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第64話 S10 すれ違う想い1

「はぁ、思わずそのまま受け取ってた…………こん」


ヤマト達と別れ一人市場で食材を見ていたヨウコは新鮮な野菜を見つけ購入しようとメイド服のポケットに手を入れ硬質なずっしりとしたソレを手にした時に思い出していた。


「ご主人様に渡されて交換しないまま持って来ていたなんて…………」


ヨウコは金貨をヤマトから渡され、初めて見て触る金貨に思考力が低下していた。

ツバキ達に諭され低下中の頭では上手く処理が出来ないまま金貨(食費)をポケットに入れヤマト達と別れていたのだった。


「…………。あのまま渡していたら騒ぎになってもおかしくないからね? 触って気付いた私を褒めるべきだと思うの」


野菜屋で野菜を選びいざ購入という段階で気付いたヨウコは冷や汗を流しながら店主に「お金を忘れましたコン」と言いそそくさとその場を立ち去った。ヨウコの動揺っぷりに野菜屋の主人も財布を忘れて焦っているな、っと特に気にした様子はなかった。


ヨウコはそのまま食材選びを中断して現在は商業ギルドを目指して歩いていた。

市場では両替はもちろんお釣りが用意されているわけがないので買い物が出来ず、街にある商店ではヨウコが金貨を持っている事を不審がられると思い商業ギルドへ両替を依頼しに向かっていた。


「……両替って手数料幾らだろう。今日の給金で足りるのかな…………」


金貨をそのまま受け取ってしまったのは自分の失態であると考えたヨウコは食材を買わずに屋敷に戻るわけにもいかず、商業ギルドに向かう道すがらヤマトを探すが見つからない。

あれだけ目立つ存在が見つからないと言う事は近くに居ないと結論付け、ヨウコはそのまま商業ギルドに進路を定める事にした。


金貨の両替などという平民であれば一生経験する事がないであろう事態に差し掛かりその未知なる手数料に恐怖を抱いているヨウコには、もはや語尾に気を使う余裕など皆無であった。


「給金の前借り扱いになるけど大丈夫かな…………。勝手に私用で使う事になるよね。…………クビ、なる、かな」


突如として降って湧いた考えられない高待遇の仕事にヨウコは年甲斐もなく喜んでいた。主人が亜人好きというのも好印象であり、お風呂にまで入る事を許された事に不安と期待が溢れていた。


「あんなに亜人にくっ付かれて喜ぶ人間族がいるなんて思わなかったなぁ。私達を人として見てくれるのは嬉しかったんだけどね。…………あの中に入りたいとは思わないけどさ。…………私もくっ付いたらクビにならないかな?」


自暴自棄になり掛けながらもヨウコは覚束ない足取りでどうにか商業ギルドへ到着していた。


『――――にゃ!』


「…………今の声は?」


ヨウコが商業ギルドの正面入口に辿り着いた時、中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。声の感じから余り良い状況ではないと思いながらも入らずに帰る事は出来ないので意を決してヨウコはギルドの扉を開ける。


「だからミリスにゃんを呼んで欲しいにゃ! ご主人様からの伝言があるにゃ!」

「ですから、ご主人のお名前と用事をこちらに記入してお待ちください。係の者が対応に当たりますので」

「他のギルド員は当てにならないにゃ、ミリスにゃんが対応してくれるって聞いたにゃ!」

「ですから、現在ミリスはギルドに居ません。他の者が対応しますので書類を記入後お待ちください」

「それじゃ困るにゃ! まだご飯を買って帰る仕事もあるにゃ! みんなお腹減らして待っているにゃ!」

「…………では、先にそちらを済ませてから再度いらして下さい。その頃にはミリスが戻っているかも知れません」

「ダメにゃ! ご主人様には伝言を伝えて、帰りにご飯を買って来るように言われているにゃ!」

「…………では伝言の内容をこちらの用紙に書いて下さい。私が責任を持ってミリスに手渡しますから」

「ダメにゃ! 他のギルド員は信用できないらしいにゃ!」

「…………」


「…………」


ヨウコは開いたドアをそっと閉めた。


そして数秒目を瞑り再度扉を開けて中に入った。このまま駄猫メイプルが騒ぎヤマトの名に傷を付けるような真似をしては鬼神ツバキの怒りが他の使用人にまで及ぶ可能性を考慮してだった。


「メイプルさん。ギルドで騒いでは駄目ですよ。コン」

「ヨウコにゃ! どうしたにゃ? あと私達の前ならその無駄な語尾を付ける必要ないにゃよ?」

「…………」


人間族以外の獣人達は知っている、狐人族が語尾にコンと付けない事を。そもそも獣人で語尾を日常的に付けているのは猫人族ぐらいなものだった。


「(私だって付けたくて付けているわけじゃないわよ!? でもこれ付けないとガッカリする人間が多いのよ!!)」


ヨウコの声にならない叫びの気配を感じたメイプルが「なんかごめんにゃ」と頭を下げるの見てギルドの受付嬢は話が通じる人が来てくれたと安堵した表情を見せていた。


「いらっしゃいませ。お連れの方ですか?」

「……はい。伝言の件は後で再度訪問します」

「にゃにゃ!? ダメにゃ! これはご主人様が最重要要件だって言ってたにゃ!」

「…………ギルドに迷惑を掛けるほどの案件ではないですよ。詳しい話は明日するから軽く伝えて欲しいって言ってましたよね? 私もあの場にいましたからね?」

「……でも伝言を伝えないまま帰るわけにはいかないにゃ」

「メイプルさんにはまだ仕事があるのでしょ? では後は私が引き継ぎます。この後市場に戻りますのでそれが終わった後に再度訪問します。それでもミリスさんがいらっしゃらなければ伝言を手紙に残します」

「ダメにゃ! ギルド員は信用できないらしいにゃ!」

「それを大きな声で言うのは止めてください。……ヤマト様はそこまでは言っていないでしょ」


ガタッ!


「…………え?」


椅子が倒れる音にヨウコが視線を受付嬢に向けると驚愕の表情を浮かべた受付嬢がヨウコとメイプルを見ていた。

そしてそれは周りの受付嬢も同じだった。

突然多くの視線を受けたヨウコとメイプルは何が起きたのか分からず視線を彷徨わせていた。そしてその視界の端に駆け寄る女性の姿を捉えた。


「……、失礼します。私は専属受付嬢のファルナと申します。お話はあちらの専属窓口でお聞かせ頂けないでしょうか?」


突然の申し出に対応を考えていたヨウコの背後にはいつの間にか警備員が二人控えていた。

その物々しい雰囲気に二人は黙ってファルナに付いて行くしか出来ないのであった。



ヨウコ達がファルナに案内された部屋は二十五番窓口と書かれた専属窓口だった。

部屋に通されるなり椅子を勧められ、果実水まで用意された事にヨウコは驚きを隠せないでいた。メイプルは大喜びで果実水を飲んでいる。


「改めてまして、私は専属受付嬢のファルナと申します。現在ミリスは外出中の為、代理として私がお話を伺いたく存しますが宜しいでしょうか?」


「は、はい」

「はいにゃ」


ファルナの持つ出来る女オーラの前にメイプルも文句が言えず頷いていた。通常窓口にいた受付嬢とは纏っている雰囲気が段違いであり、ヨウコ達はその風格に完全に呑まれていた。


「ありがとうございます。お二方はヤマト様の使用人、と言う事で間違いありませんか?」

「は、はい。本日付けで使用人となりました狐人族のヨウコです」

「メイプルにゃ」


「ご丁寧にありがとうございます。それでは本日――」


コンコン


ファルナがヨウコ達に尋ねようとしたタイミングで部屋の中に扉がノックされる音が響いた。

失礼します。っとファルナが席を立ち扉に向かう後ろ姿を見ながらヨウコは深呼吸を繰り返していた。


「(……なんで窓口で話しているだけでギルドの幹部がやってくるのよ。……私達ギルドに目を付けられた? ……全部メイプルさんの責任でしょう。あぁやっぱり入るんじゃなかった…………)」


商業ギルドの専属受付嬢とは受付嬢の中でも特に優れた者だけがなる事を許された商業ギルドのエリート職員である。行商人や小さな店の店主程度では直接対応される事はなく、平民からすれば羨み憧れる職業でもあった。


ヨウコは隣でニコニコしながら果実水を飲んでいるメイプルを一瞥し、自分達の失態がヤマトに及ぼす悪影響を考え胃が痛くなってきていた。

そんなヨウコをあざ笑うかのように部屋に更なる人物が入室してきた。


「ご会談中に失礼します。私は当ギルドの副ギルド長、レベッカと申します。私も同席することをお許し下さい」


「…………」

「にゃにゃ!? と、取らないにゃよ?」


副ギルド長と聞いたヨウコは目の前が真っ暗になりかけ思わずメイプルの手を握っていた。

メイプルはレベッカの名乗りもどこ吹く風とヨウコの分の果実水を見つめている所にヨウコから手を掴まれ激しく動揺していた。


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