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私とリオは男を睨みつけながら、そっと構える。多分、今ならいつでも魔法を打てる。今初めて魔法を使ったばかりなのに、ここまで使いこなせるのは私が主人公だからだろうか。
なんだっていいや、この状況をどうにか出来るなら。
「……なるほどな」
ふいに男は怪しく笑った。
その次の瞬間、ふっと姿を消した。
「!?」
男の姿を見失ってしまった私達は慌てて周りをキョロキョロと見渡す。だけど、それも一瞬で。
「ノディス・サウディア」
急に背後から聞こえてきた声に、私の背中が凍りつく。
「俺の名前だ。覚えておけ」
ノディスと名乗ったその男は、私が振り向く前にもう一度姿を消してしまった。それからはどこにも姿を現さない。
攻撃を仕掛けようとしていたリオが、諦めたようにそっと手を下ろす。
「大丈夫?」
「私は大丈夫だよ」
「あいつの気配がなくなった。今のうちに森を出よう」
「……うん」
ああ、情報量が多すぎて頭が痛い。
とりあえず急な死亡フラグは回避できたっぽいけど、これからどうすれば良いのだろう。またいつあの男が現れるか分からない。
森を抜けてから、誰もいない橋の上で、リオはゆっくり私の方へ振り返った。
「聞きたいことがたくさんある」
だろうね。だけど私には言えないことがたくさんある。
「……でも、セピアが言いたくない事は聞きたくない」
ああ、やっぱり優しいな。
つまり可能な範囲で私から説明しろということだ。
「殺されそうになったのに、リオは本当に優しいね。……そんなあなたに隠し事をする私を、許さなくていいから」
リオは何も言わず、ただ続きを待つように、じっと私を見つめた。
「あの男は私の敵なの。私の目的を壊そうとするから私の敵。でも、うまく交渉すればなんとかなるかもしれない。……今回は巻き込んでごめんね」
あの男の存在も私の魔法についても、リオには話せない。だからといって省略しすぎてるのはわかってる。リオもあからさまに悲しそうな顔をした。
「僕はセピアの味方だから、セピアの敵は僕の敵だよ。それとも、君は僕を信用できない?」
「……リオには話せない。繰り返すようだけど、巻き込みたくないの」
「それが理由なら、僕は引けない。矛盾するようだけど、一人で抱え込まないで話してほしい」
「リオ……」
それでも、この問題は大きすぎる。大切な人であるなら尚更、話したくない。
「最近セピアがおかしいのも、何か関係があるんでしょ? 突然使えた魔法だって……というか、あれは何の魔法?」
「リオ、そのことについてなんだけど、私が魔法を使えることは誰にも言わないでほしいの。絶対に誰にも」
「どうして? 魔法を使えるか使えないかで、評価が大きく変わるのに」
「まわりの評価なんかはどうでもいい。そんなものより、私には大事なものがあるの」
転生だろうが何だろうが、これは私の人生だ。それも二度目の。
今度は誰にも壊されたくない、邪魔されたくない。私は私が幸せになるために生きてやる。
「……大事なものって?」
リオは目を大きく開き、震える声で聞いてきた。何故だろう、困惑よりも期待しているように見えるのは。
「リオには教えてあげない」
私は彼にくるりと背中を向け、期待を裏切る。
「だってあなたは私の運命の人じゃないから」
それから、べっと舌を突き出した。