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第37話 名誉市民

ヒロネ嬢を追い返してから俺達は自分達の部屋を選んでいた。部屋は一階に大広間を合わせて四部屋と二階に八部屋ある。一階には他に台所と食堂、風呂場がある。

守備の関係から俺の部屋は二階の奥にある一回り大きな部屋に決まった。そしてツバキとシオンの部屋は俺の隣の部屋だ。


一人部屋でも良いと言ったが、奴隷でもあるので二人で一室頂ければ破格の待遇です。とシオンに押し切られた。ツバキもシオンの世話があるから文句はないみたいだ。


「どうせ私達は夜には主様のお部屋に行くのですから部屋は荷物置きでしかありませんわ」


ふむ。護衛の観点から言っても別々の部屋では守り辛いからね。でも色々期待しちゃうよ? 毎日二人と一緒のベッドで。

…………。俺寝れなくない!? 生殺しもここまで来ると拷問ですよ? 


「――誰か来ましたわね」


悶々としながら部屋のベッドの弾力を確かめていると唐突にツバキが立ち上がり窓に近づいた。……まさかもう引き返して来たのか?


『……。おーい! 誰か居ないのか!!』


ツバキが窓に近づくのと同じぐらいに喉太い声が屋敷に響いた。窓から見る前に気付いたツバキさんに脱帽です。

この広い屋敷の更に屋敷の外の気配を感じ取っているのか? 宿屋で俺が部屋に戻ってそのまま食堂に行ったのも気付いていたけど、今回はその比じゃないな。頼もし過ぎて男の威厳がどっかに飛んで行くようだ。



「お前さんがオルガノさんが言ってた新しいポーション職人か?」


玄関を出ると俺より少し背が低い筋肉粒々のオッサンが居た。一番近い表現ならドワーフかな? 髪と髭の境界が分からないぐらい毛むくじゃらなのにあまり不衛生だと感じないのはそれがありのままの姿だからなのだろうか。 


「たぶんそうだと思います。Fランク薬師のヤマトです。よろしくお願いします」

「Fランクの薬師なら違うだろうが。本当にお前さんがオルガノさんが言ってヤマトなのか?」

「同じ名前の人がいるなら分かりませんが、この家を借りて工房を改築して頂く様にお願いしたのは僕ですよ」


「竜人族の姉妹を連れているって言ってたから間違いはないだろうけどな。この街に他の竜人族は居ないからな。それにしても随分な綺麗処を捕まえたな。大事にしてやれよ? お前さんに言っても分からんかも知れんが亜人の世界では上から数えた方が早いレベルの美女だぞ」


おぉぅ? 遂にツバキ達の美貌を理解できる人物が現れたか? というか人間以外の種族はツバキ達の魅力が伝わるのか?

 …………この国の人間が偏見を持ちすぎていて見えないだけかな? 


「分かってますよ。不当な扱いをするつもりはありませんし、それは彼女達だけじゃなくて他の種族の方も同じつもりです」

「……お前さん、別の国から来たな? 東洋国の人間か?」

「東洋国? それはどこにある国でしょうか?」


「違うのか? 東洋国はここから東にかなりの距離進んだ島国って話だ。儂も行った事はないから噂でしか知らんが、なんでも種族に関係なしに自由に生活が出来る国らしい。ただし人間族の入国だけは厳重な審査があるそうだ。その島で生まれ育った人間族が統治しているらしいのだが、島以外から来る人間族には慎重らしい。その代わり他の亜人種は比較的簡単に入る事が出来るみたいだぞ」


生まれ育った人間以外の外から来る人間には注意している国で他種族は歓迎しているのか。転生者が興した国に思えるのは俺だけか? むしろ俺がやりたかったことを先にやられていた感がある。元日本人が興した国なら俺が欲しい物もありそうだし機会があったら行きたいな。


「違いますよ。僕は帝国の片田舎から来たんです。運よくこの街に辿り着いてメルビンさんに助けて頂いたんです。彼女達にも助けて貰っていますからね。出来る限り快適に過ごして貰いたいと思ってますよ」

「ふむ。益々持って東洋国の人間に思えるな。しかし儂らにとっては良いことだ。――よし、坊主からの仕事、儂が責任を持ってやり遂げてやろう!」


意気込んでくれるのはありがたいけど、坊主呼ばわりするからツバキから殺気が漏れ出しているぞ。頭を揺すって問題がない事を伝えると視線は弱まったみたいだけど抱きしめ方が強くなった気がする。不満がありますと言うツバキのサインか。


ツバキの視線に冷や汗を流していたオッサンが、頭の上の胸を揺らして指示を出す俺と抱きしめ方で不満を漏らすツバキを見てニヤニヤしていた。…………。良いけどね。ただあんまり変な視線を向けるとまた殺気が飛ぶよ? 次は助けないよ?


さて、とりあえず感触は楽しんだし次なる問題に取り掛かるか。

オルガノさんが言ってたような俺の専用工房って何をしたらいいのか分からないんだよな。俺が必要としている設備とか器具とかないし、作業がやり易い配置とかも分からないからな。


オルガノさんは一階の大広間を工房にしたら良いって言ってたけど、確認したら部屋三つ分の大広間はかなり広い。一部屋が十五畳ぐらいありそうな屋敷の部屋なのにそれが三つ分とか俺が一人で使うには広すぎるからね。


「工房の改築について何ですけど、オルガノさんから何か聞いてますか?」

「オルガノさんからは坊主が言う通りに作ってくれっと言われておるぞ。費用は全て領主家が持つから指示通り、妥協無しで完璧なものを仕上げて欲しいと依頼されておる」


…………。オルガノさん、信頼が重いよ。俺は工房とか分かんないんだから。そっちである程度ひな型作って持って来て!

こんなことならシリカの言ってたギルド一押しの設備とやらを見に行けば良かったな。


「大工の棟梁様、旦那様は優れた薬師ではありますが設計に携われた方ではありません。今まではお師匠様の元で修練を積んで来られて今回初めて自身の工房を持つ事になりました。オルガノ様のご厚意はありがたい事ではありますが、一から全ての設計を旦那様が指示するのは酷かと愚考します。最低限の設備を揃え、その後旦那様が必要とされる設備を増設するのは如何でしょうか?」


おお! シオンナイス! そうだよ! 俺が一から図面を起こすとか不可能だよ。そもそも最低限の設備があればそれで問題ないし。


「なるほどの。おっと、名乗りが遅れたな。儂はこの街の大工組合長をやっとるダダンガと言う。ふむ、坊主に問題がないなら嬢ちゃんの意見を採用するが良いか?」


このオッサン、大工組合長なのか。って、どれくらいの立場なんだ? 少なくとも大工の中では一番偉い人だよね? ……そんな人が俺の家の改築をするのか。オルガノさん、いや、領主の指示かな? 

…………。俺が指示する工房について調べるつもりもありそうだな。残念、重要な設備なんて存在しませんから。


「お願いします。あ、そうだ。一つ要望と言いますか、工房は二階でも良いですか?」


一階の大広間は広すぎるから二階の空き部屋の一つを工房にしたいんだよね。一階は使用人を雇う時を考えて空けて置いた方が良いから必然的に二階になるんだけど、問題ないかな? 


「問題ないぞ。少し手間が掛かるがの。…………。坊主に一つ相談があるんじゃが良いか?」

「内容によりますけど? 何ですか?」

「うむ、亜人に対して偏見がない坊主にお願いなのだが、作業の人員にスラムの亜人達を数人使って良いか?」


ダダンガさんに依るとこの街に居る亜人、人間族以外の他種族は仕事が少ないらしい。そして住む場所を維持できなくなった者達がスラム街に身を寄せているそうだ。

スラム街にはそういった仕事がなく、住む場所も無い者達で溢れていてそういった者達はその見た目や住む場所によってまともな仕事が与えられないそうだ。


「連れて来るヤツはちゃんと選ぶし悪さは絶対にさせん。連れて来る前に体も洗わせるから汚れているって事もない。スラムの亜人じゃからな、二人で一人分の給金で良い。四人連れて来るが二人分で構わん。どうだ、許可してくれんか?」


働きたくても働けない悪循環に陥っているスラムの人達の手助けをする為にダダンガさんが仕事を回しているのか。でも亜人だからって二人で一人分ってないだろ。どんなブッラク会社だよ。


「良いですよ。ただ給金は四人分請求してください。領主さんが払わないなら俺が手出ししますから。その条件で良いなら許可します」

「――感謝する。その恩義に報いるだけの結果を約束しよう」


ダダンガさんはこの街の大工の元締めとして色々な仕事を斡旋しているらしいが、この街の人間族の住人は亜人が家に上がり込むことを嫌がるそうで普段は人間の従業員しか使っていないそうだ。

ダダンガさんはその大工の腕前から名誉市民として領主から正式な市民権を貰っているそうで、街の住民も嫌な顔はあまりしないらしい。


この街にいる亜人の大半は正式な市民権を持っておらず旅人扱いになっているみたいだ。その為住居を借りることも出来ず宿暮らしを余儀なくされ、資金が尽きるとスラムに流れてしまうそうだ。スラム街はこの街の負の象徴になっていて事件が絶えないらしい。

そのせいでスラムの住人を雇ってくれる者がいなくなり更なる悪循環になっているそうだ。


「仕事は何時いつから始めますか?」

「坊主に問題がないなら昼からでも始めれるぞ?」


工事するなら荷物がない内の方が良いだろうし生活用品を買い集める前にしてもらおうかな。


「ではそれでお願いします。僕たちは今から出かけますからカギは預けますね」


工房にしたい部屋をダダンガさんに教えて、一緒に屋敷を出る。工事してる最中に屋敷に居ても煩いだけだろうし、夕方まで散策しよう。先ずはギルドか。


「いいのか? 悪さをするつもりはないが、儂をそこまで信用して」

「ええ。今の所人間より他種族の方が信用できますし」


どうせ屋敷の中に俺の荷物は昨日買った僅かな物しかない。屋敷に元からあったものが無くなっても俺が気に病むことではないからな。


この街で最も信頼しているのはツバキとシオンだし、ダダンガさんも良い人そうだ。蹴られたり、罵声を浴びせられたり、バカにされたり、見下されたりしたのは全部人間だからな。他種族の方が信頼度は高い。


「くっくっく。この街でそのセリフが聞けるとは夢にも思わんかったわい。その信頼を裏切らんと誓おう。安心して出掛けるといい」


屋敷の鍵をダダンガさんに渡し、その鍵をしっかりと握り絞めたダダンガさんと別れ俺達は商業ギルドに向かう。

ダダンガさんはスラムで信頼できる獣人達を四人連れて来るそうだ。この世界で初の獣人か。モフモフかな? フサフサかな? 出来れば女の子が良いけどな。男の獣人の毛並みを撫でるのは流石に無理だ。


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