第87話 賑やかな食卓
「……ぅん? あ、れ……。ここは――天国か……」
朝日の眩しさに目が覚めると何故かベッドの上にいた。十中八九、屋敷にある俺の部屋であると思うけど確認するために身体を少し持ち上げて辺りを見ると天使と天女が寄り添って眠っていた。
……確か昨日は、ツバキ達の髪を洗い終わって力尽きたよな。シオンとスンスンに着替えを手伝って貰った気がする。着替えた所までは覚えているけどその後が分からないな。
……そのまま気を失ったのか? マジで?
「ん、ぅー」
おっと、思わず頭を抱えていたら天使様が寝返りをうって大胆な姿に。そして天女さま? 貴女起きてますね? 寝返りで俺に抱きつくわけないよね?
……。……恥ずかしいけどツバキに抱きつかれて眠るのは良いな。まだ意識が覚醒していないという事でしばらくはこのまま二度寝したフリしててもいいか。
「――主様、起こしてくれないのですか?」
そういえば俺が起こすなら寝たフリするって言ってたな。シオンに任せるって言ったのに本当に寝たフリしていたのか。
でもツバキさん、どうせならもう少し寝たフリ続けていてくださいよ。――クッ、まさかこんなにも起きたくない朝が来るなんて……。
「……おはようツバキ。本当にツバキが寝過ごしていたら起こしてあげるよ」
「ふふふ。楽しみにしておりますわ。おはようございます、主様。お体はもう大丈夫そうですか?」
「うん。問題ないよ。昨日は迷惑かけちゃったね」
間違いなくツバキが俺をここまで運んでいるはずだからね。着替え終わっていきなり倒れているなら他の皆にも心配をかけてしまっただろうな。
「問題ありませんわ。主様を守護するのが私の務めですわ」
「ありがとう。ツバキ達が居るから気が抜けたのかな。でもおかげでよく眠れたよ」
宿屋ではツバキとシオンが気になってあまり眠れなかったからね。それに昨日は色々と動いて疲れている所にお風呂イベント発生だったからなぁ。まぁ悔いはないけど。
「ン? ぁ、っあ! おはようございます! 旦那さ、ゴホゴホ!!」
「ちょ! Aランクポーション出ろ! ――ほらシオン、慌てなくていいから」
ツバキと話していると声で起きたのかシオンがこちらを見て慌てて起き上がっていた。ポーションの効果が切れているみたいなので昨日と同じくAランクポーションを手渡して飲ませた。
……一日持ったのかな? Aランクポーションで二十四時間は短過ぎると思うけど。本来は数日で死に至る病と考えたら良い方なのかな? どうせAランクポーション使い道ないからシオン用にしておこう。
「あ、ありがとうございます。――ふー、やはり旦那様のポーションは凄いです。痛みが嘘のように消えてしまいました」
「本当は完治させてあげたいんだけどね。しばらくは現状維持でお願い」
「大丈夫です。私はポーションが無くても死ぬわけではありませんから」
死ぬ事態になるなら是非もない。メリリを脅してでもどうにかするよ。
……。……反応がないな。ちょっと寂しい。負けた気分だ……。
「シオンは主様がお休みになられて少し経った頃にポーションの効果が切れましたわ」
「え、昨日の夜に切れてたのか。想像以上に効き目が弱いね」
「いえ、凄い効果です! 世界中探してもここまでの効果があるポーションは旦那様のポーションだけです! 私が保証します!」
「お、おぉ。ありがとう。でも昨日から言ってるけど我慢する必要はないからね? 使う頻度はシオンに任せるけど、常にポーションを持っていること。というわけでこれを預けよう」
「ありがとうございます。――――ありがとうございます」
生み出したBランクポーション一本とCランクポーション一本をシオンに渡す。何故かポーションを二度見して、お礼も二回言われてしまった。
……ポーションを携帯するための入れ物が必要だな。俺みたいに懐に入れてたら何かの衝撃で割れることがあるからね。……実際に兎とセルガに割られたからな。
商業ギルドに売りに行く時のバッグでは大きすぎるし、万が一レベッカさんとかミリスさんとかに見られたら大問題が発生すること請け合いだ。
ポーションに関することだしミリスに用意できないか聞いてみるか。もしくはダダンガさんに職人さんを紹介してもらおうかな。どっちみち商業ギルドに行く必要はあるんだし先ずはミリスさんだな。
「主様、そろそろ下に降りた方がいいみたいですわ。食事の用意も出来ていますわよ」
「……ツバキの察知能力って遠くが実際に見えるの?」
「まさか。ただ気配を察知して音を聞き、匂いを嗅ぎ分けているだけですわよ?」
うん。だけ、ではないね。どれか一個でも超人だから。たぶん空間把握もずば抜けているんだろうね。気配で人の配置をして音と匂いで周囲の状況を頭の中で形にしているのかな? 屋敷全体をこの部屋にいながら把握しているのか? ……カメラ要らずだな。
「流石はツバキだね」
「ふふふ。ありがとうございます」
◇
着替えて食堂に行くとフィーネ、スンスン、メイプル、ミーシアが配膳をしており、調理場の方にはヨウコがいるみたいだ。
朝起きると食事が用意されている。……嬉しいものだな。社畜時代はギリギリまで寝ている為に朝ごはんを食べない生活を続けていたからな。家でゆっくりご飯を食べられるなんて考えられなかった。それがこんなにも賑やかになるなんてね。それも俺以外全員女性だからね。
「……ヤマヤマ、おはよう。いい夢見れた?」
「ご主人さまー、おはようございますー」
「お兄ちゃん! おはようなの! もう大丈夫なの?」
「おはようにゃー。もう用意できてるにゃー」
「あ、おはようございます、コン」
ちょうどヨウコも調理場から出て来るところだったみたいだ。机には八人分の朝食が用意されている。あれ? スンスンとヨウコも一緒に食べるのかな?
「みんな、おはよう。昨日は迷惑かけたね。一晩寝たからもう大丈夫だよ」
「……ヤマヤマはもう少し体力配分を考えた方がいい。……昨日のツバキとシオンの姿を見せてあげたい」
「シルフィ? 何か言いまして?」
「シルフィ、口は災いの元ですよ?」
「……ヤマヤマ、助けて」
「はは、二人とも心配してくれてありがとう。次からは気を付けるよ」
……昨日俺が倒れてから何かあったのかな? まぁいきなり倒れたら焦るよね。本当に心配をかけてしまったな。……でも焦るツバキの姿は見てみたかったな。
「心配するのは当然ですが、主様は主様のやりたいように行動してくれて構いませんわ。後のことはお任せくださいませ」
「……ツバキの甘やかしが凄い。でも内容がお風呂上りに倒れたことじゃ締まらない」
「フィーネは心配してくれなかったのか?」
「……ヤマヤマの顔を見たらそんな気も失せた。……幸せそうだった」
……。表情は自分では分からないけど――まぁ、最高の入浴タイムであったことは否定できないな。
「うにゃー、冷めるにゃよ?」
「おっと、そうだった。冷める前に頂こう。――頂きます」
「「「頂きます!」」」
せっかく作ってもらったのに冷ますのは勿体ない。昨日と同じく俺、ツバキ、シオン、フィーネが四人掛けのテーブルに着席して、他の皆は元々あった広いテーブルで食べることになる。
ヨウコとスンスンも今日は一緒に食べるみたいだ。スンスンは俺達にお茶を注いで席に戻って行った。
朝食のメニューはパンとスクランブルエッグにベーコン、そして果物らしきものだった。
「おぉ、美味しい。このスクランブルエッグ味が濃厚でケチャップ無しでも美味しいね。それにベーコンも旨味が凄い凝縮してる。味が濃ゆくてパンにも良く合うね。この街には鶏の飼育場とかあるのかな?」
中世辺りなら卵は結構貴重だよね。卵料理は大好きだし、これだけ美味しいなら毎日でも食べたい。目玉焼き、卵焼き、オムライス、煮卵、夢が広がる。白米も作って貰えるから卵かけご飯も可能だな。……醤油が急務だ。
「スクランブルエッグ、ケチャップ、ベーコンですか? 鶏は農民が飼育していることはあると思いますよ」
「……ヤマヤマ、この卵は魔獣の卵。一般的な鶏の卵より栄養があって美味しい。肉も魔獣の燻製肉。……ヨウコが奮発してくれている」
「え? この卵ってもしかして昨日貰った卵?」
「ふふふ、あれは獣魔の卵ですわ。あれを食する者は流石にいないと思いますわよ」
あーそうか、あの卵は獣魔だったな。流石にペットになる獣魔を食べるわけないよね。……卵料理が食べれなくなるところだった。
でも農民が飼育しているってことは鶏はいるけど卵の数はあまり期待できないか。それにこの美味しさは魔獣の卵だからってことなら鶏の卵では意味がないね。ミリスさんに言えば仕入れてくれるかな。
「昨日の卵は獣魔だったね。やっぱり魔獣の卵は貴重なのかな? ……もしかして鶏の卵も貴重なの?」
「……魔獣の卵は冒険者が手に入れてくる。取れる数は少ない。だから高価。鶏の卵も数が少ないけど基本的に毎日生まれるから商業ギルドに言えばヤマヤマなら手に入る」
魔獣の卵はやはり貴重か。なら基本的には鶏の卵で、手に入る時は魔獣の卵だな。……あとで冒険者ギルドにも寄ってみるか。
「今日はたまたま朝市に魔獣の卵があったので購入させて頂きました、コン」
「私が見つけたにゃ!」
ヨウコとメイプルが朝から買い物に行ってくれていたのか。……メイプルは珍しい食材に縁があるのか? ……よし、メイプルにも後で食費を渡しておこう。
「二人ともありがとう。お陰で美味しい朝食を食べることができたよ。これからも金額は気にしないで良いから美味しさを重視してね」
「わ、分かりました、コン」
「はいにゃ! 美味しい魚を探してくるにゃ!」
「食材に関してはヨウコに相談してね」
メイプルに食費を渡したら毎食魚になってしまうのか。……魚を買う際はヨウコが支払いをすることにすればいいか。
「燻製肉も専門の職人が作ってますから数が少ないですねー。このパンも貴族向けの高級品ですよー」
「……普通のパンは硬くてスープがないと顎が疲れる」
顎が疲れるって……。このパン高級品なのか。宿屋で食べたものもこれくらいだったけど、それでも少し硬いって思っていたのだが。
……。果物あるし酵母作ったらヨウコがパン焼けないかな? かまどはダダンガさんが作ってくれるだろうし。
「ヨウコはパン作れる?」
「え、えーと、手伝った経験はあるので手順は分かります、コン。ですけど機材が必要です。コン」
「設備や機材はダダンガさんにお願いするからどういう設備が必要か伝えてくれる?」
「は、はい。ダダンガさんであれば個人用としても扱える物を用意して頂けるかと。コン」
「旦那様、お米とパンを食べるのですか?」
「うん? あぁ、いや、毎食米じゃ代わりばえしないからたまにはパンも食べたいからさ。それに食べるなら美味しいパンがいいし、たぶんこれより柔らかく作れるよ」
「貴族御用達のお店より柔らかいパンですかー。楽しみですねー」
「責任重大ですね。コン」
「このパンもすっごく柔らかいの!」
一般的な平民や孤児院で食べられているパンって言ったら、やっぱり武器になりそうな黒くて硬いパンなのだろうか。
……そういえば孤児院の裏庭に小さいながら畑があったな。鶏を飼育できるぐらいのスペースなら確保できそうだよね。
屋敷の庭にはおかないよ? 毎朝五月蠅そうだからね。孤児院は収入にもなるからセーフだろう。……まだできるのか分からないけど。
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