第62話 孤児院3
「この度は本当にありがとうございます」
「ありがとう。もうダメかと思っていたけど、本当にありがとう」
部屋から出て院の中を勝手にうろつきならが最初の部屋に向かっているとリクが現れ案内を引き継いでくれた。
そして部屋でママリエさんに出迎えられた頃に息を切らしたメルメルが飛び込んで来た。ミーシアの事は別の子供に任せたようだ。
そして俺達は椅子に座って向かい合っていた。ツバキだけは後ろに立って警戒しているけどね。
「気にしなくて良いですよ。ただどうしてあのような状態になったのかだけ聞いて良いですか?」
ここに来ると決めた時点で怪我の状態次第でポーションをあげるつもりだったからね。……思った以上に深刻そうだったけどDランクポーションで治るものなんだね。メルメルが確認した限りでは怪我は全快しているそうだ。ミーシア自身も痛い所はないと言っているそうなので問題ないだろう。
「……あの症状は魔素病。……高ランクポーションなら一発で治る。ただし自然治癒は不可能」
魔素病は内臓を損傷した時に発病する事がある病らしく、体内の魔素が異常発生して身体の内側から漏れ出す難病らしい。
異世界ならではの病気か。…………。俺が兎に腹を刺されたのも放置していたら魔素病になっていたのか。
…………放置してたらその前に死んでいるな。
フィーネの見立てではミーシアはろっ骨を骨折していたようなのでそれが内臓に刺さって悪化してしまったのだろうと言っている。
「おっしゃる通りです。ミーシアはとある事情で怪我を負った際に魔素病が発病しました」
この世界はポーションの発達のせいで医療がほとんど進んでいないみたいだな。病気の原因究明よりどのランクのポーションならどこまで治るかを調べる事の方が大切みたいだ。
ポーションが全員に行き届くならそれでも良いだろうけど不足している現状では医学の発展も大事な課題ではないのだろうか?
…………骨折や内臓の損傷までポーション飲むだけで治っていれば医学が発展することはないか。それよりポーションを大量に安定して生み出す研究をした方が良いと思われているのだろうな。
「ッ、あの女貴族のせいだ! ミーシアは何もしていないのに、あの女が」
「止めなさいリク。失礼しました。今の話は聞かなかった事にしてください」
…………。そう言えば俺達が襲われた時も「あの女」って言ってたな。貴族の女性がスラムで暴行事件? ……心病み過ぎだろ。
そして貴族の悪口を口にしたら問題があると。…………メルビンさん、この街は治安が良くて住みやすい街じゃなかったっけ?
「その女性の特徴を教えて貰えますか? 今後会う機会があると嫌ですからね。勿論ここで聞いたとは言いませんし、報酬も出しますよ?」
「…………。分かりました。ミーシアを助けて頂いたのですから教えないわけには参りませんね」
「あの女は黄色の髪で俺達を見下しているような目をしてて蹴りながら気味の悪い表情をするドレスを着たヤツだ!」
…………そんな女がいたら嫌だね。ただ少し落ち着こうか。もうちょっと分かり易くお願いしたい。
「…………。えぇっと、おにーさん。私は直接会った事はないけど被害を受けた子の話によると、金髪で長い髪の成人間もない貴族風の女性で近くには執事の初老の男が居たそうよ。あと自分の事を、私って言っていたそうよ」
…………。うーん、俺が今日会った貴族令嬢に全部当てはまるけどこれは陰謀かな? 誰かがヒロネ嬢に罪を着せようと。
「あの者ならありえますわね。今後は視界に入り次第迎撃しますわ」
「いや待とうね。流石に貴族令嬢を会うなり攻撃してたら問題になるからね?」
「ではバレない様に気を付けますわ」
…………。うーん、どうしよう。ツバキさんが聞く耳を持ってくれない。さっきの件まだ怒ってますね。流石に俺に被害をもたらす前に攻撃するのは問題だろう。
「……ツバキ、短絡的過ぎ。それじゃヤマヤマが困る」
おぉフィーネがまともな事を言ってる。こういう時はふざけた事ばかり言ってると思っていたのに。
「……だから次何かしたら徹底的にヤル。向こうに非がある時を狙って、二度とヤマヤマにちょっかいを掛けれないように」
「なるほど」
「いや、なるほどじゃないよ。一応領主の娘だからね?」
さっきの件があるから早々下手な真似はしてこないと思うけどね。ただストレス発散にスラムで被害が増えたら嫌だな。
「…………ミーシアは領主の娘にやられたの?」
あ、やば。つい言っちゃったな。…………。いや、いいか。
「現場を見ていないから断言はできないよ。だけど今後は襲われそうになったらベルモンド家のご令嬢ですよね? って言ったら逃げ出すかも知れないよ? あくまで可能性だけど」
まさか領主が公認しているわけないだろうし身元がバレるのは嫌うだろう。平民、それもスラムの人間が領主に直接被害を訴えても相手にして貰えないだろう。なら身元がバレる事を恐れてヒロネ嬢が行動を控えるようにした方が被害が減るだろう。
…………。流石に口封じまでは仕出かさないよね?
「分かった。子供達には伝えておくわ。……でも領主様の娘が犯人だなんてね」
信頼が厚いらしい領主の娘がこんな真似をしているとは思いたくないよね。スラムの小さな声に耳を傾けてくれる人はいないだろうし。
…………。そうか。なるほど。
「この孤児院には何人ぐらいの子供がいるんですか?」
「今は在籍しているのは三十人ほどですね。でもスラムで生活している一部の子供も一緒に面倒見ているのでその子たちも合わせると六十人はいると思います」
「おにーさん、ここは一応この街が定めた孤児院なのよ。領主様の管理下にあるね。ミーシアはスラムで襲われているけど孤児院に在籍しているわ。スラムの子供達とも遊んでいるから間違えたのでしょうけど」
「…………。管理されている孤児院なのにポーションを用意して貰えないのか?」
「無理よ。管理下と言っても様子を見に来る事もないわ。年に一度だけ運営費が支給されるだけであとは一切介入はないわ」
…………。形式上の管理下か。運営はママリエさんに任せ、救済措置を取っているっていうポーズをしているわけね。運営費も雀の涙だろうな。部屋の中に内職の形跡もあるからね。
年長の子供達は街で子供でも出来る仕事をしているそうだ。仕事と言ってもお駄賃ぐらいしか貰えないそうだけど。
「孤児院の規則で成人する十五歳までしか孤児院には在籍できません。孤児院を出た後スラムに身を置く子達も多いです。孤児院にいるうちから仕事をしていればもっと違った道もあると思うのですが」
「孤児院の運営費も普通に考えたら数人分しか貰えていないわ。子供達の協力と卒業した子達の仕送りが合っても常に火の車よ。誰か余裕があって大金を稼げる仕事をしていて亜人に囲まれて喜んでいる人とかがいれば助かるんだけど」
…………。つまり子供達の仕事を世話してくださいって事と、寄付はいつでも受け付けているから金を出せって事ね。
まぁ丁度いいかな。人数は多いわけだし。
「なら仕事をお願いします。屋敷の水汲みです。屋敷にある井戸から生活用水を朝に、風呂の水汲みを夕方に。報酬は朝夕合わせて一日大銅貨五枚。人数はそちらに任せます。もちろん亜人でも構いません。重労働だし人数が多い方が早くて楽ではあるかも知れませんね。どうです?」
「やる。というかやらせる」
「そうですね。それくらいなら今でもやってますから問題はないと思います」
「それなら今日からでも良いですよ」
「分かった。それじゃ帰りに付いて行くわ」
よし、水汲み要員ゲット。ザルクさん達は一応門番だからね。
子供でも人数が居れば水汲みもそこまで大変じゃないだろう。
後は寄付か。…………。タダでお金を出すのは嫌なんだよね。情報の報酬って言ってもなぁ。…………情報か。
「…………。僕は無償で施しをするつもりはありません。なので仕事の一環として孤児院に依頼を出そうと思います」
「なにを? 言っとくけど子供しかいないわよ? 私を含めて」
お前は大人だろうが! 見た目は別として。
「依頼は情報収集。この街で起こった事件や騒ぎ、市場で珍しい物が売られている、珍しい人物がいるなど、この街の情報を集めて教えて欲しい。無理をして調べる必要はありません。噂レベルでも問題ないです。これなら子供達が街中をうろつくだけでも自然と見つかるでしょ?」
「……そうね。屋台を出している子もいるしそう言った噂は耳にすることも多いと思うわ。でもそんなあやふやな情報を集めて意味があるの?」
「あるかも知れないし、ないかも知れない。でも何らかの役に立つ情報が入って来る事もあるだろう?」
ここには新聞もテレビも無いからね。情報は自分で集めないと。とりわけ外の国から来た商人は狙い目だね。珍しい食品とかあるかも知れないし。
「おにーさんがそれで良いならやらせるわ。でもやる気になるかはそちら次第よね?」
ニッコリ笑って親指と人差し指で輪っかを作ってる。そのサインはこの世界でも有効なのね。
さっきまで幾らでも良いって感じだったのに。ちゃっかりしているな。
ふむ、では俺を蔑ろに出来ないようにしようかね。
「ならこれが依頼料込の寄付金だ」
俺が机の上を滑らせて送った硬貨をパシッとママリエさんが押さえた。
…………。メルメルが取ると思っていたよ。意外と素早いのね。
「…………私、初めて金貨を触りました」
「え! 金貨!? ちょ、私にも触らせて!?」
「……意外と重いのですね」
「感想はいいから!? 私にも! ちょっと交代!」
…………。賑やかですね。とりあえず頬擦りしたりするのは俺達が帰ってからにして貰えますか?
おい、なに金貨を見つめて、舐めるなぁ!? ……ギリギリの所でメルメルが阻止したようだ。
…………。金貨を持ってママリエさんが壊れたようだ。




