プロローグ
世界の成り立ちのお話。
――それは、むかしむかしのおはなし。
まだこの世界が、ひとつなぎの大陸だった頃。
世界の片隅に、ちいさなちいさな、いのちが生まれた。
いのちには名前も、知識もない。
それでも懸命に生きようとする姿に、応えるものがあった。
それは、自然。
いのちは、豊かな自然の持つ不思議な力に守られ、すくすくと育っていく。
木々のざわめき。水のせせらぎ。
風のさざめき。炎のゆらめき。
ありとあらゆるものが、いのちを育てていった。
そうして自然に慈しみ愛されたいのちは、いのちとともに成長し意思をもつに至った自然と共に、新たな命を生み出していくまでになったのだ。
生まれ落ちた命は「ヒト」と名付けられ、自然と共に育ち、やがて新たな感情を学ぶ。
それは、発展と共に争いを巻き起こした。
苛烈を極める戦。血で染まる大地、憎しみに呑まれ弱っていく自然。始祖たるいのちは、深い悲しみを覚えた。
憎しみあったものたちに、言葉は届かない。
そうして決意したのだ。争いを止めるために、己が悪になることを。
始祖たるいのちにとって、彼らは等しく愛する我が子であった。故に、終わらせるのも自分なのだと語ったのだ。
自然はその決意に付き従う。すべての力が、始祖のいのちへと集結した。
原始の自然と、始祖たるいのちによって巻き起こされた蹂躙。後の世に「原始の大災害」として残る伝承によって、ひとつだった大陸は分かれ、多くの命は自然へと還っていった。
けれど全てではない。やり直せると信じたかった始祖たるいのちは、大陸にいくつかの命を残した。争いは無くならないだろう、と告げる自然の意思の言葉に頷きながら。
力を使い果たした始祖のいのちは、その姿を見届けることなく、長い眠りについた。
自然の意思は始祖のいのちと共に失われ、自然の力に守られていたかつての文明も失われる。
それでも、命は生を諦めなかった。
残された命は、弱ってしまった自然に寄り添いながら、新たな生活の土台を築き上げていく。
なにがなくとも、命さえあれば。それは、始祖たるいのちの求めた可能性の一つであった。
繁栄と衰退を繰り返し、やがて出来上がった二つの国。
西の大陸、皇帝を戴く大帝国「サンセティア」
東の列島、大王がまとめる王国「ヒノイヅル」
異なる文化が生まれた二つの国は、文明の発展の後に再び大きな戦火に見舞われた。
今の世には始祖たるいのちも、原始の自然もいない。争いは止まることなく続いていく。争いの果てに、自然が異形の怪物を生み出すまで。
異形の怪物は「魔物」と呼ばれ、命あるものを喰らう恐ろしい存在であった。
ヒトはその存在を敵と認識し、協力して排除することを決める。それにより、ようやく"ヒト同士の争いは"止んだのだ。
魔物との戦いは、ヒトの争いよりも長く、長く。
自然の力を借りて争うも、ヒトはどんどん追い詰められていった。
もうダメか。多くの命が諦めを宿した頃。世界に、強い光が生まれた。
諦めと恐怖に溢れた世界で、その光を宿した娘は勇敢にも戦い続けた。
その姿は、戦乙女かはたまた聖女か。多くの命が、彼女に希望を見出した。
そしてその力をもってヒトは、魔物を一時的に退け、それぞれの国を守ることに成功したのだった。
サンセティアに生まれた平民の娘、マイア。この世界において生まれた最初の聖女の話である。
その後も娘は、ヒトの為にその力を使い続けた。
「始祖の生まれ変わりだ」と噂されることもあったが、娘は傲慢になることなくその生涯を過ごし、多くの人々に愛されて天へと還っていった。
その光の影に、闇の力が生まれていたことを知るものは一人もいない。
また、減らせども減らせども魔物は消えず。
魔物が現れてから五百年経過した今も、ヒトと魔物との争いは続いている。
今日も人々は、仮初の平和の中で生きているのだ。
そんな世界での、おはなし。
次から本編です。