第63話 孤児院4
「少し動揺してしまいました。申し訳ありません」
「…………。少しじゃないでしょ」
メルメルが奪った金貨を鬼の形相で取り返しに向かうママリエさんの動きが怖かったのでツバキに冷静にして貰った。物理的に。
直ぐに目を覚ましてメルメルが持つ金貨をジッと見た後、何事もなかったように椅子に座り頭を下げている。
「…………。なんでしたら銀貨と変えましょうか?」
「ダメです。もうそれは私の物です!」
「孤児院の物でしょ!? 私的に使ったらダメだからね!?」
「使いません。それはペンダントにして肌身離さず持ち歩きます」
「だから孤児院の運営資金だって言ってるのよォォ!?」
…………。まだ壊れたままみたいだ。この国の金貨はヤバい薬でも混ぜ込んでいるのか?
「まぁ僕としてはやる事やってくれたらどう使おうと口は出しませんけどね」
「待って! お願い、口出しして!? このまま見捨てられて私どうしたらいいの!?」
知らんがな。斜め四十五度で頭に一撃入れたら直るんじゃないのか?
「ただやる事やってくれないなら来月から資金提供はありませんし、今後信頼が回復できるとは思わないで下さいね?」
金が尽きてから来月は頑張るとか言われても一切取り合わないからね。俺は見切りをつけた者に期待は持たないから。
金を借りて催促するまで返さないヤツに碌な者はいないって思っていますので。人の根っこの部分の性格は早々変わりません。
「――え? 来月も、くれる、の?」
「――――」
うん? いやそりゃそうだろう。子供とはいえ六十人もいるんだろう? 食費だけでも月にそれくらい掛かるだろ。なら使う以上食費ぐらいは賄うさ。
…………。そうだな。まともに使われず子供達がやる気になってくれないなら支援する意味がないか。
「ふむ。口出ししろって言うなら、二人の取り分は62分の1だからね? 横領して僕に不利益が出たら貴女達は――俺の敵だ」
「ッ、大丈夫よ、そんな真似は私がさせないわ」
「――62分の1なら六十二ヵ月後には丸に戻りますね」
…………。ママリエさん、金貨を砕くつもりですか? 現金化して百万G溜める方が早いでしょ。
どうやって62分の1にした金貨を合わせるつもりなの? それも毎回別の金貨だよ?
□
「あ、いたの」
メルメルとママリエさんに特に集めて欲しい情報の話をしているとミーシアがやってきた。包帯は全部取れているし普通に歩いているみたいだから怪我も完治したみたいだね。
「ミーシア、動いて大丈夫なの?」
「うんなの。もうすっかり良くなったみたいなの。お礼を言いに来たの。お兄ちゃん、ありがとうございますなの」
パタパタと小走りで俺達の前まで近づいて来たミーシアが俺の前で頭を下げた。
…………。十歳ぐらいか? スンスンやメルメルより幼いし……なんだろう、この妹感は。保護欲がくすぐられる。俺に妹はいたのか?
…………家族に付いては完全に記憶から消えているから分からないんだよな。
「どういたしまして。ただお礼ならメルメルにも言ってくれ。メルメルが俺をここまで連れて来たんだからね」
「メルさんにはもう言ったの。シアを助けてくれたのはお兄さんなの。だからありがとう、なの」
ッ! な、なんだ、この可愛い生物は。まさか亜人(女)以外に俺の心を動かす者がいるとは。この無垢な微笑みはシオンとは別のベクトルの破壊力がある。
――俺はロリコンになったのか。…………。いや、違う。これは兄が妹を愛でる時の感情だ。恋愛感情や疚しい想いはない。
現に俺が思わずシアの頭を撫でていてもシオンもツバキも何も言わない。…………何故かフィーネが頭をこちらに向けて来るのが邪魔だが。
「…………。流石はミーシア。お兄ちゃん殺しの傾国の妹ね」
…………。前科が気になる肩書だな。俺以外にもお兄ちゃんがいるか。…………。リクくーん、ちょっとトイレでお話しようか。
「主様、あまり子供をイジメては駄目ですわよ?」
「旦那様? おいたが過ぎる様なら従者として誤った考えを正しますよ」
「シオン、そこは妻として、ですわよ?」
「お、お姉さま!?」
…………。うん。俺はこっちの方が良いな。確かにミーシアは可愛いと思うけど、何か違うんだよね。可愛いけど。
「――うそなの。シアの――。…………。ママ、私、お兄ちゃんと一緒に行きたいの!」
――――ま、ママ、だと? ママリエさんの子供だったのか!?
「おにーさん、変な勘違いしてそうだけど、ママリエは皆のお母さんよ? 実子は居ないけどね」
ま、そうだよね。でもママリエさんもこの世界の基準で言ったら子供が居てもおかしくないよね?
修道女だからそういうの禁止なのかな。まぁ、たくさんの子供達に囲まれているわけだけど。
「ヤマト様、ミーシアの事をお願い出来ませんでしょうか?」
「…………。簡単に許可を出すんですね?」
今日初めて会ったヤツだぞ? それも見た目は子供であろう俺に普通自分の子供を託すか? 美女《ツバキ達》を侍らせて出歩いているような男だぞ?
「メルが連れて来た方ですからね。悪い人ではないでしょう。それにミーシアの見る目も確かです。薬師であればここで生活するよりは良い生活が出来るでしょう。将来的にはヤマト様と一緒になりこの孤児院に金貨をもたらしてくれることでしょう」
「お断りします」
最後の一言で貴女の信頼は地に落ちましたね。受け入れる気持ちも綺麗サッパリ無くなりましたよ。
本当にこの国の金貨は有害じゃないんだよね? …………。今度ポーションに漬けてみるか?
「ッ! な、なぜですか? ミーシアは賢くて優しい良い子ですよ? 少しぐらい金貨を――」
「ママ、少し黙っててなの。――お兄ちゃん、シア頑張って働くからお兄ちゃんの家に置いて欲しいの。我が儘は言わないし、ママに言われても勝手にお金を持って行ったりもしないの。シア、お兄ちゃんに恩返しがしたいの」
……上目遣いで目の端に涙を溜めるのはやり過ぎだね。メルさん? 貴女が教えましたか?
メルメルに視線をやるとサッと横を見て俺と視線を合わせない。体は正直ですねぇ。
「ミーシア、その言い方では私が無理やりお金を持って来るように言っている様ですよ?」
「ママリエこの金貨触ってていいから少し黙ってね。……おにーさん、私がお願い出来る立場じゃないのは知ってるけど、それでもミーシアの事お願い出来ない? この子は簡単な読み書きと計算も少し出来るの。食事の用意もいつも手伝っているし、掃除や洗濯だって出来るわ。だからお願い!」
…………。ふむ。随分熱心に進めて来るな。確かにミーシアは可愛いからそれだけで受け入れる理由になるけど、それだけ有用ならここでも必要だろうに。子供達の世話がそんなに楽だとは思えないけどな。
…………俺の金目当てなのか? 毎月必ず貰える様に繋ぎ止めたい? 確かにミーシアを手元に置く為なら多少の損失は構わないけど。
ここに居れない理由? ヒロネ嬢から狙われるとか? 無いな。あの女がいくら可愛いとはいえスラムの子供の顔を覚えているはずがない。
…………。なんだ? なぜダメなんだ?
「……ヤマヤマ、そんなに悩むなら断ると良い。……受け入れられない何かがあるのでしょ?」
いや、ない。とは言えないけど、何かが引っ掛かっているんだよね。受け入れる受け入れない以前に何か違和感が。
「主様、失礼しますわ」
「ん? うお、ぉぉお?」
突然ツバキが俺を強く抱きしめた。背後から頭を包み込む様に。お胸に押し付ける様に。…………。あぁ良い香りがするなー。
「――スッキリしました?」
「…………。え? 感想求めちゃう? ここで?」
周りの視線が熱いんだけど。フィーネが俺の腕で胸を押し付けているんだけど。そしてそれを見るシオンの目が冷たい。
「…………おにーさん、子供の前で何やってるのよ」
「まぁまぁ、御盛んですね。隣のお部屋金貨一枚でどうでしょうか?」
「――お兄ちゃん、私も大きくなったらしてあげるの!」
そろそろママリエさん直らないかな? ミーシアはそういう事言わないように。間違った大人になっちゃうよ。
…………。うん? ミーシア? ――なるほど。
「良いですよ。ミーシアは俺が預かります」
「ヤッター! ありがとうお兄ちゃん!」
「…………。おにーさん、ミーシアに抱き着かれたくて許可出したの? そっちの彼女じゃ満足できないの?」
「人聞きの悪い事言うな。ミーシアは責任を持って一端のレディに育てるよ。そこに他意はない。だからシオンは握り方弱めてお願いします」
俺の手を笑顔で握っているシオンさんの圧が怖い。別に手を握り潰されるとかはないんだけどシオンとは普通に手を繋ぎたいです。はい。




