は少し動作に時間が掛かります。「今年まだ喜寿なんだから、さっさと出来るでしょ!」つい愚痴が出てきます。家の用事も全然しなくてね。「手を動かして下さい。掃除機を掛けて・・とか迄は言わないから、ゴミ位は拾ってゴミ箱に入れて下さいよ」「ゴミが落ちてるよ」と、気が付くんだから。これは愚痴ですかね。手とか足は脳と連動してるから・・物忘れ、探し物も少なくなると思う。でもこれ以上悪くなるといけないから、止めておきます!神仏にお叱りを受けるかな?これ位で良かった、有難う御座います。と思う事にします。愚痴の対象者が居なくなる事は寂しい事です。元気で生きて居て欲しいです。自分に言い聞かせています。何処も悪く無くて元気そうに見えるんです。だからつい・・愚痴ってしまいます。
娘は結婚して東京在住です。子供は(孫)一人、女の子です。中学三年生・・共働きしながら、良い子に育っています。我が家は子孫繫栄しないのかな?でも一人でも孫が居れば、ひ孫が期待できますね。娘真理子が中学生の時でした・・クラスで進路指導を受けたのでしょうか。突然に聞くのです「お母さんは、若い頃何になりたかった?」「エェッ!えぇ?えぇとね~家庭科の先生になりたかった。でもね」「じゃぁ~私先生になる」と言ったんよ。言って呉れたのかな?ずっと念じて居たのでしょう。真理子は家庭科の先生になって居ます。でも大変そうです。遅くまで仕事をして、家に帰れば家で用事があり・・夫にも気兼ねして仕事をしなければならない。親としては可哀そうに思います。遠いから手伝って上げられないし。体大切に家内安全にと、いつも念じて居ます。天国のお母さんは、いつも言って居ましたね。家の中で出来る仕事をしなさい。子供が学校から帰ったら、お帰り!と言って迎えて上げなさい。口癖のように・・子供が小さい時は家を留守にしたらいけない。と言って居ました。正解はお母さんの方かも知れない。でも今の世の中、共働きが普通という事になっています。お婿さん・・せめて子供を産む時期、子育て中の女性の体を守る気持ちで、しっかり働いて下さい。社会の仕組みは、もお直せないでしょうか!保育所や託児所が足りないという世の中になっています。私達の頃は、22歳から23歳位で寿退社が普通でした。女性は子供を産んで育てる役目がある事、忘れてはいけない。女性はいつからでも、ちゃんと仕事が出来ます。例えば十年位、子育て期間として家で働き・・女性の定年は、その年程遅くなるという事にしたら如何でしょう。働き方の交代ですかね。この頃若い人は出生率も低いし、子供に関係する事件が多くて心が痛みます。
息子冬彦はまだ独身です。とても真面目な青年でした。でも去年迄です。今年は結婚願望・・諦めたのでしょうか。俺なんか!と自棄になって居るのでしょうか。遊んで居ます。真面目な人が遊ぶのですから、小言は効き目有りません。それにツイッターとか何とか、インターネットで交信しているらしい。ゲセラとか何とか、世界の銀行が倒産して、日本の銀行も連鎖倒産して・・債務免除になるからと言っています。預金も、もう無いと思います。カードも使い捲っているんです。債務免除、預金没収なんて事、絶対ないよ。戦後のように、何年か掛かってお金の価値が変わるという事はあるけれど・・。一週間の間に、債務免除・・預金没収なんて言う事は絶対ないよ。ありえない!危ない!誰かに操られて居るんじゃないん?いつも言うんだけれどね。ツイッターの噂を信じて行動したのは自分・・責任は自分ですよ。といつも言っています。お母さんには頼めないですかね。顔も知らない孫ですから・・。でもどうぞ守って下さい。しっかり者のいい女性、居られましたら巡り合わせて下さい。お願いします。
X月X日
お母さん、あの噂・・抗議しましたよ。掴まえ所の無い、主語述語の無い。何か我が家の事かと思わせぶりに言う・・。気が付いたのは、七十歳近くでした。月足らずで生まれて、直ぐに亡くなった弟の時夫君の事でしよう。誰か他の人の子供ではないかという。父は女を囲って居て、家に余り帰らなかった。そんな時に出来た子であるから?何という噂であろう!と、一日か二日悩みました。けれども噂を真面に受ける訳にはいかない。親があれ程悲しんで居たのに!母の生活心情で判断しました。この事(子供の出生)は親の口から聞いた事でなければ、信用してはいけない。まして親は死んで居る。その噂怪しい。私の結婚調査にも噂は書かれて無かった!田舎の家にドロボーが入ったのは知っている。そのドロボーが噂するのであろう。何の意味だろうか。ドロボーは自らは言わない。婦女暴行者でも自らは言わない。摑まりたくないからである。それを何故に!言い広めるのかな?大きなグループなのであろうか?風習と云うものであろうか?我が家にも汚点が有るという事を知らせて居るのだろうか。何の為に?手下にして都合よく人を使う為かな?我が家にあるなら、他の家の噂を作ったり、集めたりした帳簿が有る筈。それを皆で共有している。何に使うのであろう。自分達の名簿を作って居るから、暗号で伝えるのかな。と云う様な内容を、有力者を通じて抗議して貰った。今は弟、時夫君の事で嫌がらせは感じなくなりました。私が十歳の時に、家は倒産という事になりましたよね。家は(箱は)無くなりましたが、私達は健やかに育ちました。その噂から子供達を守る為・・強く全うに育てる為であろうと推察して居ます。我が家の事かと気が付いたのは、何しろ七十歳前後でしたから理解出来ましたよ。有難う御座います。母に守られて、そして皆様に守られて私は育ちました。噂を聞かせまいと、守って下さった方々のお蔭で今日があります。
最近ですが、可笑しな事に出会いました。ハーブや野菜、果物を植えて居た畑に、夜盗虫等の害虫が不自然に大量に入って居たり、熱湯かと思う物を掛けられてハーブが枯れました。ハーブは強い植物ですから、あれもこれも枯れると云う事はありません。土地を売らせようとの暗号であろうか。こうすれば安く買い取る事が出来るのだろうか?私達も後期高齢者と云う事になりまして、体力気力の衰えを感じて居た処でした。そこで駐車場にする事にしたのです。これまた話が長くなります・・。工事を頼んだO不動産の若い社員が、なかなか話を進めないんです。12月に見積もり依頼して、契約したのは翌年の3月。オープンしたのが4月。その間見積もりのやり直し。フェンスの見積もり可笑しいから、カタログ見せて下さい。業者変えて下さい。と迄言ったのに。時間稼ぎ、嫌がらせです。僅か60坪程度の駐車場です。さっさと仕事をして頂きたかった。仕事が進まないから、先に近所に挨拶回りをして、既成事実を作ったのです。合い見積もりを取って、業者を決めるべきでしたね。日当たり良く売り易い土地なんでしょう。私の思い入れ、今迄の苦労は・・自分達の儲けの為には眼中にない!酷く無礼な事です。工事はお願いしたけれど・・駐車場の仲介はオープン前に、お断りしました。お客様を紹介しても、名刺も持って行かなかった。チラシを配ると言って、配って無かった。インターネットで予告広告もして無かった。他の仲介業者A社に相談して少し気が休まりました。業者間で無理な売買させないよう、仕組みがあるのかも知れないと思った。その日から、非通知の無言の電話あり出す。言うなと云う事なのだろう。私、宅建の資格持って居るから、自分で契約出来ます・・昔ですけれどね。と、体よく駐車場の仲介の仕事をお断りをした。その後、非通知で無言の電話が何回も・・。美容院に行くと、駐車場の事で・・何だか思わせぶりな言葉。何でここで嫌な思いをしなければならない!帰りながら来月から、別の美容院に行こうと思った。二カ月位して、非通知の無言の電話が何回もあり。意味の解らない事をする人達です。この頃の常識なのであろうか。我が家とは違う常識である。私はその手間があれば、仕事が随分できるのに。良いアイデアが閃くのに、勿体ない事をしていると思った。世の中何年過ぎようとも、人の心は相変わらず目先の事だけしか見て居ない!そうそう・・家の汚点が有ったら・・こうした時に、ちらつかせて自分達の思う様にするのかな?威圧というものか!でも、こうした事(汚点を作ったり、威圧したり)で幸せになったというお話は聞いた事がありませんね。そろそろ考え方を変えて見て頂きたいものです。
母に守られて育った私には、役目があると思うのです。それは・・何を戦って居られますか?貴方と私は、勝ち負けの関係では無いと言って上げたい。仕事の関係です。仕事は双方に福をもたらすものであろうに・・。自分達の名簿があり、仲間で助け合うから・・人が育たないよ!と言って上げたい。私は暗号を言う暇がない、誰も助けて呉れない。だから一心に働いていますよ!と言いたい。そして何の為に、誰の為に、何を戦って居るんですか?と聞いて見たいものです。暗号・・戦国時代から続く風習であろうか?今の世の中も、やはり戦いですかね?
これらが広く皆様に知れ渡るなら、出来なくなる。業と家の汚点を作らなくてもいい。暗号で人を引っ掛けなくてもいい。皆で胡麻化さなくてもいい。自分達は何の為に戦って居るのかな?と思って頂く。解かって頂ける時が来ます。もうすぐです。皆が心安らかに、安心して暮らせる時が来ると思います。お母さんの苦労の賜ですよ。人を良い方向に導く暗号を受けた事が有ります。良いも悪いも受けた方の判断、そして行動は自分の責任で行うものですよね。
○月○日
母上様・・最初と最後だけになりますが、ちょっとお澄ましで母上様と云いますね。またお便りいたします。これから帯のリメイクします。一本2~3日かかりますから・・家の用事とか、ホーレンソウの種蒔きとか、何やかやあります。なんとか今年中には仕上げたいと思います。楽しみにして居て下さい。天国に住んで居られるようで、またすぐ傍に居られるようで・・。私の心の中に、私と一体となって居られるようで・・そんなな気がしてなりません。
母上様・・書棚に在るスナップ写真は、二千年の初日の出ですよ。今から22年前です。娘真理子は社会人になったばかり。息子冬彦が企画して呉れました。「海の傍に建つホテルでお正月三が日、イベントをして居るよ。元旦は初日の出を皆で拝んで、お雑煮を頂く。二日は新春餅つき大会・・。三日はえ~と・・。宿泊しなくても、朝早く起きてイベントだけ参加できるらしい」「嬉しい・お願いします!予約して下さい。二千年の初日の出、ホテルで拝めるなんて有難い。幸先良さそう」 あの時の母の溜め息、覚えて居ましたから是非にと思いました。元旦は、朝早く起きてホテルへ・・。会場となっている、1階ロビーはもう沢山の人です。初日の出がよく見える、窓側の席は占領されて居ましたね。お正月の門松、しめ飾り、お飾り餅、それに琴の音、春の海だったかな・・お正月気分を盛り立てて居ました。紋付き袴を着た体格の良い人が、マイクを持って何やら実況放送?をしていました。「雲に隠れて未だお顔が見えません。もう少しです・・もう少しで~す!あの雲の切れ目から見えます。どうぞ!どうぞ見えました!皆様明けましておめでとうございます。今年も良い年でありますように・拍手・拍手・」「初日の出の実況放送をして呉れている・・面白いね・賑やかじゃね。見て見て司会者の羽織・・ゾウさんの紋よ。面白い・イベント用の紋付があるんじゃね。ウフフ・・」「外に出て、初日の出をバックに皆で写真を撮りましょう」その時の写真ですよ。お母さんと一緒に見た初日の出よ!お母さんも傍に居た様な気がするんだけれど・・写真には姿写らないのかな? またお便りいたします。
寒さに向かいます折から、風邪など召さないように、お体ご自愛して下さい。 合掌
2022年10月15日 藍子
母上様
気になって居た着物のリメイク・・。やはり思い入れがある私が、使い切って置かなければと思いました。そして母との思いでも、一緒に残すことが出来るかも知れません。