第97話 S16 商業ギルド 捜索準備
「ミリス、ファルナ! ギルド長の捜索隊に冒険者も使うぞ。「緑風」を含む数チームに依頼を出す!」
ヤマトが商業ギルドを出たあと、レベッカとミリスは専属受付嬢の一人ファルナと共に執務室でCランクポーションを集める準備に当たっていた。
元々ヤマトが持ち込んだ最高品質のポーションを見せる為に商業ギルド長――ラビリンを探すため商業ギルドの警備員を動員して捜索に当たっていたが発見に至らず、規模を広げて再捜索する為にファルナが準備をしていた。
そこにヤマトからの依頼が舞い込み、レベッカは本腰を入れて捜索することを決めた。
「はい。ただ緑風は王都までの護衛依頼を受けて今朝早くに出立しています」
「チッ、奴らが森での探索は得意だというのに。「絶刀」はどうだ? そろそろ動き出す頃合いだろ?」
冒険者ギルドは商業ギルドの下部組織に属しており、優秀な冒険者の行動予定はレベッカの耳にも届いていた。しかし直接管理をしていない為どうしても情報に遅れが生じてしまっていた。当ての一つが潰れ捜索より討伐が得意である冒険者チーム絶刀に切り替え、ちょうど数日前から休みを取っていることを考慮し動き出す日程に当たりを付けた。
「先ほど確認したところでは冒険者ギルドにいたようです」
「よし、なら絶刀を含めて四チームほど依頼を出す。依頼料は高額になっても構わん、今日中に出立させるから直ぐに準備させろ」
「わかりました。四の鐘に合わせて出立できるように行動します。ファルナ、聞いていましたね。すぐに冒険者ギルドに向かってください」
「はい! 直ちに!」
レベッカとミリスの話を聞いていたファルナが数枚の資料を持ち執務室を出て行く。商業ギルドからの指名依頼を断る冒険者などいないため、レベッカとミリスは冒険者についてはそれ以上の腹案は出さずにファルナが戻るのを待つ予定であった。
「ミリス、警備員の方は問題ないか?」
「はい。ファルナが指示をしていましたから捜索へ三十人と近隣の街へ向かう者が十名、すでに待機しています」
レベッカはヤマトと別れて直ぐに魔報を使った商業ギルド網の暗号伝達を行い、Cランクポーションを早急にサイガスの街へ送るよう要求を出していた。それと同時に近隣の街へ職員を向かわせて少しでも早く持ち帰れるように段取りを整える。
本来であれば余程の緊急事態でなれれば魔報の使用は禁止されていたが、ヤマトの要望に応えるため処罰すら覚悟の上でレベッカはCランクポーションの輸送を伝達していた。詳しい内容を伝えることは出来ないため後は商業ギルド本部の対応に任せられることになるが、先日の魔報の件があるので二本は送られて来ると予想を立てていた。
「……レベッカさん、ギルド長がCランクポーションを二つ持っていると思いますか?」
「いや、一本だろうな。今の時期ならCランクポーションは作っていないだろう。一本なら宛てがあるが、ギルド長がダメだった場合も考慮して二本は別ルートで手に入れたいところだ。あとは本部次第だが至急送らせているとはいえギリギリだろう。領主様にも掛け合ってみるか」
上級貴族は万が一の時を考えて屋敷にCランクポーションを保持している場合がある。しかし辺境でありCランクポーションを作成できるポーション職人がいないサイガスの街では入れ替えだけでも高額になってしまうCランクポーションを常に確保しているかは賭けであった。
「先ほど入った情報ですが、領主様は王都に向かわれたとのことです」
「……思ったより行動が早いな。王へヤマト様の事を報告に行ったか。……貴族である以上仕方がないこととはいえ、上手くヤマト様のことを説明して頂かなくてはな」
「…………。大丈夫なんですか?」
「一応、王への説明内容は私が用意した。手土産も最高の物を用意したから無下にはされんだろう。……ベアトリーチェ様の反感を買う事は王であっても許容できまい」
ヤマトに対して王令を使って王都へ招集されてはレベッカはもちろんカイザークに取っても利点は少ない。ヤマトにサイガスの街へ居て欲しい両者が話合い王を納得させるプランを用意していた。それと同時にレベッカはベアトリーチェに向けてもヤマトの処遇について親書を最高品質のポーションと共に送り出している。
カイザークより一日早く向かっているのでベアトリーチェの口添えも期待できるはずだとレベッカは当てにしていた。ベアトリーチェが待ち切れず王都から自領へ向かっているとは露にも思わずに。
「――とはいえ王族の介入は必然だろうな。……王族が視察に来られるであろう、ここ一か月の間にヤマト様にこの街を気に入って頂く必要がある。……私の予想では第三王女かな」
「王女様が視察に、ですか? それは流石に……」
「ただのポーション職人なら無理もないが、領主様はどうもヤマト様からポーションを受け取っているみたいだ。少なくともEランクかそれ以上だろう。それを王に献上すればヤマト様を取り入れようと動く事は想像に難しくない。ベアトリーチェ様も当人が認めた婚姻であれば口出しもしないだろうからな。だからヤマト様が王侯貴族といった気難しい貴族社会などを嫌っていると領主様には説明してもらう段取りだ。その上で下手な介入があった場合は他国に行く心積りもあるようだと含ませる。今は帝国から逃げ出し、頼れる者は領主一家と商業ギルドだけだと私のサイン付きで記載しておいた。そうなると王家としては下手な行動をするより領主様を上手く利用しつつ、王女様か信頼の置ける貴族家の娘を使ってヤマト様に見初めさせるよう動くだろう。領主様もそのつもりみたいだが――ヤマト様の趣味は特殊だからな。そこは問題ないだろう」
ベアトリーチェがポーション職人を庇護下に置いている影響は王族であっても無関係ではなかった。優れたポーション職人ほどベアトリーチェの元へ集まる現状を憂いている王族や貴族からすれば若くて優秀なポーション職人であるヤマトは何としても引き入れたい存在だった。
レベッカはヤマトとの約束を守るためにもカイザークと共謀でヤマトの存在が公になることを避けるため、貴族家に話が広がることを避け王族だけで話が留まるように説明内容を調整していた。そして王族にヤマトを招くために行動することを止めない代わりに王家にもヤマトの存在を隠蔽させるつもりであった。他国へ知れ渡る懸念がある以上、王家としてもヤマトの存在が広がることは避けたい。そのためレベッカ達の要求を通すことはさほど難しいことではない。
国王としても優れたポーション職人が国内に居てくれることはなにより喜ばしいことであり、他国へ行かれる危険を犯すぐらいであれば要求を呑むであろうと考えられていた。そのための手土産として王家が探している巨大な魔結晶もカイザークへ渡しているのだ。
「……ヤマト様の事を真に知るのは商業ギルドでは私とレベッカさん、ギルド長とベアトリーチェ様で、王侯貴族では王家と領主様一家だけと言う事ですね。……ですが王族が婚姻を求めるとなればヤマト様の評価を更に上げる必要があるのでは?」
「その辺りはベアトリーチェ様に判断を任せるつもりだ。我々の伝達の方が先に届くからな。後の判断はベアトリーチェ様に委ねるさ。とは言え、ヤマト様にはこの街で活動して頂けるように私は動くがな。そのためにもヤマト様の信頼に答える必要がある」
レベッカはヤマトの期待に応えるべく、二日以内にCランクポーションを最低三本、内心では五本用意するつもりで動いていた。ヤマトがベアトリーチェに対した興味を持っていないことからベアトリーチェがいる王都に向かうつもりがないことを予想しており、交通の要所であり各国から荷が集まるこの街の利点を知ってもらうべく贈り物の審査も同時に行っていた。
「(ヤマト様は使用人にも目をかけている。なら使用人への贈り物も用意するべきか。あとは、東洋国か……)」
レベッカはコニウムに東洋国の品物をお願いしていたヤマトの姿を思いだし、東洋国へ商業ギルドから商人を派遣する案を思い浮かべているのであった。
それからレベッカとミリスが捜索に必要な物資を用意するために書類を処理していると廊下を走る音が響いてきた。顔を見合わせる二人は一様に表情を曇らせる。
そしてバタンッと普段であればあり得ない勢いで開く扉。入って来たのは、息を切らせ額から汗を流すファルナである。
「副ギルド長! 大変です!」
慌てたファルナが駆け込んで来たことでレベッカとミリスは予想が当たったと顔を歪める。続く言葉は「絶刀が依頼で既に居なかった」「目ぼしい冒険者が居なかった」などであろうと予測を立てつつファルナの発言を待つがその予想は大きく外れる。
「冒険者ギルドは現在酒盛りの真っ最中で動ける者がいません! 現在活動している大半の冒険者チームが酒に溺れて駆け出しも含めてほとんど機能していません! 絶刀もリーダー以外は完全に潰れていました! 職員の話では使い物になるのは今街の外で働いている者だけで夕方頃まで帰って来ないとのことです!」
レベッカがこの街に就任してから初めて聞く事態であり、資金にそれほど余裕がない駆け出しも含めて全ての冒険者が動けないことにレベッカは眉をひそめる。ここ数日の間に街で行われる行事予定を考えても酒盛りをする理由がまるで思い当たらない。
「…………。ミリス、今日は何かの記念日か?」
「いえ、特にそのようなことは。絶刀にしても今日、明日には仕事が始まると予想していたのでこのタイミングで酒盛りをするとは考え辛いです。ファルナ、絶刀は明日には動けそうでしたか?」
「……絶刀のリーダーも酔い潰れていないだけでかなりの量を飲んで居ると思いました。チームメンバーの一人は完全に潰れいましたから明日活動するのは難しいかと」
「……駆け出しも酔い潰れるほど飲んで居たのか?」
「はい、職員の話では、その――竜人を連れた少年が酒を奢ったそうで……」
ファルナの言葉を聞いてレベッカとミリスは頭を抱えることしか出来なかった。別の誰かであれば罵声を上げて気分を落ち着けることも出来たかも知れない。しかし、その対象がヤマトであると分かった以上、そんなことは口が裂けても出来なかった。
「…………。ミリス、メルビン殿に協力を仰ぐ、準備を。ファルナは使い物になる冒険者を集めて捜索隊第二陣として動かす準備をしてくれ。警備隊だけでは森での捜索は難しいだろう。少しでも冒険者を集めてくれ」
「「はい!」」
ヤマトに関することである以上領主側にも負担を共有して貰おうと気持ちを切り替えるレベッカであった。




