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第50話 ハールの裁縫店

「皆さんこれから時間空いていますか?」


新たに使用人として雇うことにした六人に聞くと二つ返事で問題ないと返答があった。

ザルクさんには夕方に来て欲しいって言ったけど一緒に返事しているから問題ないだろう。


皆さんスラムに居るだけあって少し汚れているんだよね。特に男性二人は酷い。髪がボサボサだし髭が伸びてる。それに服に泥汚れが付着している。悪臭が漂っているわけではないけどハグを求められても拒否したい格好だ。…………。清潔でも拒否するけど。


その点女性陣は比較的清潔感がある。だけどやはり所々気になる所があるな。男性陣ほどじゃないけど髪の毛がごわついているし。ハグを求められたら受けるけどね。


「ではまず衣装を用意しに行きましょう。この辺りに使用人の服を扱っている商店はありますか?」

「それでしたらぁ、中央区に「ハールの裁縫店」という衣服店がありますよー」


スンスンの返答を聞いて周りの皆さんも頷いているから間違いないみたいだな。


「ではそこに行きます。…………。そこの男性二人、少し身綺麗にしてから追い掛けて来て下さい。その恰好では入店を拒否されますよ?」


「「了解です!」」


すぐさまスラムの方に走って行く男性二人を見ながらスンスンに話を聞くと、ダダンガさんが連れて行く時も同じやり取りがあるから慣れているそうだ。

…………。なら常に身綺麗にしろよ。って思うのは日本人の感性なのかな?


「スラムの男性方が雇われ辛いのはー、ズボラだからだと思いますー」


スンスンによるとスラムの亜人だとしても日雇いで雇ってくれる店は少ないなりにあるそうだ。

ただ比較的女性が雇われ易く男性は重労働の仕事が多いそうだ。


「飲食店の皿洗いや清掃は亜人にさせるお店は結構あります、コン」

「…………スラムに居るからって身だしなみに気を使えない人に仕事はない」

「にゃ!? だから私は断られていたにゃか!」


…………。良く見ると猫娘も髪がボサボサだな。そういう髪質なんだと思っていたぞ。


「メイプル。変な臭いとか漂って来たら追い出すからね?」

「にゃ!? 大丈夫にゃ! これからはちゃんとキレイにするにゃ!!」


「ま、屋敷にお風呂があるし皆も毎日使って良いから綺麗にしてね」


「「「っ!?」」」


あれ? なんか驚き喜んでいる? やっぱり女性はお風呂好きなんだね。…………あ、そう言えば水溜め要員を忘れていたな。しばらくはザルクさんとダリオさんにお願いしよう。門番とは水汲み事とみつけたり。



「ここがー、ハールの裁縫店ですー」


スンスン達使用人の女性陣達を引き連れ中央区の路地裏にあるお店にやって来た。

同じ中央区でも俺の屋敷からは結構遠い。スラムがある西区にほど近く、表通りから入り込んだ裏路地にあるから少し治安が怪しい。堅気に見えない人相の男が木箱に腰掛けていたりする。普通なら踵を返すところだな。


店には看板一つないし、ショーウインドーでもないから何のお店か分からないぞ。

スンスン達が勧めるわけだし変な店ではないと思いたいが…………ま、ツバキ達が居るから問題ないか。

とりあえず入ってみよう。判断するのはそれからでいいし。


「――うん? おや、いらっしゃい。随分とたくさんいるねぇ。スンスンが連れて来たお客さんかい?」


店の中に入ると恰幅のいいおばさんが作業台の前で布を裁断していた。

俺達に気付いて声を掛けてくれたけどスンスンの知り合いなのかな。人間に見えるけど亜人と人間の違いって些細な事だから分かり辛いんだよな。


店の中は十畳ほどの狭い部屋だった。そこに作業台やカウンターがドンとあり更に手狭にしている。壁には棚があり洋服が畳んで置いてあるみたいだ。……でも数はそれほど多くはないみたいだな。


「こちらはー、私の新しいご主人さまですー。衣服をご所望だったので連れて来ましたー」

「おやおや、なら他の娘達も雇われたのかい? 随分と気前の良い若旦那だねぇ。こりゃー期待できそうだね」


「期待に応えられるかは分かりませんが、彼女達を使用人として雇うことにしまして使用人用の服が欲しいんです。用意できますか?」

「そりゃ勿論だ。ここは服屋だからね。ただ使用人の服って言っても色々あるよ?」

「メイド服ってあります?」

「貴族向けのならあるよ。新品が良いならオーダーメイド。古着で良いならそっちの棚にあるよ。食堂の給仕用が欲しいなら今はオーダーメイドになるね」


貴族向けのメイド服と食堂の給仕服って違いがあるのか? …………値段か。貴族向けのメイド服は素材が良いから高いみたいだ。


シオンがおばさんに言われた棚から一着のメイド服を取り出して広げたけど、足首まで隠せるようなロングスカートに袖が細くて窮屈そうな俺の記憶にあるメイド服と同じ感じだな。シオンが体に合ってて見せてくれたけど、やはり美人は何を着せても似合うな。……じゃなくて。


「これって一般的なメイド服になるんですか? 古着って事は貴族家から売られた物ですよね? その貴族特有の作りをしているとか?」


「ないない。これは一般的なもんだよ。貴族家の家紋が入ったメイド服なんて売り出せれるわけないだろ? これは男爵家の使用人がサイズが合わなくなって作り直した時に引き取った物だよ。ほつれや破れは直してあるからサイズが合えば問題ないよ。…………。そうだね、スンスンとそっちの大きい竜人以外ならサイズはあるよ。スンスンは大きいサイズを調整して作り直せるけど、そっちの竜人は大きいからオーダーメイドになるよ」


うん。ツバキは大きいからね。色々と。ただツバキとシオンはメイド服はいらないから問題ない。

問題があるとしたらスンスンの分が作り直しか。どれくらい掛かるかだな。


「このメイド服の中古と新品の値段は幾らですか?」

「中古なら一着銀貨三枚。新品なら銀貨二十枚だね」


新品は結構するんだな。貴族御用達だし良い素材なんだろう。まぁ科学が発展していない世界なら布を作るのも大変だろうからな。平民は古着の着回し手直しが普通だろうな。

古着って言っても綺麗に洗濯されているみたいだしどうせ作業着だからこれで良いよね?


「メイプルとヨウコとフィーネは自分に合うサイズを選んで。スンスンの分は調整して欲しいけど時間はどれくらい掛かります?」


「そうだねぇ。高くてお急ぎと安くて数日、どっちがいい?」

「そうですね。…………。銀貨二枚でどうですか?」

「それならお急ぎだね。今日中に仕上げてあげるよ」

「では銀貨五枚出すので夕方までに仕上げてくれませんか?」

「…………くっくっく。いいね。若様は気前が良い。了解だよ、五の鐘が鳴るまでに仕上げて見せるよ」


五の鐘って何ぞや? って思っているとシオンが時間を教える鐘の音だと教えてくれた。昨日は勿論、今朝にも鳴っていたし、ギルドでも聞こえていたらしい。全然気にしてなかったよ。


今は三の鐘の前だからお昼前らしい。鐘は二時間置きに鳴るらしくて六の鐘まであるそうだ。三の鐘が十二時なら六の鐘が最後の鐘で18時だな。五の鐘はそれより二時間前で16時。うん。十分間に合うだろう。


「ではお願いしますね。あぁそうだ。ついでにツバキとシオンは部屋着や着替えを数着買っておいてね。昨日は荷物になると思ったから一着しか買ってなかっただろ? あと俺の服も適当に見繕ってくれない?」


この国の服は元の世界の化学繊維と違うし素材の種類も多いからイマイチどれが良いのか分からないんだよね。意匠も独特な物が多いしツバキ達に選んで貰った方が楽だ。ツバキ達が気にいる服ならなんでもいいし。


…………。

なーんて、思った俺は愚かでした。


「…………。なんでこんな金ぴかなの?」

「主様の威光を知らしめるに適した服だと思いますわ」

「旦那様の輝きを表すにはこの店の品では役不足でした。それを職人に伝えた所こちらの衣装を出してきました。旦那様の輝きには劣りますがこの店にはこれ以上の物はありません」


…………ツバキ達が持って来たのは布に金箔でも張り付けているようなカピカピした服だった。布としての柔軟性を失った何のために存在するのか分からない服を持って来られて着せられたのだが、これは文句言っていいの?


「…………昨日は普通に選んでくれたよね?」


そう、昨日市場で見ていた時に買った服は至ってまともだった。少なくとも金ぴかではなかった。


「昨日までは主様の威光を正しく理解しておりませんでしたから」

「旦那様、金額は上がりますが、旦那様に相応しい服をオーダーメイドで作る事は出来ませんか? 私とお姉さまで責任を持って作らせますので」


「却下です。スンスンとヨウコ、フィーネで選んでくれる? 一般的なこの国の人間が着る服でお願い。ツバキとシオンは三人の邪魔をせずに自分達の服を探しなさい。気に入った物がないならオーダーメイドでいいから」


ツバキが視線で三人を誘導しそうなので先に釘を刺しておく。今の盲目な二人に任せたらどんな奇抜な衣装を作るか分かったもんじゃないからね。


「あのぉ、ご主人様? なんで私はのけ者にゃ?」

「…………。…………。メイプルは奇抜そうだから」

「考えた末の答えがそれかにゃ!? 私も選ぶにゃ! ご主人様ににゃふんって言わせるにゃ!」


たぶんどんなに努力してもにゃふんとは言わないかな。まぁ好きに選んでください。常識の範囲内なら問題ないから。


「旦那様、私もこちらをよろしいでしょうか?」


メイプルを見送っているとシオンがメイド服を片手にやって来た。

使用人を雇ったわけだしツバキとシオンには家事をやらせようとは思っていなかったんだけどね。…………ま、シオンが欲しいなら是非もないか。


「うん。いいよ。シオンに似合っていたからね。ただ無理して家事をする必要はないよ?」

「あ、ありがとうございます。私はスンスンさんと使用人の管理をしますから屋敷では使用人と同じ作業をしようかと思っています。二階には使用人が入れない部屋がありますから」


…………。なるほど。確かにポーションの工房には入らせるわけにはいかないか。作っていない事がモロバレするし。

万全を期するなら二階の立ち入りを使用人は禁止にした方がいいか。俺とツバキも手伝うし二階ぐらいは俺達で清掃出来るだろう。


「なら俺とツバキの作業着も用意しようか」

「主様の分は不要ですわ。私とシオンで十分ですわ」

「そうです。旦那様にお手を煩わせては何の為に私達がいるのかわかりません」


「いや、二人がいるのは俺の心の平穏の為だし二人はただ傍に居てくれるだけで良いよ」


二人が居てくれるだけでこれほど心強い事はない。護衛にしても相伴としてもね。


「…………。あんたら、人の店でいちゃつくんじゃないよ。そういう事は家に帰ってやりな」


「にゃうー。凄いにゃ。タラシがいるにゃ」

「亜人にここまで言う人間族を初めて見ました。…………あ、コン」

「うふふ。若いって良いですねー」

「…………。負けない」


…………。…………。何やら周りの視線が熱い。そして俺とシオンの顔も熱いようだ。いま俺なんて言った? ――ヤバい恥ずかしい。


「「お、お待たせしました!!」」


ナイスタイミングで犬人二人がやって来た。盛大に駆け込んで来たから皆の意識がそっちに持って行かれてどうにか鎮静化したようだ。


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