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第84話 深夜の来訪者1


「……ヤマヤマは寝てるの?」


 屋敷の一階にあるリビングでソファーに腰掛けていたシルフィーネは部屋に入ってきたツバキとシオンへ声を掛ける。

 リビングには他の女性使用人の面々が勢揃いしており、一様に心配そうな表情を浮かべていた。


「ええ。心配せずとも問題はありませんわ。ただの疲労です。昨晩はあまり寝ておられなかったですし、一日動き続けて疲労が溜まっていたのでしょう。明日には元気な姿が見れますわ」


 ヤマトは風呂場で一緒に入っていなかったヨウコを除き全員の髪を洗い続け、最後にメイプルの髪を洗い猫耳を丹念にマッサージして力尽きた。

 浴室ではまだ意識があったのだが脱衣所で着替えを終えるとやり遂げた表情を残し倒れるように意識を失っていた。

 慌てる周りの女性陣を御してツバキとシオンが二階の寝室にヤマトを運び込む事態になったがヤマトの寝顔は清々しいものであった。

 突然のことにメイプルやミーシアは酷く動揺してスンスンに窘められていたが、ヤマトの表情を見ていたシルフィーネはあまり心配はしていなかった。


「念のため、旦那様のポーションを飲ませていますから心配には及びません」

「……無事なら良い。でもビックリした。……いきなり気を失うって、遊び疲れた子供?」

「その表現は看過できませんわよ?」

「……ごめんなさい。でも本当にビックリした。……まぁヤマヤマ謹製のポーションなら万が一もない」


 ツバキの視線にすぐさま謝罪するシルフィーネ。現在制御役のヤマトがいないため下手な発言は眠れる竜を呼び起こしかねない。ツバキとシルフィーネのやり取りを見た全員が共通する想いであった。


「ポーションのランクは如何ほどですかー? もし必要であれば昔の職場から融通して頂けるかも知れませんけどー?」

「必要ありません。旦那様のポーションです。これ以上の物はこの世界で旦那様以外には用意できません」

「シオン、落ち着きなさいな。スンスンもありがたい申し出ですけど、シオンは主様からポーションを預かっていますわ。ですから問題はありませんわ」

「了解ですー。お二人が問題ないと仰るのでしたら大丈夫なのでしょうー」


「皆に言っておきますけど、主様に関する情報――特にポーションに関しては誰が相手だろうと漏らすことはなりませんわ。例えその件で主様に迷惑が掛かろうと、貴族や商業ギルドを敵に回すことになったとしても黙秘してくださいな。それで被害を被ることになったとしても後日私が清算しに行きますわ。もちろん主様のために尽力した者には相応の見返りも私達が約束します。……敵対者と相対した時は私と敵を比べなさいな。あとの判断はお任せしますわ」


 ツバキの発言にシオンとシルフィーネ以外の全員が顔を引きつらせていた。果たして殲滅姫ツバキを敵に回すこと以上の事態が発生する可能性が如何ほどであることか。その事態に陥って生き残る可能性に賭けるぐらいであれば、忠義を示した方が悔いは残らないと苦笑するのであった。


「シアは誰にも言わないの! ママにも内緒なの!」

「にゃー、元から喋るつもりはないにゃ。ね、ヨウコにゃん」

「はうー。はい、以後気を付けます、コン」

「……論外。……ヨウコのその語尾は猫人の真似なの?」

「……できればそっとしておいて欲しいです。こん」

「獣人は大変ですねー。もちろん私は喋りませんよー」


 全員の宣誓を聞いて笑みを深めたツバキに皆一様にゾワっとする気配が体を巡っていた。普段はヤマトの傍にいるために抑えられている強者の気配が駄々洩れである。

 使用人の面々はヤマトと一緒にいる時の慈愛に満ちたツバキの姿しか知らなかった。しかしこれが本来のツバキ――自他共に認める最強種族、竜人族の戦士であると改めて畏敬の念を覚えた。

 そして商業ギルドでレベッカにヤマトの情報を漏らしかけたヨウコは頭を下げて落ち込んでいた。

 ――その頭をなでなでしていたメイプルが首を傾げる。


「ヨウコにゃん、なんで髪ぼさぼさにゃ?」

「ごはっ!」

「……流石は猫。皆が思っていても口に出さないことをハッキリと言う」

「ぐはッ!」

「ヨウコさんー、ご主人さまから頂いた香油はお渡しましたよねー?」


 ヤマトが倒れて部屋に運び込まれている時、一人だけお風呂に入っていなかったヨウコの為にヤマトが用意していたぽーしょんシャンプーをスンスンが手渡して使い方を説明していた。そして事態を知れば一人だけ悠長にお風呂に入るわけにもいかないのでヤマトが倒れたことを悟らせないようにお風呂に向かわせていたのだ。


 しかし、ヨウコは渡されたぽーしょんシャンプーを特に気にしていなかった。スンスンが湯上りで頭にタオルを巻いていたこともありその効果を見ておらず、ヤマトがぽーしょんシャンプーの名称を口にしていなかったのでスンスンが香油と説明したので高価な物であろうと感じ使うことを控えていた。ヨウコは湯舟に入ることもなく桶に溜めたお湯で身体を洗い入浴を済ませ――他の皆を見た瞬間、自分の愚かさを痛感し地面に両手をついたことは言うまでもないことであろう。


 現在リビングで女性陣が全員集まる中、ヨウコ一人だけ髪の質が明らかに違っていた。気が付いてはいたがヤマトのこともあり皆が発言を躊躇っていた。そこにメイプルが突っ込むのだった。


「はい。貰いましたけど、高価なものだと思い使うのを躊躇っていました。コン。……明日は使えないのでしょうか? ……コン」


 例え高額であり賃金から差し引かれるとしても使いたいとヨウコは熱望していた。しかし普通に考えて風呂に入れるだけでも破格の待遇であり、その上貴族令嬢でもここまでの髪質を維持することは叶わないと言えるほどの香油。ヨウコは数十分前の自分に激怒していた。


「主様は毎日お風呂を用意すると言っていますわ。ですから明日でも使えるはずですわよ」

「……ヨウコも湯着は買っていたはず。一緒に入るといい」

「私なんかが一緒に入るとご主人様が不快に思われるかと。……適齢期を過ぎた女ですし。……コン」

「シルフィさんを除くと私が一番年上だと思いますよー?」

「……私は十五歳。スンスンが一番上」

「お二人はお若く見えますから。ご主人様は人間族ですし実年齢は把握できないと思います、コン」

「……つまり私とスンスンはロリばばあだと?」

「そんなこと言ってませんよッ!? 見た目は私が一番上であると!」


 あまりの危険発言に語尾を忘れ必死に否定するヨウコに周囲の者達は笑みを浮かべていた。

 ヤマトが倒れたことで重くなっていた空気が弛緩し、ツバキとシオンの表情にも笑みが戻ってきた。


「ヨウコさんをからかうのはこの辺にしましょう。あまりうるさくすると旦那様が起きてしまいます」

「……シオンはもう少し肩の力を抜いた方がいい。ヤマヤマの顔を見て来るといい。……満足そうに寝ていた」

「ふふふ、私も言ったのですけどね。主様がスンスンの髪を指摘された時に離れたことを気にしているのでしょう」

「お、お姉さま!? 私は何も」

「主様を寝かせてからずっと謝罪していたではないですか。別に恥ずかしい事ではありませんわよ?」

「お姉さま!!」

「……シオン、安心していい。ヤマヤマはショックで倒れたわけではない」


 シルフィーネにまで言われて顔を赤くするシオンに優しい眼差しを向ける一同。

 その様子を見て、これはこれでいいものであると笑みを浮かべるツバキであった。


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