第56話 ヒロネ 襲来1
コニウムさんと別れて屋敷に戻って来ると屋敷の正面の門にザルクさんとダリオさん、スンスンが待っていた。
ザルクさんとダリオさんは軽装で少し長めの棒を持っている。スンスンは両手に風呂敷を抱えていた。
屋敷の方ではカンカンと音が鳴っているし早速ダダンガさんが工事しているみたいだ。
「お持ちします!」
ザルクさんが俺達に気付いて俺が抱えていた木箱を持ってくれた。ダリオさんは門の前で棒を持ったまま仁王立ちしている。既に職務に就いているのね。
「お帰りなさいませー、ご主人さまぁ。今日からよろしくお願いしますねー」
「うん。よろしくお願いします。随分と早やかったですね。メイプルとヨウコさんは?」
皆に伝えたのは風呂屋さんに行って身綺麗にしてから来るように言っただけで、遅くとも夕方前には来て欲しいって伝えたけど今はまだ昼になったばかりだ。二人が遅くても問題はない。
「私達に敬称は不要ですよー。二人はまだお風呂ですー。私はこの二人の御目付役に早く来ましたー」
使用人にさん付けはダメらしい。特に屋敷内で働く者には厳禁と言われてしまった。警護を担当する犬人二人も呼び捨てにするように言われているけどついついさんが出るんだよね。警護は傭兵や冒険者を雇う事もあるからそこまで厳しくはないけど。
それにしてもスンスンには悪い事をしたな。犬人二人が速風呂のせいでゆっくり出来なかったのね。一応二人とも最初より身綺麗になったみたいだな。
おっと、スンスンが荷物持っているんだった。
「ダダンガさんが工事しているのは二階だから一階は入っても問題ないだろ。スンスンの荷物もあるし行こうか」
「ザルクさん、それは私が持ちますわ。貴方はここの警護を任せますわ。残りのお二人が来たら教えて下さいな」
「はっ! 了解しました!」
ツバキが俺から離れて木箱を受け取った。もう屋敷の敷地内だからね。それに俺が屋敷に男を上げたくないって分かっているみたいだね。ダダンガさんとか職人は仕方がないけどね。
◇
「おぉ! 坊主帰ったか!? ちと煩くなるが我慢してくれ!」
屋敷に入りスンスンに一階の好きな部屋を選んでもらい、屋敷の中を見てもらっている間に俺達は二階の工房予定地を見に来た。
部屋にはダダンガさんと四人の獣人が作業をしていた。…………。うん全員男だね。手慣れた様子で部屋に机や棚が作られている。この調子なら夕方には終わるんじゃないのか?
「構いませんよ。まだやる事もあるのでもう少ししたらまた出掛けます」
「おう! 六の鐘までに仕上げるから楽しみにしておけ!」
邪魔しても悪いので荷物を部屋に置いてさっさと一階に降りるとする。それにしても夕方までに完成するのか。まぁ、部屋を作り直すわけじゃないからね。
「ご主人さまー、少し宜しいですかー」
一階に戻ると屋敷を見て回っていたスンスンが駆け寄って来た。…………。子供が駆け寄って来るようにしか見えん。本当に仕事を任せて良いのだろうか? …………場合によってはもう少し人手を増やすか。
「どうかした?」
「はいー、少し屋敷を見て回ったのでご報告ですー。清掃は凡そ行き届いていますー。厨房も問題なく使えますねぇ。ただ食材と掃除道具がありませんねー。購入させて頂けますかー?」
食材がない事は知っていたけど、掃除道具もないのか。貴族家の使用人が練習に使っていたって言っていたけど掃除道具は持込みですか。
まぁ無いなら用意するしかないけど。どうせ市場に行くつもりだったからついでに買うか。
「市場で買おうと思ってるけどスンスンも一緒に来る? 食材はヨウコに任せた方が良いのかな?」
「私でも食材の良し悪しは分かりますよー? ただ作るメニューがあるのでヨウコさんに聞いた方が良いかも知れませんねー。ご主人さまが食べたい物があれば別ですけどー?」
うーん。これと言って食べたい物はない。この街の食事事情も知らないし。強いて言えば明日の朝はご飯とみそ汁がいいというぐらいか。
あ、お米を商業ギルドにお願いしないと。あとお茶も。
『……お館様ー! 訪問者が来られました!』
お? 玄関の方からダリオさんの声が。それと同時にスンスンが颯爽と音もなく玄関に向かう。…………見事な動きだ。メイド服着て居たら完璧だったかも。
俺達もスンスンを追いかけて玄関を目指す。訪問者って事はメイプル達じゃない。領主が来るのも夕方以降のはずだし…………まぁ、考えられるのは一人だよね。
「ご主人さま、ご領主様のご令嬢、ヒロネさまがお目通りを希望されていますが如何したしますかー?」
だよねー。時間を置いてまた来るって執事さんが言っていたからね。…………うん? ダリオさんが異様に慌てている?
「ダリオさん? どうしました?」
「え、いや、その」
「……主様、ザルクが罵声を浴びているようですわ」
は? そういや何か門の所が騒がしいな。
まさか亜人だからって道を開けろって言ってるわけじゃないだろうな?
「スンスンとフィーネはここで待ってて」
「……私は付いて行った方がいい」
「…………。なら一緒に来て」
フィーネに何か考えがあるなら任せよう。それより早く行かないとザルクさんが大変そうだ。
俺達が屋敷を出るとそれに気付いた執事さんによってヒロネ嬢の動きが止まった。ザルクさんに詰め寄っていた様だったけど、数歩下がってお淑やかに待っているのが見える。その姿を見れば確かに貴族のご令嬢と思えるな。
…………。ただお粗末過ぎる。本性を隠したいなら屋敷に着く前から猫を被っておけよ。屋敷に聞こえる様に怒鳴っていてお淑やかも何もないだろう。
「御機嫌ようヤマト様、わざわざのお出迎え感謝いたしますわ」
屋敷の前で騒いでおいて何を言っているんだ? 頭大丈夫か?
挨拶の仕草がイチイチ堂に入っているから余計違和感がある。最初からこれを見ていたなら違った感想になるのかも知れないけど、素顔を晒している状態でこれをやられると猫被りが協調されて不快感が増すだけだぞ。




