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第95話 冒険者ギルド2

 冒険者ギルドの扉を開けて中に入るとムワっとした熱気と共に酒のキツイ匂いが漂って来た。中にはたくさんの椅子とテーブルがあり、酒場もやっているみたいだ。座席の三割近くが埋まっておりずいぶんと賑やかだ。……というか昼間から酒飲んでいるのかよ。まだ十時ぐらいだろ?


「あン? おいおい、なんだ? 女侍らせたガキが来たぞ?」

「ぎゃっはっは、随分なご身分のヤツが来たもんだな。来る店間違えてないか?」

「おい、お前ら酔い過ぎだ。貴族の子弟かも知れないんだ、大人しくしろ」

「貴族さまが亜人侍らせて来るわけねぇだろが。それに見ろよ、亜人の乳乗せて歩いてるぜ! ぎゃっはっは!」

「え、あれって……」

「…………嘘だろ?」

「――――」


 うーん、視線が多いな。俺達を見て笑っている人と唖然として見ている人がいる。ツバキの事を知っているか、知らないか、かな?

 とりあえず受付に行って話をしてみよう。奥にあるバーカウンターの横に受付嬢が二人いるからそこだろう。


「ン? おぉ! 兄ちゃん。なんだ? 冒険者になるつもりなのか?」


 受付に真っ直ぐ向かっていると受付近くの椅子に座っていた男から呼び止められた。ずいぶんと馴れ馴れしい男だ。……。まさかの冒険者ギルドあるあるイベント発動か。弱そうな新人は洗礼を受け返討ちにするという必須イベント。よし、ツバキファイヤーで返討ちだ! ……まぁ俺は冒険者になるつもりはないけどね。


「なりませんよ。ただ話を聞きに来ただけです」

「話? 冒険者になるためのか?」


 テンプレというか、なんでそっち方面に話を持って行くんだよ。普通に依頼を出しに来るお客様だっているだろうが。来る客に毎回こんなこと聞いてるのかよ。NPCか!


「魔獣の卵や薬草を仕入れて欲しいだけですよ。僕が来るのがそんなにおかしいですか?」

「……ん? 依頼か? なら来る場所が違うぞ? 今入って来た扉は冒険者用だ。反対側に一般依頼用の窓口があるんだよ」


 ……え? ……。あれぇ? 俺が、間違えてただけ? この受付は冒険者専用? フィーネに視線を向けるとコクリと頷いていた。いや、知ってたなら教えてくれよ。リクも知ってたよね? 


「ぷっ、おい、聞いたかよ。普通間違えるか?」

「くくく、言うな、もしかしたら依頼人になるかも知れないお方だぞ。くはは」

「がっはっは、気にするな坊主! それより魔獣の卵とは粋なもの頼むつもりじゃねぇーか! ウチのチームに依頼くれ、二、三日で持って来てやるよ! がっはっは!」

「お! それならウチもだ! 急ぎって言うなら明日までに取って来てやるぜ! もっとも報酬は上乗せしてもらうけどよ! はっはっは!」


 …………ふーむ。空気が悪い。依頼人が間違えただけでこの態度か。何だかこいつらに依頼するの嫌だな。もっと誠実な輩はいないのか。――そういう人は今頃街の外で働いているよな。ここにいるのは怠け者だけだろ。


「おい! テメェら! 俺の客人にふざけたこと抜かしてんじゃねぞ!!」


 馴れ馴れしい男が椅子を押し倒して立ち上がり周囲へ声を張り上げた。

 客人? 誰が? 誰の? ……なるほど。このお兄さん、ここの顔役みたいだな。酔って笑っていた奴らが苦虫を嚙み潰したよう黙り込んだぞ。


「すまねぇな。普段はここの扉は一般人が入らないように見習いが待機しているんだが――サボってやがるみたいだな。あとでとっちめとくぜ」


 見習い? ……リクか。いやホントそういう役割なら何で俺を通したんだよ。……知り合いに会いに来たと思ったのか? それとも俺ってカタギ(一般人)に見えないの? 


「いえ、表の少年は僕の知り合いです。キチンと扉の前に居ましたよ」

「それなのにここに依頼に来たのか? ……ん? もしかして俺に直接依頼しに来たのか?」


 いや、ないから。初対面だろ? 何でそんな馴れ馴れしいんだよ。俺がこの街に来てまだ三日だぞ? 知り合いなんて数えるほどしかいないからね? ……ただこの声に聞き覚えがある気はするんだよな。


「……。あの、どこかでお会いしました?」

「はぁ? なんだよ、兄ちゃん。覚えてねぇのか! 裸の付き合いをした仲だろう!」

「はぁぁ!? ねぇよ! んなもん!?」


 なにこの人、頭湧いてんの? ないから! そんな趣味ないから! 絶対ないよ! だからシオンとフィーネはこっち見ないで! 俺がやったのはツバキ達だけだから! ……え? もしかしてこの身体の元の持ち主の知り合い? ……メリリさーん! ちょっとお話しようか!?


「んだよ、つれねぇーな。仕切りがあるとはいえ、一緒に汗を流しただろ? 二日前の事なのにもう忘れたのか?」


 二日前? ……宿に泊まって貸しスペースで汗を――。


「あの時の覗き魔!?」

「ち、ちげぇよ!? いや、兄ちゃんが思い出した部分は合ってるかもしれねぇけど、覗きはしてねぇ!」

「間違いない、その声! 仕切りの隣から声を掛けてきた自称Bランク冒険者の覗き魔。侍女の裸が見たいって言ってた! ……。ただその事は秘密だった気がする。うん、他人のそら似かも知れない」


 宿屋に泊まった夜、ツバキ達を部屋に残して体を拭きに行った時に会った変態覗き魔だ。侍女の入浴を見る為に張っているって自慢していた正真正銘のゲス野郎だ。……ただそのことは内緒って言われた気がする。……口留め料が新人冒険者の紹介だったし、別にいいか。


「おせぇ! そこ思い出すのが遅すぎだ! もう今さら取り繕えねぇよ! あと自称じゃねぇ! 正真正銘のBランク冒険者だ!」

「遅いも何も、あの場で顔を見たわけじゃないですから。声だけで判断するには先日のように「げへへ、侍女のデカい胸みてぇ、興奮するー」って言って貰わないと」

「おいッ! そこまで酷くないだろ!? 部分的に抜擢すんなよ!」

「違いましたっけ? チラっと見た胸に興奮してまた拝みたいって言っていたような?」

「……あーうん。そろそろやめようぜ? 受付の姉ちゃんの顔が心に刺さる。――レミリンちゃん、違うんだよー!」


 受付のお姉さんがゴミ虫でも見るみたいな視線を変態さんに向けている。……大変そうだね。うん、俺達はここにいても意味ないから一般用の入り口に向かうとしようか。それじゃ、また!


「――待て。どこに行く気だよ? ……せめて酒の一杯も奢るぐらいはあってもいいんじゃねぇのか?」

「……子供にたかるつもりですか?」

「ハッ! 金持っているヤツにガキも大人も関係ねぇ。兄ちゃんはその姉ちゃん達を養えるくらいには稼げているんだろ? 星の煌めき亭に泊まれていて金欠とは言わせねぇよ?」


 ……ふむ。ここは素直に奢るべきか。これ以上余計なことを話されて周囲に広がるのは避けたい。

 酒代でここの顔役と繋ぎが出来ると思えば安いものだ。……思わずいろいろぶちまけた気もするし、記憶が飛ぶくらい飲ませてやろう。


「マスター! 一番度数の高いヤツをこの人が倒れるぐらいお願いします!」

「おい! 潰す気満々か!? へ、いいぜ! 受けてやらあ!」


 なんかノリノリで来たな。ただ酒飲めると思って喜んでいるのか? 一緒にテーブルに座っている男女四人が頭を抑えているけど、気にしなくてもいいかな。


「……主様。私も少しだけ」

「お姉さまは帰ってからにしてください」

「……ヤマヤマ、ヨウコはお酒買って来ないからここで買った方がツバキと私の好感度が上がる」

「はいはい。シオン、任せた。屋敷に届けてもらえないならフィーネが持てるだけでいいから」

「わかりました」

「シルフィ、分かっていますわね?」

「……分からない。私には二本の腕しかない。……そんなに凄まれても無理なものはムリ」


 ……冗談で言っただけなのだが。酒瓶山盛り持って革職人のところに行くつもりなのか?

 ツバキさん、帰りに買って良いからフィーネにプレッシャー与えるのは止めてあげようね。

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