第9話 因縁
二十二番窓口から出てホールに立つとこちらをチラチラ見て来る脂ぎったオヤジの視線を感じた。視線を合わせない様にして吐き気を我慢しつつ一番窓口に向かう。丁度誰もいなかったのでラッキーっと思いながら一番カウンターに座る受付嬢のお姉さんに声を掛けようとすると。
「おい、邪魔だ。そこをどけ」
後ろを振り返ると俺の後ろ、それも扉付近のここからそれなりに距離がある場所から俺の方を見てそう言っているキチガイがいた。
とりあえずほっとこうと思いお姉さんに声を掛けるが笑顔で「後ろにお並びください」と言われた。……ん?
「このガキ、なに無視して先取りしようとしてんだよ。俺はDランクだぞ。二度とこの街で働けないようにしてやろうか!」
「まぁまぁ、落ち着いて下さいセルガさん。この子はさっき登録したばかりでギルドのルールを分かっていないんですよ」
「ああ? 誰だよ、担当したヤツは? その辺のルールぐらい教えとけよ。気分悪くなるだろ、商品持って帰るぞ?」
「まぁまぁ、そう言わず、担当した者には私の方からキツく言っておきますから。キミも声を掛けられたのに無視するは良くないよ? セルガさんだから良かったけど、中には変な因縁を付けてくる人もいるんだからね?」
…………。…………。…………いや、お前ら両方おかしいよね?
このキチガイは十分因縁付けてるよ? そもそも俺は窓口に既に着いていたよね? 一万歩譲って窓口に着く前だったなら譲っても良いよ? でも既にいたよね? それを後ろに並べ? …………高ランクが優遇されるって? …………ふざけんなよ?
「あぁ? 何だその目は? 文句でもあんのか? そもそも成り立てのFランクのクズがなに調子に乗って一番窓口に来てんだ? 子供のお使いが粋がってんじゃねぇぞ? あんま舐めた態度取ってっとお前の親に責任取らせッぞ!?」
「ッ! ごはぁ、ッ、このヤ、っな!?」
いきなり腹を蹴り込まれ床に尻餅をついてしまった。思いっ切り蹴られた割には痛みは殆ど無かったがやられっぱなしは我慢が出来ない、と立ち上がりキチガイに向かおうとすると警備員らしき男に肩を押さえ付けられた。蹴られた俺がだ。
「ギルド内での暴動は許可できない」
「は? ……俺に言ってんのか!?」
押さえ付けられて言われた言葉が信じられない。振りほどくことが出来ないこの小さい身体が恨めしい。
「ハッ! これに懲りたら立場をわきまえろよ、クズが」
「クスクス、セルガさんあんまりイジメたら駄目ですよー。何も知らない子供なんですから」
押さえ付けられた俺を見て愉快そうに笑みを浮かべるキチガイとそれに便乗して笑みを浮かべる受付嬢に怒りが込み上げてくる。これがランクの違いだって言うのか? 低ランク者は高ランク者に逆らう事すら許されないと? ギルドがそれを容認しているだと? ふざけるな!
(――すまん。だが、耐えてくれ。ここで暴れてはキミを捕まえなくてはならなくなる)
「ッ!」
俺を押さえ込みながら小声で申し訳なさそうに警備員が囁いていた。このキチガイはそれだけの権力を持っているって? たかがDランクで? 六段評価の四番目だぞ? ……低ランクが高ランクに逆らうだけで逮捕だって? 腐りきってる、これがまかり通るのか、ここは!
結局、キチガイが取引を終えてギルドを出るまで俺は警備員に押さえられていた。取引の間、キチガイは俺の方を見ながらわざと値段にケチを付けたり受付嬢と無駄話をして時間を掛けていた。
怒りが増すばかりだったが一つだけ面白いことが分かった。キチガイが持って来た商品だ。
受付嬢は客のプライバシーを守る為か商品名を言わなかったがキチガイは自慢気に俺に対して言い放った。
「Fランクポーション八本とEランクポーション三本、そして今回は、Dランク! ポーションを一本だ! くっくっく、はっはっは」
高らかに宣言されたそれに唖然としてしまった。俺の顔を見て満足したようだったが、笑いたいのは俺の方だ。周りに居て傍観していた商人達はDランクポーションと聞いてどよめいていた。
メルビンさんからDランクでも希少だとは聞いていた。だけど、この反応は予想外だ。
……は、ははは。――良いぜ、やってやるよ。てめぇらの土俵で相手してやる。細々と慎ましく暮らす予定だった俺を本気にさせた事を後悔させてやる。
理不尽に抗う術をくれたメリリに感謝するぜ。異世界に来てまで社畜のように誰かのご機嫌伺いをしながら仕事をするつもりは毛頭ない。俺は俺の自由の為に抗ってやる。――目に物見せてやる。