第49話 S8 セルガ
「――ッそが!! 何で俺様が謹慎しなくちゃならねぇんだよ!! っざけんな!!」
ヴァリド男爵家にて部屋で謹慎を強く命令されたセルガはその鬱憤を晴らす為部屋にある机や椅子を蹴り、叩きつけ、投げ付けて破壊していた。
商業ギルドから資格停止処分を受けた為、薬師の師匠からもポーションに関わる事を厳禁とされたせいでその恨みは留まる事を知らなかった。
「くそッ! 暴行事件の罰だと!? 昨日クソガキの件ならアイツが悪いだろうが!! 俺はDランク様だぞ!? Fランクのザコに指導して何が悪い! あのクソガキがギルドに垂れ込みやがったせいだな。この俺様に逆らうとは良い度胸だ! 次は二度とその口が聞けない様に徹底的にぶちのめしてやるからなッ!!」
パリンッ!
セルガが投げ付けた椅子が窓を突き破り二階の窓から下へ転落していた。幸い下に使用人の姿はなく、事なきを得たがセルガの怒りは治まらない。
セルガを見張るように言われている使用人がセルガの部屋の前で待機しているがその暴れ振りに戦々恐々としていた。
「セルガ様。リンダ様をお連れしました」
そんな時に執事が商業ギルドから謹慎処分を受けているはずの受付嬢リンダを連れてセルガ部屋を訪れた。
「セルガさん。来ましたよー」
「おお! 来たか。一体どうなっている? 俺が資格停止と言うのは何かの間違いだろう?」
「いいえ。商業ギルドから正式に下った命令みたいですよ。私まで巻き添えで給料没収されることになったんですからね」
「なんだと? くそッ、俺が後日正式にギルドに訴えるから待っていろ」
セルガは自身が動けない為、使用人に命令してリンダに今回の件を調べて知らせに来るように伝えていた。
リンダは自身も謹慎処分を受けていたがセルガからの命令だと言う免罪符を片手にギルドで情報を集めヴァリド男爵家にやって来ていた。
「いえいえ、それには及びませんよ。それに今日ここに来たのはセルガさんに話があったからです」
「うん? なんだ? 改まって」
「私、セルガさんとのお付き合いを止めます」
「…………。なんだと?」
「セルガさん暴行事件を起こしたって街中で噂ですよ。ギルドは名前は公表していなかったですけど、あの場には商人が沢山いましたからねー。話が広がるのは止めようがないですよ。ご愁傷様です」
「だから何だ? この俺が平民の小僧を教育したことがなんだと言うんだ。そんなことでこの俺様と別れると言っているのか?」
昨夜から続くイライラに更なる追い打ちを掛けるかのような事態にセルガの表情は悪鬼の如く歪んでいた。
それを尻目にリンダは飄々と部屋の中で倒れていた椅子を起こし腰掛ける。まるで意に介していないその姿にセルガの怒りは更に増していく。
「だってセルガさん。落ち目ですから。それに私、あの子に恋、したんです」
「――――なんだと?」
リンダの理解不能な発言にセルガの怒気が薄れる。
そして訝し気な視線をセルガがリンダに向けるがそれに気付かないリンダは両手を合わせうっとりとした表情を浮かべていた。
「あの子、ヤマト君って言うんですけど、あの鬼の副ギルド長が頭を下げて常に畏まる存在なんですよ? それに昨日登録したばかりなのにもうCランクに昇格したらしいです。たかがDランクのセルガさんとは大違いですよー」
リンダの物言いにこめかみをヒクつかせながらも聞き捨てならないセリフに怒りを堪え口を開く。
「Cランクになっただと? ……何者なんだ? あのガキは」
「ヤマト君ですよ。あ、セルガさんはヤマト様って呼んだ方がいいですよー。ふふふ、セルガさんも身の振り方をキチンと考えて置かないとダメですよー」
「良いから答えろ。Cランクになったって事はCランクポーションを作れるガキなのか?」
「ま、それ以外ないでしょう。ただそれだけであの鬼畜副ギルド長が畏まるはずないですから、私のカンではBランクポーションの作成に成功した事がある存在、またはその弟子だと推測しましたね」
「…………まさか。ありえない…………」
リンダの推測を聞き、ありえないと思いながらもそれ以外にCランクに昨日の今日で昇格することはないとセルガは考えていた。
実際には最高品質を作り出す事でCランクに上がる事が可能だが、それを知っているのはギルド職員にも数人しかいなかった。
「ぷぷぷ。セルガさんはそんな高ランクポーション職人のヤマト君に対して暴行事件を起こしてますからねー。商業ギルドからの風当たりも強くなりますねぇ。きっと。それにお師匠さんからも破門されるかも知れませんよ? それにそれに男爵様から勘当されたりして? ね? セルガさんは落ち目でしょう?」
「…………」
セルガは怒りのあまり噛み締めた奥歯が割れていた。それでも構わず噛み締めその痛みでどうにか自身を抑えていた。そして痛みのお陰で多少冷静になった思考で現状を鑑みて、リンダの言った事があながち間違いではないと判断できた。
貴族の子弟であり期待のDランク薬師を資格停止にした商業ギルド。落ち着いて考えると自分以上の薬師の存在があり、どちらを選ぶか決めた結果であると理解できた。
しかし理解できる事と納得できることは違う。
「…………。…………あのガキもお前にも俺様に逆らったことを後悔させてやる」
「まぁ怖い。私はヤマト君に助けて頂くから安心ですけどね。竜人に懸想しているお子様ですからね。直ぐに私の虜にさせてあげます」
「この売女が。二度とその面を見せるな。そもそもお前なんぞ、ヒロネ様の代わりに過ぎん。俺はゆくゆくは男爵となりヒロネ様を娶るのだ。その時になって後悔するがいい」
「もし本当にそうなったら愛妾になってあげてもいいですよ?」
「黙れくそ女が! さっさと出て行け! これ以上俺は俺を抑えておけるとは思えんぞ!!」
「ハイハイ。ではセルガさんも頑張って下さいねー。スラム落ちしたらヤマト君に言って使用人にしてあげますからねー」
セルガはリンダの出て行った扉に近くにあったコップを投げつけた。その後にリンダの馬鹿にした笑い声が聞こえてきて更に怒りが増していた。
「ふざけるな。この俺様がスラム落ちだと? 親父に勘当されるだと? 俺のお陰で家が大きくなったんだぞ、そんなわけ…………」
考え込むセルガの顔に光が当たった。不規則な動きをした光に手をかざして割れた窓を見ると屋敷の敷地の外に黒いフードを被った三人組の姿があった。
セルガはリンダに言われたことを頭の中で繰り返し再生しながら不敵に笑った。
「…………そうだ。俺様の邪魔をするのが悪いんだ。俺の邪魔をするヤツが全て悪い」
セルガはクローゼットから黒いローブを取り出しそれを羽織って窓に近づく。視界の端にリンダが屋敷から出て行く所を捉えるがすぐに興味を失ったように視線を戻す。
そして用意されていたロープを使い二階の割れた窓から外へと出て行くのだった。




