第67話 天は二物を与えず
ゴーン、ゴーン
「主様、五の鐘ですわよ。そろそろお戻りになった方が良いのでは?」
今のが鐘の音なのか。五の鐘って事は十六時ぐらいか。メルメル達に昼食までご馳走になってたら遅くなったな。
普段は朝と夜の二回の食事らしいけど俺がご飯食べてないから帰ると言ったせいでメルメルとママリエさんが急遽用意してくれる事になった。
屋台で食べるから良いと言ったのだが、ミーシアのお別れ会も一緒にすると言われたので断れなかった。
…………別に同じ街に居るし何時でも会えるよ?
孤児院は人数が多いので自分達で食事を作っているそうだ。子供達も料理の手伝いをしているから屋敷のお手伝いにどうですか? と、事あるごとに推された。
とりあえず今の所はヨウコ達が居るから必要はないだろう。万が一、人が増えた時にでも再考することにする。
孤児院の食事は質素倹約を絵に書いたようなお気持ちだけ受け取りたい食事であった。
ただ運良く? 孤児院にいた子供達はその食事を見て「うわ! イモが入ってる!」や「バカ、よく見ろ。こっちは肉だぞ!?」など歓喜に沸いていた。…………。支援額増やそうかな?
そんな豪勢なのであろう食事を子供達と一緒に食べ、ミーシアにお別れの言葉を送り泣いている子供達を見て、後日街で会った時に恥ずかしくならないのかな? などと邪推していた。
その後もメルメルの距離が近くなる度にシオンとフィーネが押しのけているのを尻目に獣人の子供の耳をぷにぷにと揉み戯れていた。
うん、満足だ。ここはとても良い場所だね。自分から頭を差し出して来るケモ耳少女がたくさん居るからね。
…………。ママリエさんが送り出しているのは見なかった事にした。
「……ヤマヤマ、エルフの耳も触る。……人間とはまた違った良い形」
「だ、旦那様、わ、私の耳も、どうぞ……」
…………。いや、俺は別に耳フェチじゃないよ? ケモ耳はぷにぷにする義務があるから触っているだけだよ。ツバキさんもシオンを焚き付けるのは止めてね? 顔が真っ赤だよ?
…………。まぁ触っていいなら触ろう。…………うん、すべすべだね。シオンの耳は人間の耳と変わらないな。赤くて温かいけど。フィーネの耳は少し尖っているけど感触は人間の耳と変わらないね。少し面積が広くてシュッとしてるから触りがいはあるけど。
「……………………」
「……。……。……ヤマヤマ? ……流石に触り過ぎだと思う」
「はうぅぅ」
ハッ! つい夢中になって触っていた。
ケモ耳とはまた違った触り心地があってこれはこれでアリだな。
……シオンが湯気が出そうなくらい赤くなってる。そしてその様子を見ていたママリエさんが再度獣人の女の子を投入しようとしてメルメルとミーシアに止められている。
「…………そろそろ帰ろうか」
「はい。……シオン、しっかりしなさいな。続きは屋敷で、ですわよ?」
「――続くのですね。……はい」
「……私も参加する。……ヤマヤマは私の耳に夢中」
あれ? 屋敷でもやるの? というか二人とも乗り気? …………うん、頑張れ未来の俺!
□
「結局メルメルも来るんだな」
「ええ。ミーシアと子供達がお世話になる職場の場所を知っておかないとね」
孤児院を出て水汲み要員の10歳から12歳の男女五人の子供達と屋敷に戻ろうとした所メルメルとリクも付いて来ると一緒に出てきた。
まぁ世話している子供達が働く場所だし知っておかないと何かあった時に問題か。
今後は毎日五人の子供達が早朝と夕方に屋敷で水汲みをすることになった。メンバーはその日毎に代わるみたいだけど絶対に欠かさずに行かせると力強く言われた。
毎日払うのも面倒くさいので先払いで金貨を渡そうとしたらシオンに止められてしまった。「労働の対価なので直接子供達に支払うべきです」と。…………確かに。子供達も自分で貰った方がやる気も出るだろうからね。
それにメルメルはそこそこ信用出来そうだけど金貨に異常な執着を見せる人もいるからね。ちなみに大銅貨での支払いなので管理はシオンに丸投げだから俺の手間はかからない。人手があるって素晴らしいね!
「そこまで離れても居ないから様子が見たい時はいつでも遊びに来て良いから」
そして完全防御態勢「極」のまま中央区を歩く。左右にはミーシアとメルメルが追従して、その後ろを少し離れてリクを合わせた子供達六人が付いて来る。
…………更に悪化したな。流石に周りの目が集中している。ツバキとシオンの二人と歩いている時はそこまで視線を感じなかったんだけどね。
ミーシアとメルメルはこの状況でも俺の傍を歩くのを止めない。中々に胆が据わっているね。他の子供達は少し距離を置いているのに。
「…………見えたよ、あの建物だよ」
総勢十二名で中央区の市場を奇異な視線を向けられたまま横断して愛しの我が家へ帰って来た。…………まだ初日だけど。
「…………。…………。え? あの豪邸? 門番までいるわよ? ………………あれ? ザルクとダリオじゃない? ――何してるの?」
俺が指差す屋敷を見て驚きに目を見開いたメルメルだったけどザルクさん達を見て疑問の方が勝ったのか俺達を置いてスタタタとザルクさん達の方に駆け寄って行った。
どうやら知り合いみたいだな。スラムで生活していたから知っているのか? 親し気に会話しているみたいだ。
「ザルクさん、お知り合いですか?」
「はい、お館様。メルメルさんには娘がお世話になっていますので」
…………。あー、スラムの子供を孤児院で世話しているって言ってたな。ザルクさんの娘も孤児院にお邪魔していたのね。
――メルメルが子供に見えるから娘さんの遊び相手だと思ってしまった。
「へぇ、おにーさんの所で働いているんだ。良かったじゃん、良い所で働けるね。コメットもこれで安心できるね。頑張ってね!」
「はい! ありがとうございます。……それでメルメルさん達はどういった御用で?」
「うん、今日からウチの子達がおにーさんの家、屋敷の水汲みを担当することになったの。これからは朝と夕方に子供達が来るから宜しくね」
…………。ザルクさんはメルメルの実年齢を知っているみたいだな。ザルクさんの方が年下なのか? スンスンが24歳でメルメルも同じぐらい…………。
――駄目だ。メルメルが大人に見えない。メルメルがザルクさんの娘と言われた方が納得できる。……人間以外には小人族の幼いフリは効かないのかな。
「なるほど。…………。お館様、出来れば通行証の様な物をご用意できませんか? 子供達の顔を全て覚えるのは難しいので通行証の有無で対応させて頂きたいのです」
そうだな。子供が毎回変わるかもって言ってたし通行証みたいな物があった方が良いか。…………。とはいえ、通行証なる物を俺は持っていない。…………。…………金貨を預けて金貨を見せる子供は通って良いのは? これなら普通の子供に真似は出来ない。うん、良い考えだ!
「…………旦那様? まさかとは思いますが、金貨を預けようなどとは思っておられませんよね?」
「……。シオン大丈夫。……いくらヤマヤマでも子供に金貨を預ける危険性ぐらい理解している。……してるよね?」
「も、モチロン。当たり前じゃないか」
「ふふ、では主様。木片に絵でも書いてそれを通行証にしては如何です?」
おぉ! ツバキさん、ナイスアイディア! それで行こう! っと思った所、ダリオさんが屋敷に走って行った。
…………。ダダンガさんに木板の余りを貰って来るそうだ。気が利きまくりだね。
そして少しして木板を二枚持ったダリオさんが戻って来て片方の木板をくれた。もう一枚は失敗した時の予備らしい。
貰った手の平サイズの木板をツバキに渡すと木板の両面を確認してシオンに渡す。そしてシオンも確認してフィーネに渡す。フィーネは受け取ってすぐにミーシアに渡し、ミーシアは確認してメルメルに渡す。そして周り回った木板が俺に渡される。
「…………。いや、誰か絵を描いてよ」
俺は別に木板の確認をしてもらう為に渡したわけじゃないよ? なんで俺の元に戻って来るの。
「いや、そこはおにーさんが描かないと駄目でしょ?」
「そうですわね。主様が描かなくては通行証の意味がありませんわよ?」
…………。メルメルに描かせたら確かに複製が可能かも知れないけど、割符にしたら問題ないよね? …………。俺が描くことに意味があると。この屋敷の主が発行した通行証という価値が付くのね。
…………。俺、絵心ないよ?
「……ヤマヤマが描いた絵や文字なら何でもいい。……大切なのはヤマヤマが描いたと言う事実」
うーん、なら書くか。ヘタでも文句言うなよ?
…………。そうだな。――――、よし。なら真ん中に竜を描いて、右に太陽、左に三日月を描こう。
…………よし、まぁまぁの出来だな。
「…………」
「…………」
「……中央に邪神、両脇に何かの記号? ……ヤマヤマ、これは古代の壁画をモチーフにした?」
…………。
「違うの! これ、真ん中にいるのは一角兎で左右にあるのは石と木なの!」
…………。
「違うわよ。これ三つの部分を合わせて一つの怪物になっているのよ。これは悪魔ね、左右に浮かぶのは両手に宿した魔法よ!」
…………。
「いや、これは絵ではなく古代語なのでは? 冒険者時代にこれによく似た古代絵文字を見た事があります」
…………。ふんッ!
ペチ
ザルクさんが手にした木板を手刀で叩き折ろうとしたけど割れずにそのまま地面に落ちた。…………。ツバキにやらせるべきだったか。
――――いや、だから言ったよね? 心の中で! 俺に絵心ないって!
コップを絵描くのに〇《丸》を描いてその下に□《四角》を描く気持ちが分かるんだよ? なんだよ! 上から見た絵が混ざってるって! 見たまんまだろう!?
というか竜はまだしも月と太陽ぐらい分かるだろ!? …………。え? この世界にもあるよね?
「――旦那様、これは私とお姉さまとシルフィをモチーフしたのですね?」
「…………。俺の理解者はシオンだけだよ…………」
分かる人には分かるんだ。――例えそれが当てずっぽうだったとしても。
「…………流石はシオンですわね。主様の趣向を良く理解していますわね」
「……右がシオン、左が私。……ツバキは邪神?」
「張り倒しますわよ? 真ん中にいるのは主様を抱えた私に決まっていますわ」
…………その絵に俺は居ないんだが。




