第53話 露天の商人2
「狸人族のコニウムです。東洋国出身の商人です」
「人間族のヤマトです。薬師やってます」
ツバキが言った通り東洋国の商人みたいだ。かなり遠い国って事だったけど商売の為にわざわざ来たのか?
「薬師、ですか?」
「ん? ええ。とはいえまだ昨日商業ギルドに登録したばかりですけどね」
嘘は言っていない。ただコニウムさんの目が喜びに満ちた感じだったのでフラグを叩き折る事にしただけだ。
「……そうですか。でも薬師さんなら商業ギルドに顔が利いたりしませんか?」
「…………何か商業ギルドに要望があるのですか?」
「はぃ。実は高ランクポーションを都合して欲しいと商業ギルドに願い出たんですけど、東洋国の者は商業ギルドに加盟出来ないそうで断られてしまいましたぁ」
何でもポーションの数が足りていないから商業ギルドが販売するポーションは商業ギルド加盟国でしか販売ができないそうだ。
まぁ仮想敵国に軍事利用が可能なポーションを提供するのは無理な話だよね。ただでさえ供給が追い付いていないって言っているんだから。
「何か事情があるんですか?」
「……。国の機密に関わる事になります。ですが、ヤマトさんがポーションを用意できるならお話できます」
「用意は出来るかも知れませんけど、話を聞いたなら提供をしろと言われても拒否するかも知れません。別にどうしても知りたいわけではありませんし、むしろ聞きたくありません」
「うぅぅ。…………話します。話を聞いて協力しても良いと思えたならお力をお貸しくださいぃ」
藁にも縋るって感じだな。美女の命に関わる危機とかなら提供する事もやぶさかではないけど。
「どこから話たものでしょうか。――まずこの辺りの国に住んでいる人は知らないかも知れませんが、商業ギルド加盟国以外の国は高ランクポーションを作る事が出来ません。ポーション職人が居ないからです」
え、そうなの? レベッカさんには教えて貰えなかったな。メルビンさんの説明でもCランクポーションを作れる人は王都などには多少なりといるって話だったけど。そんなに数が少ないのか?
「東洋国やその周辺国は薬師の数も少ないです。戦乱の頃、ベアトリーチェ卿の大号令の際に大半の薬師はベアトリーチェ卿の元に集まりそのまま周辺国に移住しています。その周辺国が商業ギルド加盟国です。その為その他の国には高名な薬師はほとんどいません」
へぇ。ならポーション職人はその辺の国に行ったらかなりの高待遇なんじゃないのか?
「…………。ポーション職人の引き抜きは商業ギルド加盟国の規定で禁止されています。加盟国以外の地域に行くには厳重な審査も必要です」
…………。聞いてないぞ。今までの俺なら自由に行き来も出来たかも知れないけどCランクになった今は下手に国外に出たら指名手配されるのか?
「…………ちなみに都市に住居を構えて住人登録している人は加盟国どころか都市から出るにも管理者、この街だと領主様の許可が必要ですよ?」
知ってますよね? って目で見られても知らないから。メルビンさんもレベッカさんも一言も言っていないぞ!
…………。街を無断で抜け出すって考えがそもそもないのか。拠点登録もしているし。
「ちなみに勝手に街を抜け出したらどうなるの?」
「良くて捕縛されて罰金や軽い刑罰でしょうか? …………最悪は処刑ですね」
…………聞いといて良かった。ま、俺を殺すぐらいなら奴隷にしてポーション製造マシーンにするだろうけど。
…………。
…………。ふむ。こうなると領主の権限が邪魔だな。借金を返すまでは下手な真似をするつもりはなかったけど、思った以上に動きづらい。……対策が必要か。
「それで? 東洋国にポーション職人が居ないことは分かったけど、どうしてポーションが必要なんですか?」
「……表向きの理由は流行り病が流行していて少しでも多くのポーションが必要だからです」
「では本当の理由は?」
「…………。将軍様のご子息様が悪神の呪いを発症したのです」
悪神の呪い?
…………。メリリ、邪神以外にも悪神っても呼ばれているのか……。
メリリサート様、そんなに広範囲に呪いをぶちまけられたら俺じゃ信者を増やすのは無理ですよ……。
【だから違うってば!? あぁぁ! またやっちゃった!!】
…………。おい、俺の思考を覗き見るのいい加減に止めろよ。
それにしても将軍様か。絶対日本人が統治していたな。今いる将軍は日本人なのか? それともその子孫か?
「……ヤマヤマ、悪神の呪いはこの国で言うところの邪神の呪いの事」
「そうなの? 地域で呼び方が違うのか」
…………。いや、これは日本から来たヤツが邪神とメリリを引き離す為に悪神って呼び方にした可能性があるな。…………。メリリ様、こんなに健気に頑張っていた転生者やその子孫が苦しんでいても助けないのですか? …………。返事がない、邪神のようだ。
……流石にこれ以上ポカはしないか。
「コニウムさん。その情報は私達におっしゃって良かったのですか?」
「はい。隠してもバレる事ですので。東洋国の周辺では既に知れ渡っています。隠すより公開してでもポーションを集めたいと言うのが将軍様の想いです」
さっき国の機密って言ってなかったか? 交渉の一環だろうけどさ。あんまり好きなやり方じゃないな。
シオンは複雑な気持ちだろうな。とはいえ俺がどうにかする事はできないけどね。シオンすら治せていないんだ。
それに顔も見た事がないヤツの為に骨を折るほど殊勝じゃないから。
「理由は理解しました。けれど僕ではお力にはなれませんね。商業ギルドで口添えくらいはできますけどポーションを手に入れる事は難しいでしょう」
「……そうですか。いえ、分かっていた事です。ですが、口添えだけでもして頂けるのであれば明日にでもお願いしたいです」
本当に藁にも縋る想いか。随分と慕われた将軍のようだな。…………はぁ、レベッカさんに会わせるぐらいの骨は折ろう。
「分かりました。それで、さっきから気になっているのですが、そちらのお茶を売っているのですよね?」
話に夢中になってすっかり冷えたお茶が湯呑に入ったまま置いてある。奥には茶葉もあるみたいだ。
それに露店に広げている中に幾つか気になる物も見える。…………ほとんどこの街の市場でも見た事ある物ばかりだけど。
「はい! これは東洋国の特産品で美味しく楽に健康になる経済的にも優れた飲み物です!」
…………。なんだろう。親近感を感じるんだが。
さっきまで暗い雰囲気だったのに商売の話になると生き生きとなったな。こっちが素なのかね。
「……ヤマヤマ、これはお買得。上手く捌けば儲かる」
いや、別にこれで儲かるつもりはないんだけど。ここにある分全部捌いてもポーション一日分にもならないだろ。
普通に普段飲む用に欲しいだけなんだけど。
「転売を目的であればお高くなりますけど、商業ギルドに口添えして頂けるのであればそれなりの量を用意します」
「いや転売はしないです。ただそれなりの量は欲しいですね。あと他に特産品はありませんか?」
「……実はここに来るまでに他の国や街で売り切っているんです。……何故かお茶だけ売れなくて」
…………。たぶんその売り口上のせいじゃないかな?
「フィーネ、他に目ぼしい物ある?」
フィーネは長生きしているからか物を良く知っているみたいだよね。ツバキとシオンは並んでいる商品にあまり関心がないみたいだし。
「…………。……これとこれは売れる。でも売り先を探すのが面倒」
…………。フィーネの選定は売れるか売れないなのか?
「転売品はいいよ。ならお茶だけ――――コニウムさん、アレは?」
「え? あ、あれはダメですよ! 売り物じゃありません!」
露店の奥にコニウムさん達の物と思われる馬車がある。その中に見覚えのある衣装が見えていた。
「――――あの巫女服をくれるならポーションを都合しよう」




