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第44話 S7 ヒロネ嬢


「予定外ではありましたが商業ギルド側を退け中央区の屋敷をお渡しすることができました」

「ああ。ご苦労だった。今後もヤマト殿には注意を払ってくれ」


ヤマトが商業ギルドで対談している頃、オルガノは領主の屋敷でカイザークにヤマトの事を報告していた。


商業ギルドがシリカを送り込んで来たのは昨夜のレベッカとカイザークの話合いの中でカイザークが漏らしてしまった事が原因であり、オルガノにはその話が届いていなかった。

当初の予定では貴族街の屋敷を渡す予定だったが、シリカの度重なる屁理屈によりそれが失敗。しかし一時期貴族や商人が話題にしていた屋敷を渡した事でむしろ事態は良い方へ傾いたと二人は思っていた。


「しかしギルド職員の質も落ちたものだな。そんな職員をあのレベッカ殿が送り込んで来るとはな」

「ヤマト様との面識がある者を選んだ結果みたいですね。最初は私も自分勝手な言い分に腹を立てましたが、結果的には自分の首を絞めるだけでした。ヤマト様が聡明であり助かりました」


商業ギルドが所有している物件に入られては領主側としては手を出し辛い事になっていた。シリカのダメ出しが続き貴族街の屋敷が勧め辛くなりギルド所有している物件をどうにかして回避させたいと思っていたオルガノには自分から自爆したシリカに笑みが零れてしまう。


「あとは今夜にでも屋敷を訪問することにしよう。メルビンにも伝えて置いてくれ」

「はい。ヤマト様にも軽くお伝えしておりますので後で再度連絡をしておきます」

「いや、それはヒロネがすることになっているから問題ない。ヤマト殿にはヒロネの事を伝えたのだろう?」

「はい。少し戸惑っておられましたが面談をして決めると仰って頂けたので問題ないかと」

「ヒロネならばヤマト殿も気に入るだろう。竜人に興味を持っている事が少し気になるがヒロネを見ればその過ちにも気付く事だろう」


ヒロネはベルモンド家の末っ子でありカイザークからも溺愛されていた。そして上の姉二人よりも美人であると評判でその性格も良く家人からも好かれていた。

婚約の話も持ち上がっていたがヒロネ付きの執事ゼクートからの進言もあり、カイザークが手放したくなかったこともあって見送られていた。


しかし稀代のポーション職人を手中に収める為にカイザークはメイドとして派遣することを決めたのだった。


「ヒロネ様の為であればヤマト殿もこちら側に傾倒してくれるでしょう。商業ギルドと軋轢があることもこちらの後押しになります」

「全くだ。商業ギルドで事件を起こしてくれて感謝だな。セルガは今どうしている?」

「ヴァリド男爵によると商業ギルドから一か月の資格停止処分を受けたそうです。今はヴァリド男爵が自宅謹慎を言いつけ大人しくしているそうです。…………ただ本人はその処分に不服があるようで何かと騒ぎを起こしていると使用人から話を聞きました」

「ヤマト殿の事を伏せているからな。突然の資格停止処分に謹慎だ、平民に暴行を加えた罪としては異例だな」


これまでもセルガは平民やランクが下の者に暴言や暴行を加えて来た。しかしそれを咎める者はいなかった。期待の新人薬師としてギルド側も穏便に事を済ませて来たのだった。

それ故に今回の一件で突如重すぎる罰を受け、これまでの事を棚に上げて不平不満を口にしていた。


「本人もそう言っているみたいです。ギルド側の判断に異議を申し立てているみたいですね」

「…………ヴァリド男爵にセルガが支払う罰金と慰謝料を多めに渡してやれ。そして上手く抑え込むように厳命しておけ。ことは期待の新人を取り合うなどと言った次元の話ではない、稀代の、ベアトリーチェ卿を越えるかも知れんポーション職人の争奪戦だ。下手な真似を仕出かしたら家を取り潰すことも辞さない構えだとくれぐれもヴァリド男爵に伝えておけ」

「はっ! それでは私はこれで」


オルガノが退出するのを確認し、カイザークは椅子に深く腰掛け瞑想する。


「(ここまで清々しいのは久しぶりだな)」


カイザークはこれまで行った不正行為をレベッカに完全処理してもらい肩の荷が下りた気分であった。家の地位を上げる為に色々と暗躍し危険を覚悟の上でツバキ達を招き寄せたかいが今実を結んだと感じていた。


「(ヤマト殿が作ったCランクポーションを手土産にすれば昇爵も夢ではない。ゆくゆくは王都へ屋敷を移すことも出来るやもしれんな)」


メルビンから聞き及んでいるCランクポーション100本の使い道を考えながらカイザークは笑みを浮かべていた。

そんな時に廊下を誰かが走る音が鳴り響き、せっかくの憩いの時間を邪魔され眉間にシワを寄せる。そして扉が強くノックされ許可を出すとヒロネが慌てて入って来る。


「お父様! 聞いてください! 私、殺されかけましたの!」

「なに? どういうことだ?」


駆け寄るヒロネの言葉を聞き更に眉間にシワを寄せたカイザークはヒロネとその後ろに居るゼクートに視線を向ける。


「お父様に言われて平民の薬師の元に行ったのですけど私が薬師と話していると私を殺そうとする竜人がいましたの! 私はただお話をしていただけなのに…………。ゼクートが居なかったら私は死んでいたかも知れません!」


カイザークが視線をゼクートに向けるとゼクートは首を横に振っていた。当然である。ゼクート一人が身を挺して庇ったとしてもツバキを止める事など出来ようはずがないのだ。それをカイザークは正しく認識していた。


「…………。ヒロネよ、あの亜人は確かに恐ろしく強いが無闇に攻撃を仕掛けることはない。何かしたのか?」

「何もしてませんわ! 私は薬師と話して屋敷に入ろうとしただけで!」

「ヒロネ、ヤ、薬師殿達と口論になったのか?」

「そ、そんなことどうでも良いでしょう!? それよりお父様、あの亜人に仕返しを思いついたの! 協力――」

「馬鹿者!! お前は何を聞いていたのだ!? 儂の話を聞いていたのか!?」


カイザークの怒鳴り声にヒロネだけではなくゼクートまで驚いていた。これまでカイザークはヒロネに対して怒鳴ったことはなかった。それが一介の薬師の為に詳しく話を聞く前に怒鳴り付けたのだ。


「そ、そんな。私はキチンとお父様のお話を聞いておりますわ」

「ではその薬師の名は? 亜人の名は何という? 儂は昨日キチンと説明したはずだ」

「う、そ、そんな、平民や亜人の名前など覚えておりません」


ヒロネはカイザークから話を聞いた時、脳内で薬師の事をセルガだと勝手に認識していた。ヤマトの屋敷に着いてセルガ以外の薬師であると認識し直したが、ゼクートから聞き直した内容でも相手が平民や下民の出であると認識したヒロネはヤマトの名前もツバキ達の名前も覚える気はなかった。


普段のカイザークであればヒロネの事を妄信していて話を受け入れたが、事はそこまで単純では無くなっていた。秘蔵っ子のヒロネを差し出すのはヤマトの事をヒロネ以上であると認めたからであった。そして商業ギルドに奪われてはならないと思ったからこそだった。


「…………。ゼクート、詳しく話せ」

「お待ちください!! 話なら私がします!」

「ヒロネ、先ずは黙ってゼクートの話を聞け。反論は後から聞く」


絶望の表情を浮かべたヒロネは縋るような思いでゼクートを見る。そしてゼクートは千載一遇の好機を得たと先ほどの状況を話し、更にこれまでのヒロネの行いを洗いざらい話した。

途中ヒロネが妄言です! と騒ぎ、他の使用人に抑えられる事もあったがゼクートは全てをありのまま話した。そしてカイザークは頭を抱えていた。


「…………それは全て真実か?」

「はい。我が命に賭けて」

「…………。冗談で言える話ではないか。なぜ今まで黙っていた?」

「昨日までの旦那様に話しても妄言だと切り捨てられておりました故に」

「妄言であると切り捨てたい所だが、ヒロネの様子からもそうなのだろうな。ふぅぅ、儂は父親失格か。まさかこんな事態になっていたとはな。お前がヒロネの婚約を止めていたのはこれが理由だな?」


ヒロネはゼクートの話を妨害し普段は見せない裏の顔をカイザークに見せていた。そして押さえ付けられ全てを話され絶望のまま床にうずくまっていた。


「はい。ボロが出るのは間違いありませんでしたので」

「そのツケが今出たか。ゼクート、率直に言えまだ挽回は可能か?」

「…………。正直言って難しいかと。しかしお嬢様が心を入れ替え、表の顔だけでヤマト様の元に行くのならば可能性はあるかと」


それが可能であれば、とゼクートは付け加える。カイザークは再び頭を抱える。どこに出しても恥ずかしくないはずの最愛の娘が裏では平民を見下し、スラムに赴いて暴行を繰り返していたなどと。そしてそれをヤマトに対して見せたと。


「ヒロネ。その様子では弁解はないな? …………チャンスをやろう。ヤマト殿のメイド、使用人として雇われることだ。ヤマト殿は商業ギルドが全力で狙っているほどの逸材だ。何が何でも我が家で迎える必要がある。そのことを正しく理解してヤマト殿の元に行くがいい。ゼクート後は頼む。儂は少し休む。…………ヒロネ、もし失敗、もしくは何らかの成果が出なかった時はリガルンド子爵へ婚約を打診する」


「ッ! な、そ、そんな! それならヴァリド男爵家で良いではないですか!! セルガ様は貴族であり稀代のポーション職人です! お家の為にもそちらの方が!」


「セルガはただの薬師だ。稀代と言った言葉を使うでない。お家の為ならリガルンド子爵家の方が価値が高い。それに現在ヴァリド男爵家は落ち目の危機がある」


リガルンド子爵家はベルモンド子爵家と協力関係にある貴族家であり、王都貴族にも強力なパイプを持っている古い家柄の貴族であった。

カイザークは幾度か関係強化にヒロネを嫁にと打診を受けていたがヒロネ可愛さに返事を濁して来た。


リガルンド子爵は40歳後半の肥満体であり、側室が十人以上いるとされている人物だった。そんな男の元にヒロネを嫁にやるわけには行かないと関係強化の為に代わりに様々な支援をしてきた。

その結果が様々な不正行為に繋がっており今回の件でカイザークは吹っ切れていた。


「そんなぁ! お父様! お願いです!! リガルンド子爵だけは! 他でしたら幾らでも愛想良く振舞いますから!!」

「ならばヤマト殿の元に行くことだ。彼は儂が王都に招かれる時には一緒に連れて行くつもりだ。ヤマト殿に求婚されたならば儂は快く認めよう。そしてお前は王都暮らしも出来よう」


「…………。絶対ですね? 本当にあの少年がセルガ様以上の人物なのですね?」

「あぁ、約束しよう。今彼以上の優良物件はない」

「分かりましたわ。全力で彼を振り向かせますわ」


失敗した時の恐怖からかヒロネは震えながら決意を言葉にする。

最初からここまで言っていればと悔やむカイザークに貴族令嬢として満点の礼をしてゼクートと共に退出する。

その振舞いが裏表無く日常化していたなら、とヒロネの裏の顔に気付けなかったカイザークは項垂れてしまう。


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