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第76話 S13 陰謀の時間2


「――まだ引っ越したばかりで何も用意していなくてすみません」


ヤマトの言葉通り、この部屋にはヤマト達が座る椅子と机以外に何も物が置かれていなかった。既にスンスンとメイプルは退室しているので部屋にはヤマト側四人とカイザーク、メルビンの六人だけであった。ツバキ達は立っているので人物の方が多い。


カイザークは先日まで応接用のソファーなどがあったはずでは、と頭を悩ませるがその事をヤマトに言えるわけもない。

この国の常識で考えれば、接待する用意もされていない部屋に通すのは無礼であり歓迎していない、話をするつもりはない、という意思表示にもなっている。もし相手がヤマトで無ければカイザークは即座に踵を返していたはずであった。


「いえ、こちらが突然押し掛けたのです。会談を許可して頂き感謝しております」


椅子の用意をしている間に表面上は取り繕う事が出来たカイザークは気持ちを引き締めヤマトとの会話に臨む。メルビンも普段のカイザークの姿を見て気付かれない様に深く息を吐いていた。


「家まで用意して頂いたので当然です。オルガノさんから聞いて準備はしていたのですが、工房の改築などと重なってしまったもので申し訳ないです。来られる時間が事前に分かっていたら良かったのですけどね」


「っ、そ。……いや申し訳ない。――工房の件は私の方でも聞いています。何でも二階に作ったとか」


カイザークはヤマト宛ての手紙をヒロネに持たせており、本日伺う事への謝辞や時間なども記載されていた。ヒロネからは手紙を渡していないと報告は受けておらず、手紙だけは届けていると思い込んでいた。

確認を怠った自分と報告をしなかったヒロネ達に怒りを覚えるが、すぐさま話題を切り替える。


「ええ。オルガノさんからは一階奥の広間が良いと言われたのですけど、余り広いと落ち着かないもので」

「分かります。私も広い部屋での仕事は落ち着かず普段は書斎で仕事をしていますからな。立場上、人を迎える時は広い応接室や執務室を使いますが仕事をするなら私は書斎が落ち着きます」


「領主様なら人を迎える機会も多そうですから移動が大変なのでは?」

「そうでもありませんよ。交通の要所とはいえ地方ですからな。とは言えこの街には王都以上に様々な人や物が集まります。王都では見かけない珍しい食べ物や、多種多様な種族が集まります。地方には地方の良さもありますからな」


「確かにこの街には色んな種族の人がいますね。中々苦しい生活を送っているようですが」

「……ええ、私の不徳が致すところで心苦しい限りです。しかし、王都や他の領に比べれば亜人に取っても暮らしやすい街だと思います。移住権の発行も認めておりますし、亜人の文化を認めてもおりますからな」


人間至上主義のこの国においてサイガスの街は亜人に配慮している面は確かにあった。優秀な人材は名誉市民と認められ移住が許可される。そして亜人向けの亜人による食堂や宿の提供も僅かとはいえ行っていた。この街が交通の要所であるが故の処置ではあるが間違いではなかった。

この国の王都に亜人は殆ど寄り付かない。少なくとも亜人の難民が住むことが出来る環境は存在しない。その事を踏まえればカイザークの言う事は間違いではなかった。


「…………。メルビンさん達のお陰で治安も良いみたいですからね。……ただ場所によっては治安が不安視される事もあるみたいですけど」

「ええ、多種多様な種族が集まると意見の違いもありますので。近々治安の見直しも検討している所です。今後は更に住みやすい街になる事をお約束しますよ」


コン、コン。


カイザークの言葉が途切れるタイミングで扉が遠慮がちに叩かれた。シオンがスッと扉へ向かい扉を開ける。


そして一人の少女がお盆に湯呑を三つ乗せ部屋に入って来た。


「(っ、なんだ、この可憐な少女は。この様な娘が我が領地にいたのか? ……まさか東洋国の令嬢か!)」

「(――なんだこの少女は。これほど愛らしい少女がいたのなら私の耳に入っているはず。ヤマト君はどこでこの少女を?)」


部屋に入り恐る恐る歩くミーシアを見たカイザークとメルビンはその姿に目がくぎ付けになる。

そして当のミーシアは並々に注がれた湯呑のお茶をこぼさない様に慎重に歩いていた。


「ど、どうぞなの、熱いから気を付けてなの」


「ッあ、あぁ、大丈夫だよ。熱い方が好きだからね。ハハハ」

「ありがとう、お嬢さん。お名前を聞いても良いかな?」


好好爺な雰囲気になったカイザークとやけに優しい笑みを浮かべたメルビンがミーシアに話しかける。

その姿を見たヤマトが顔を背け苦しそうに震えていた。しかしカイザークとメルビンはミーシアに見惚れ気付かない。


「シアはミーシアなの。おにーちゃん」

「っ、そ、そう、良い名前だね」


「ミ、ミーシア、も、もういいよ。あ、ありがと」


ヤマトの震える声に疑問を覚えながらもミーシアから視線が外せないカイザークとメルビンはミーシアが去ってしまう事を知り表情を曇らせていた。目の前でヤマトとフィーネが会話をしている事にまるで気付かずに。


「うんなの! バイバイ、おじちゃん、おにーちゃん」

「う、うむ」

「あぁ、ありがとう」


手を振りながら走って部屋を出て行くミーシアをカイザークとメルビンはジッと熱い眼差しで見つめていた。

そしてその二人を冷めた目で見つめるシオンとフィーネの姿があった。


「ゴホン、ふー、……領主様とメルビンさんは彼女の事を知っていますか?」

「い、いや、知りません。……どこの者ですかな?」

「私も知りません。この街では見た事がないと思いますけど」


「なるほど。彼女は今日まで領主様が経営しているはずの孤児院にいたのですよ?」

「ッ! 孤児ですか!」

「えぇ、本日私が引取りましたけどね」


「っ、……ヤマト君、領主直轄の孤児院から孤児を引き取るなら領主である父上から許可を貰う必要があるはずだよ?」

「しかり、勝手なことをされては困りますな」


カイザークとメルビンはミーシアの幼いながらも感じさせる美貌から将来はヒロネを越える美しさを持つと感じ取った。そして領主直轄の孤児院に居た孤児であるなら領主家で養子として引取る事は難しい事ではないと考える。


そしてミーシアの愛らしさにヤマトが不正を行い引き取ったと思い、一旦領主家に養子として迎えてからヤマトの元へ送る事を計画する。

そうする事で領主家とヤマトの確かな繋がりになると笑みを深めるカイザークであったが当のヤマトは首を傾ける。


「え? 許可なら貰ってますよ? シオン」

「はい。こちらになります」


シオンが差し出したのは一枚の羊紙皮。ミーシアをヤマトの奉公人として認める正規の契約書であり、孤児院のサインと領主カイザークのサイン、そしてヤマトのサインが入っていた。


「こ、これは」


「孤児院で引き取る際に頂きました。何でも領主様はお忙しいとの事で孤児院の孤児の引き渡しは全て孤児院の院長に任せているそうで。しかしこうして正規の契約書がある以上、領主様もお認めになっていると認識しております」


カイザークは孤児院の運営には関わっていない為、孤児を引き取ると言う物好きが現れた時を想定して複数枚の契約書を孤児院に預けていた。引取手が現れた場合は院長の判断で契約を済ませ、後日契約書の控えを提出する段取りとなっていた。

その事を思い出し拳を握るカイザークと父親のずさんな管理状況を目の当たりにしたメルビンの咎める瞳が印象的であった。


「……契約は正規のもの。私が口に出すまでもありませんな」


絞り出されるように述べられた言葉にヤマトは笑みを浮かべる。そして僅かの間をおいて再度ヤマトが口を開いた。


「それと領主様は再三にわたり孤児院から要請があったポーションの提供を跳ね除けていたと聞きました」


「……運営資金は毎年捻出しております。領主直轄とはいえ、運営に関しては院長に一任した独立した外部組織扱いです。他にも孤児院はありますし全ての孤児院の要望に応えることは出来ません」


ミーシアを手に入れヤマトへの楔にする機会を逃した事で、ミーシアの存在を黙っていた孤児院を外部組織と言い放ち手放すカイザーク。

元より金を生まない金食い施設である孤児院への資金提供は内外へのアピールの一環であり何時でも止めて良い案件であった。

ヤマトにそこを責められるぐらいであればすぐさま手放しても問題はなかった。

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