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第86話 深夜の来訪者3 


「ありゃーなんだ?」

「ウチが知るわけないでしょ」


ヤマトの屋敷から数件離れた民家の屋根の上に、屋敷を伺うアルクスとナルムの姿があった。

スンスンが侵入者一行を撃退し、商業ギルドの警備員に引き渡しているところまでの一部始終を見ており、当然ツバキの姿も目にしていた。


「アル、あの竜人に勝てる?」

「無理だ。あれは戦ってどうにかなるレベルを越えている」


強さを求め、強者との戦いに喜びを見出していた熊人族のアルクスであったが、その実力ゆえにツバキの力量が一目で分かってしまった。――否、力量を推し量ることすらできなかった。戦えば負ける。戦いにすらならずに一方的な蹂躙が待つと理解してしまった。ツバキとの戦闘は戦いにさえなり得ないと。


「そうだよねぇ。これだけ離れているのに背筋が凍ったよ。こんな経験、ドラゴンと対峙した時ぐらいしか感じたことないよ」

「竜人の戦士と共闘した経験はあるが、あれほどの凄味は感じなかった。あれは別格過ぎるだろ」

「だよね、だよね! ウチも竜人を見たことはあるけど、こんなゾッとしたことないもん! 侵入されて気が立ってるのかも知れないけど、あれであの屋敷の人達は平気なのかなぁ」


「他の住人も規格外なのかも知れないな。あの小人の女も強い。竜人ほどではないがサシでやれば苦戦は間違いない」

「うん。ウチも戦いたくないね。負けるとは思わないけど勝てる確信が持てないよ。糸の強度次第では普通に負けるかも」

「オレも同じだ。操糸術の練度が並外れている。糸の強度であの小人の危険度は跳ね上がるぞ。暗器を受け止めてナイフを折っていたし糸の強度はそれなりのものだろうな」

「だねぇ。でもいくら糸に自信があるからって身体で受け止めるのは常識を疑うけどね」

「あれだけの技量だ。受け止める自信があったんだろうよ。オレも似た状況なら同じことをする。……ここからでは糸までは見えないからな」

「見えないのは向こう側でも同じかも知れないよ? 空気の揺らぎから糸の軌道は読めるけど、かなりの範囲に広げていたみたいだし、流れから察するとかなり細い糸だと思う。肉眼では捕まらないと見えないかも」

「確かにな。だけどいくら糸が優れていてもあの小人ならオレら二人がかりでなら勝機が見える。しかし竜人の方は本国の仲間を全員集めても勝てる気がしないな」


 ファーニア皇国ラフィーク領に本拠地を構える傭兵集団「星屑」戦闘員100人を有するファーニア皇国でも屈指の傭兵団で、非戦闘員を含めると200人近い人数がおり、貴族であっても無下にはできない戦力を保有している戦闘集団であった。

 かつてラフィーク領に現れたワイバーンを打ち破り、国境付近に出現したレッドドラゴンを追い払った実績もある名うての傭兵団である。


「だよねぇ。レッドドラゴンとどっちが強いかな?」

「その基準が出る時点でおかしいからな。竜人族はドラゴンではない」


 レッドドラゴンの強さは個体差が激しく一様に述べることが出来ないとされており、以前ファーニア皇国の国境に現れた大型のレッドドラゴンには皇国軍第二軍と第三軍の総勢三万人が討伐に向かい、甚大な被害を受け撤退した。

 皇国軍は討伐を断念し、星屑を含む複数の傭兵団や冒険者チームにレッドドラゴンの撃退を依頼。皇国軍は周囲の被害を抑える為に展開されることになった。当時は一傭兵集団でしかなかった星屑が単独突撃を仕掛け、多彩な策を駆使してレッドドラゴンを国境から追い払うことに成功したのだった。


「いや、マジであの人見た瞬間ドラゴンと対峙した時の気分になったって!」

「あまり騒ぐな。気付かれたらどうする」

「えぇぇ、流石にこの距離で気付かれ――」

「――」


 ナルムが軽口を言おうと、ふと屋敷の方に視線を向けると二人の方角を見ているツバキの姿があった。

 雲がかかりほぼ完全な暗闇に近い状態で数件離れた家の屋根にいるアルクス達を見ている。

 そのまま数秒の時が流れ、ツバキは視線を外して屋敷の中に戻って行った。


「――冗談だよね? 目が合った気がするんだけど。ただこっちを見ていただけだよね?」

「いや、あれは警告だ。完全にオレ達に気付いていた。……なんだ? あの屋敷で今なにかが起こっているんじゃないのか? いくらなんでも警戒心が強すぎる」


 アルクスが感じた通り、ツバキは屋敷の周囲への警戒を最大にしていた。ヤマトとシオンが倒れたことで頭では問題がないと分かっていながらも心がざわめいていた。屋敷の中はもちろん、屋敷の敷地内に侵入されただけでも怒りが込み上げ、スンスンが先に向かっていなければ凄惨な事態になっていてもおかしくはなかった。

 スンスンが間に合った理由は単にヤマトとシオンの傍から離れたくないというツバキの想いがあったからこそだった。スンスンとシルフィーネが向かっていることも把握しており、もし屋敷内への侵入を許すようであれば即座に殲滅するつもりであった。


「あの屋敷からポーション職人を攫うのは不可能だよ。ウチの足でも屋敷から逃げ出すことも出来ないよ」

「そもそも屋敷の中に入れただけで快挙だろ。捕まった襲撃犯も弱くはない。むしろ強者の部類だ。対人戦闘、それも暗殺に特化しているからBランク冒険者では歯が立たないだろう。寝込みを襲われたらオレだって無傷では済まないかもしれない」

「怖いこと言わないで欲しいんだけど! プセリア様の護衛なんだから暗殺者の警戒も仕事の内なんだよ」

「プセリア様にはこの街であまり騒ぎを起こさないように進言しておけ」

「無理でしょ! あの人、そういうこと言ったらむしろ嬉々としてやらかすよ!?」

「ならこの件は黙っておけ」

「それも無理でしょ! ポーション職人を連れて帰らなかったら絶対根掘り葉掘り聞かれるよ!?」

「無言で押し通せ」

「それが出来るのはアルだけだから! アルがそれ出来るのもウチが最低限話しているからだからね! 二人で黙り込んだら二度とお仕事来ないからね!? 基地で待ってる子供達がお腹空かせることになるからね!」


傭兵集団「星屑」の非戦闘員には孤児の子供達も含まれていた。素質があり、意欲がある子供には戦闘訓練の真似事もさせ、未来の戦闘員候補の育成になっていた。アルクスやナルムもそうやって星屑に育てられた者達であり、自分達が頂いた恩を次の世代に返していた。


「う。し、しかし、あの屋敷は難攻不落だ。少なくとも領主を攫う方が百倍簡単だ」

「それは分かるけどね。……とりあえず任務は失敗。プセリア様にはウチ達では敵わない護衛が複数いてとても敵対できる状況ではないって伝えよう。だいたいプセリア様なら表から伺うことだってできるでしょ」

「この街の領主よりいい条件をいくらでも提示できるだろうな。……オレ達の仕事なくならないよな?」

「あの竜人はポーション職人に雇われいるから大丈夫じゃない? ……え? あの竜人を従えているの? ポーション職人が?」

「――竜人の様子から見てもただの雇われではないな。あれは主従関係を結んでいるだろう」

 

 竜人が仕えるのは自身が認めた者のみ。それは人格、地位、金、様々な要因はあるが、竜人本人が従うと認めない限り仕えることはない。そして一定期間の雇われや主従関係を結ぶなど竜人の信頼、忠誠心によってその在り方は異なる。アルクスはツバキの行動から主従関係を結んでいると憶測する。主人を守るために警戒心を強めていると。

 しかしツバキとヤマトが交わしたのは龍王の誓い。竜人族の戦士が生涯で一度だけ行う神聖な誓い。竜人族全体の歴史であっても龍王の誓いを行った者は数えるほどしかいない。そのため竜人族以外の種族の者で龍王の誓いを知っている者は僅かしか存在しないのだった。


「それって、あの竜人が主人と認めた者ってことだよね? いくら優秀なポーション職人でもアレを従えることが出来るの? あれって人外の生物だと思うよ?」

「……プセリア様にくれぐれも粗相の無いように伝えろよ? あれから守るのは不可能だぞ」

「ウチに丸投げするのやめてくれない? 今回の報酬もなくなったからお小遣いもらえないしタダ働きなんだよ?」

「あれと戦うことを考えればそれぐらいのタダ働き安いものだろう?」

「ならアルがしなよ。絶対、あの伯爵様は嬉々として首突っ込むよ。金貨を賭けてもいい」

「おい、やめろ。お前が金貨なんて賭けるならその通りになっちまうだろうが」

「だって間違いないし。賭けが成立しないもん」

「はぁ。分かったオレも手伝う。だからプセリア様を説得するぞ」

「……むしろ説得すればするほど興味を持ちそうだなぁ」


アルクスとナルムの二人はツバキの気配から逃れるように民家の屋根から離れて行くのだった。

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