ゴミ戦争の終焉
第一話は商品と消費者、そして商品と製造元との関係がブロックチェーン技術によってどのように変わっていくのかを紹介する。
商品とアドレス
コンビニの棚に並ぶ商品にバーコードやQRコードがプリントされているのはご存じのとおり。日本では一般財団法人の「流通システム開発センター」という管理団体に事業者登録をすれば商品コードを市場に発信できる。これを消費者がスマホでスキャンすれば紙一枚ほどの商品説明を読み取れるし、リンクをタップすれば発売元のウェブサイトも参照できる。このQRに埋め込まれた番号は各商品の型番ごとにひとつだから番号と消費者の関係は<1:N>、つまり「商品ひとつ」対「消費者多数」だ。大量生産されて市中に出ている商品情報が提供元のセンターサーバーに納められて、消費者がそれを参照する仕組みだ。
この千夜一夜で読者の皆さんが擬似体験するのはBCが完全に普及したエコシステム(経済圏)である。このエコシステムのバーコードやQRコードは現在の経済圏で活用されている一極集中のセンターサーバーを中心とするネットワーク(いわゆるWEB2.0)とは全く違う形で機能する。それがどんなものかお話ししたい。
BCのエコシステムにある商品には文字どおり「唯一無二」、つまり、ひとつひとつの商品に一意の番号が与えられる。この場合、商品の番号と消費者の関係は同一の型番であっても<N:N>、つまり「多数」対「多数」なのである。しつこく言えば「無数の商品」対「無数の消費者」である。
俄には信じがたい。そんなことをすればすぐに登録番号を使い切ってしまうと思える。しかし心配はご無用。2009年に最初にスタートアップした元祖BCネットワークであるビットコインでさえ当初から常人の想像を超える巨大な番号体系を採用してきた。かれこれ10年以上経過した今でも登録番号が足りないという話は聞こえてこない。運用している番号は33バイトの16進数で採番されていて、我々が普段使っている10進数の番号とは比較にならないほど懐の深い枠組みだからだ。採番(未使用の番号群から一意の番号を採り決めること)できる番号の数は億単位・兆単位どころか、無量大数(10の68乗)を越える領域にある。33バイトの16進数の数値というものは10進数で表すと1の後にゼロが70個以上並ぶのである。一説にこの数は宇宙にある全ての原子の総和に近いとも言われている。
話を戻そう。BCが完全に浸透した経済圏のコンビニに置かれている商品はどのように販売されているだろうか?
この経済圏のペットボトル飲料ひとつひとつには、工場で生産された瞬間に固有のアドレス番号が割り当てられる。近未来のペットボトルはラベルだけではなく個々のボトル自体にも番号が埋め込まれる。白地に黒のバーコードやQRコードは非効率になり、金属でもプラスチックでも素材自体に番号を溶け込ませるのである。このコードが商品ひとつひとつに与えられた唯一無二の番号となる。自動車の車体番号や自転車の登録番号と同じであり、同姓同名が許されている人の名前よりも遥かにユニークな一意の背番号だ。
仮にこの背番号システムが地球全体で実現されていたとしよう。2021年のペットボトルの生産本数は年間5000億個強と試算されているから、次世代の容器が登場するまであと30年ボトルを作り続けるとして単純計算で15兆個、もっと利用率が増えたとして50兆個(数字の5の右にゼロが13個)程度になると仮定できる。件の無量大数レベルのブロックチェーン番号の採番許容規模と比較すると、その占有率はパーセント表示すらままならないほどごくごく微小である。仮にペットボトル意外の凡ゆる品種の商品が50兆種類あって、これが10年間ペットボトル並みの生産量で製造されたとして、それ全てに一意の番号を採番しても実数の桁数は28程度であり、ブロックチェーンが運用する無量大数(10の68乗)にはまだまだ遠く及ばない。ボトルだけでなくキャップに別の番号を埋め込むことも容易である。
BCのエコシステムでは、個々の番号はアドレス(電子の住所)として認識される。アドレス番号は一度決まれば一切変化しない。アドレスにはペットボトル飲料の製造原価や販売管理を意味する数値を書き込むことが出来る。この数値は商品の流通とともに随時変化する。ペットボトル飲料が何処に移動して誰が消費しようが、このアドレス番号は不変であり、アドレス番号に紐づいた付属情報だけが変動する。ボトルに内蔵されたコードが読みとれさえすれば、いつでも何処でも個々の商品の現在価値をひとつひとつ読み出せるのだ。
エコシステムの各拠点には量子コンピュータが配備されていて、全商品のアドレス情報が電子台帳にリストアップされている。BCネットワークでは個々のコンピューター端末やその持ち主を「ノード」と呼ぶ。この呼称は元々は端末どうしの通信を軸とするP2Pネットワークの構造を示す際に使われてきた。全ての商品のアドレス情報はブロックチェーンのネットワークの末端で分散台帳を管理する全ての端末において全く同じ内容でほぼ同時に存在する。量子コンピューターがスマホに組み込まれるような新しい経済圏では、誰でも数テラバイトの分散台帳の情報をもつ「ノード」になり得る。センターサーバーを利用することなく、情報共有で繋がる端末同士が互いに通信し合って情報を管理することが可能だ。この環境こそがWEB3.0である。
商品が工場を出てトラックに積まれると運輸会社の輸送費用が個々の商品アドレスに原価の一部として加算される。コンビニの棚に並べば、コンビニの経費と利益が加算される。消費者がこれを購入して支払いをすればコストと売り上げが精算されて空のボトルの価値だけがアドレスに残る。統計では日本のペットボトル消費量は年間230億本(PETボトルリサイクル推進協議会、2016年度)だから、1秒あたりの処理量は729本になる。量子コンピュータの端末がこれらを処理できればペットボトル飲料の取引はリアルタイムで運用可能である。現在VISAカードの決済だけでも1秒間に56,000決済が可能との情報であるが、これは全ての商品とサービスについてのVISAカード一社の数字である。ペットボトル専用のブロックチェーンが発達すれば729という数字は十分達成可能だろう。
消費者は飲料を消費してペットボトルを処分すると専用の回収箱に使用済みボトルが集まり、個々のボトルの履歴は完全に記録される。利益プラスなら製造元は儲かり、マイナスなら赤字である。
商品のアドレスに記録される数値は円でもドルでもない交換価値である。数値の設定は8バイト長の16進数を利用する。ビットコインの例ではその単位は1BTCの10億分の1の1SATから、約18億BTCまで登録可能だ。日本円を単位とした場合、最大値で1,844京円(184兆円の一万倍)まで登録可能である。1万分の1円単位の取引も可視化して運用することも出来る。その場合、一度の取引上限額は184兆円。最小額は1万分の1円ということになる。
初期のBCの経済圏では個々のアドレスをUTXO(未決済取引口座=アンスペント・トランザクション・アウトプット)と呼んだり、単純に財布と呼んだりしたが、この物語では、ライブ・アカウント(未決済口座)、或いはデッド・アカウント(決済済み口座)と呼ぶ。UTXOやウォレットについては別途詳述する。
メーカーとアドレス
無数のライブ・アカウントに小売価格が置かれているペットボトル飲料のような商品の流通市場で、製造元はどのように利益を計算するのか? 暗号化された利益は市中にある無数の商品が消費者によって購入された直後のライブアカウントに残存する暗号資産として散在している状態である。
BCはコンピュータのデータであるから、そのデータは商品毎に物理的に付属するものではない。前述した端末群の量子コンピュータの記憶媒体に分散して収まっている。商品のアドレスのリストが有ればそれらの利益の合計はどの端末においても容易に算出可能だ。なんなら即時的に利益集計をスマホの画面に表示させることも出来る。しかし、それだけでは製造元が本当に可処分利益を占有したことにはならない。暗号資産は次の運用目的のために容易に取引出来なければならない。電子の世界でも、やはり何処か1箇所に利益が所有権付きで集まって然るべきなのである。どのように実現できるのか? ここで初めて製造元自身が所有する個別のアドレスが登場する。
アドレス番号を持っているのは商品だけではない、製造元は自社商品の税引き前利益を集めるための専用のアドレス番号、即ちライブ・アカウントを所有している。この財布に集まるのは無数の商品の可処分利益である。所有権付きの資産であるから、これは単なるデータではなく、ハードカレンシーと言って良い。どのように利益が回収されるのか?
消費者は目の前で売られている商品にスマホなどの端末をかざしてQRを読み取りながら小売価格を確認する。価格が予算内であれば購入操作を済ませる。すると商品保護カバーが解除されて選ばれた飲料が物理的に消費者のものになる。ペットボトル飲料のライブ・アドレスに紐づいたスマートコントラクト(スマコン)は、購入したのが消費者であることを確認すると缶のライブアカウントにあるコストを全て相殺するとともに残った利益額を製造元のライブアカウント(つまりアドレス)に送り返す準備を済ませる。製造元のアドレスには個々のペットボトル飲料の販売プロセスが終わった事実が自動的に通知されるのである。
この可処分利益の価値の転送処理ができるのは唯一、製造元の関係者だけである。なぜならペットボトル飲料にある暗号資産を取り出せるのは個々のペットボトル飲料のアドレス番号とペアで採番されているプライベート番号(やはり33バイトの番号)が必要であり、これをBCネットワークでは「秘密鍵」と読んでいる。秘密鍵を所持しているのは製造元の関係者だけだけなのである。これら無数の秘密鍵は唯一製造元だけがオフチェーン(ブロックチェーンの外)で所有しているのだ。この辺りの秘密鍵情報の取り扱い技術は別のストーリーでじっくり紹介する予定である。
商品の引き渡しとともに、あるライブアカウントから別のライブアカウントに暗号資産が渡されるのがBCネットワークの取引だが、商品購入の瞬間に作動するスマートコントラクトは、まず物品を購入した相手が消費者であることを確認し、そうであれば、製造元に完売の信号を送る。販売元は完売した個々の商品のライブアカウントの鍵を開けて、支払先である製造元のアドレス(ライブアカウント)に残存利益を電子署名付きで転送する。この時、製造元のノードが使うのが各商品の秘密鍵なのである。これらの秘密鍵はBCネットワークの電子データの世界では絶対に見つからないように、関係者が端末から切り離してで大切に保管している。そして、各拠点で分散台帳を預かっているノードである端末群(量子コンピュータ)は電子署名のチェックを一斉に実施して取引を承認する。取引の実行と電子署名、そして電子署名のチェックまでの一連の計算プログラムは「トランザクション・アルゴリズム」や「コンセンサス・アルゴリズム」と呼ばれており、転送された価値が唯一無二の価値であることを保証するものだ。
全ノードが件の秘密鍵の番号を全く知らないままで電子署名の真性(本物であること)を確認できるコンセンサス・アルゴリズムは人類の暗号研究の大いなる成果であり、P2P環境で銀行を通さずに安全な支払い処理を実現する仕組みを発案したサトシナカモトの偉業でもある。
秘匿透明なアドレス・トライアングル
BCネットワークの優れた秘匿性と透明性はアドレス・トライアングルで説明できる。トライアングルの頂点であるA点は秘密鍵であるプライベート・アドレスであり、左下のB点はライブアカウントのアドレス番号であるパブリック・アドレス(これを公開鍵と呼び、秘密鍵とペアである)であり、残るC点は商品や消費者や製造元の本名であり、住所その他の実名・実体だ。この三角形が成立して初めてライブアカウントが生きた暗号資産を所有する構造が確認できる。このアドレス・トライアングルは、NFT(ノン・ファンジブル。トークン)の取引でも全く同じ概念である。
このトライアングルの内、BCネットワークに参加している端末群からはっきり見えているのはパブリック・アドレスと取引情報のデータだけであり、プライベート・アドレスと実名は本人が自らネットワークに公開しない限り誰にも解らない。
BCネットワークでクラウド・ファンディング方式て資金を集める団体や個人はアドレス・トライアングルのB点とC点であるパブリック・アドレスと実名を公開してプライベート・アドレスだけを非公開とする。何故なら、資金を募る団体はできるだけ多くの協力者に実名と送金先を公開しなければ資金が集められないからだ。
個人のパブリック•アドレスに多額の資産を保管してる者は細心の注意を払っていないと、交換所に預けた秘密鍵が市中に流れてしまったり、悪意を持った他人に騙されてパブリック・アドレスと実名を暴露されてしまうといったトラブルに巻き込まれる。BCネットワークで運用する資産は、一般からの資金集めや頻繁な商取引に利用することが最も理に適っており、公開株のように大量に暗号資産を保有して資産運用に活用するような経済圏は次第に活力を失うだろう。秘密鍵が盗まれた場合に個人や企業の暗号資産が実名・実在のわからない第三者に持ち去られると同時に、不当に奪取された資金が流れたクラウドファンドや公開募金までがブラック化して運用できなくなるという二次災害にも繋がる。
犯罪防止の観点から、多額の資産をネットに保有する個人は実名を国が管理する保安委員会に登録したり、住民票のように市町村に登録することを義務化する法律も次第に強化されるであろう。
環境管理責任
BCネットの環境下でペットボトル飲料を購入した消費者のアドレスは実名を伴わない。しかしながら、消費者のアドレス番号は明々白々であり、実名がなくとも特定のアドレスの所有者の振る舞いは隠せない。
購入した商品とのつながりは未来永劫記録に残るのだし、ボトルや商品を無責任に投棄したり、犯罪に使用すれば過去の取引履歴から容易に足が付く。不当投棄を犯した消費者のアドレスは悪評を受けることになり、正しい資源回収に協力しないアドレスとして経済圏からボイコットされる可能性もある。これはまさにメルカリやウーバーといったネット社会での取引の常識を踏襲する文化である。
ペットボトルを道端に捨てる者は、ボトルに刻まれているQRコードを削り取って判別できないようにするだろうが、近い将来のアドレスコードの埋め込み技術はボトル全体に特殊な加工を施すものだから、小さな破片一つでもアドレス番号が読み取れるようになるだろう。ボトルや空き缶を焼却したり加熱して消滅させることは可能だ。しかし、そうする手間を取るなら、正規の回収ボックスに消費者アドレスを表示したスマホを翳して、正しく回収業者に引き渡した事実をブロックチェーンに刻んでポイントを稼ぐことメリットは大きい。こうしてBCネットワークは消費者による環境管理の指導にも役立つ仕組みとなるだろう。
ペットボトルの事例は商品取引のほんの一部分に過ぎない。消費者の経済圏には缶や紙パックやビニール容器、スタイロフォーム、プラスチック容器など有りと凡ゆる梱包材や容器で溢れている。BCの33バイトのアドレス番号は凡ゆる商品や消費材に埋め込み処理され、アドレスを読み取る技術は飛躍的な進歩を見せ、製造元、消費者、自治体の間のゴミ戦争に終止符が打たれる日が来るだろう。
BCネットワークが銀行を不要とする社会での取引について考えてきたが、この経済圏の本当に優れたところはこういった環境保護なのかもしれない。そのためにアドレス・トライアングルの仕組みは有効活用されるだろう。
第1夜 おわり