第33話 譲れない想い2
「………。そうですね。それでしたらいっそ中央通りにある屋敷にしましょうか。確か王都に栄転した商人の屋敷が空いていました。こだわりがある商人でしたので屋敷の改装がされておりお風呂や台所が設置されております。敷地も元は貴族の別宅だったので柵で仕切られておりますし、貴族にしては狭いですが商人としては広いぐらいのお屋敷になります。問題があるとすれば中央区は人通りが多いので警備面が少し気になりますが、ヤマト様であれば問題は最小限に抑えられるかと思います」
ふむふむ。話を聞く限りなら俺の要望は十分に叶えられているみたいだな。改装も出来るなら気になる点は後々改装して行けばいいだろう。ただ商人としては広い屋敷って所が気になるな。あまり目立ちたくないからな。…………。でもツバキ達と生活するんだしみすぼらしい生活は絶対嫌だ。築50年のオンボロワンルームのアパート暮らしを異世界で再経験したくない。…………嫌な記憶は残っているんだね。
「ダメです! 中央区は警備が行き届いていないですし、あの屋敷は商業ギルドから少し離れています。ポーション作成用の工房もありませんし、使用人の部屋も離れではなく屋敷に備わっています。それに建物の所有は貴族家が有していたはずです」
…………。また駄目出しか。それも俺が言った工房は不要でギルドから離れていても構わないって言葉を考慮していない。
たぶん商業ギルドの偉い人から商業ギルドの近くを進める様に言われているんだろうけど、それはオルガノさんも同じだろう。領主に仕えている家臣なんだし、さっきまでの物件も貴族街に近い所が多かった。でも、俺の話を聞いて貴族街から離れ俺の希望に合った物件を紹介してくれようとしている。
文句だけ言う人物の発言に説得力はないし、揚げ足取りをやっているようにしか聞こえない。
「シリカさん。そこまで言うのでしたらそちらは物件を用意出来るのですか? オルガノさんが今言った物件は僕の希望に添った物件だと思いますけど。これ以上の物件を貴女は提示できるのですか?」
「勿論です! 商業ギルド所有の物件がギルドの傍に数点あります。勿論工房付きですし、利便性も完璧です!」
「オルガノさん。彼女が言っている物件に付いて意見はありますか?」
「ええ。商業ギルド付近にある物件でしたら私も知っていますが、まずお風呂――この場合の風呂とは湯舟がある物としますが、これがある物件はありません。次いで台所がある物件も少なく、一様に狭いです。唯一の利点としましては工房の設備が他と比べて良いことでしょうか」
湯舟が無くとも宿屋の様に身体を拭くスペースが用意してある家はあるそうだ。でもそれは俺が求めるものじゃない。そして料理をすることを考えて作られていないのでグラスを洗ったりなどちょっとした洗い場があるだけの物件がほとんどで台所と呼べる設備が整っている家は少ないそうだ。その代わり工房部分は住居スペースと同じ程度取ってあるので広く設備も整っているそうだ。
「ポーション職人が住まう家ですから工房が全てでしょう。商業ギルドの近くには食堂や露店も数多くありますし、お風呂場もあります。家の設備としては満足できる物件ばかりです!」
お風呂場とは銭湯のようなものかと思ったけど、熱の魔石を使用した蒸気風呂で湯舟はないそうだ。
そもそも家に風呂と台所が欲しいのであって近所にあっても意味がない。俺の要望を聞くつもりがあるのか謎だな。
「ヤマト様はそこらにいるポーション職人とは違います。先ほどの発言からも通常の設備ではなくヤマト様独自の工房が必要であると推察しました。ならば既存の工房を改築するより一から作った方が良いと思います。そしてそうなると工房以外の設備に要点を置くべきです。ヤマト様自身が仰りましたが風呂、台所、警備、これらがヤマト様の要望であるのですからこれらが備わっていれば後は工房を作るだけで済みます。商業ギルドが提供する物件では、風呂、台所、警備面、そして工房の全てをやり替える必要がありますね。そして貴女が私に散々言ってきたことですが、使用人の部屋が家の外にはありませんよ?」
「使用人はギルドから派遣しますから信頼できます! 休息も一部屋用意して頂ければ問題ありません!」
………。なんて言うか、ダメダメだな。オルガノさんも呆れた顔してるぞ。そしてそれに気付いていないシリカ嬢。
シリカにはさっき自分が言ったことの責任を取れと言いたい。自分は良くて他人はダメってそんな暴論をこの場で言う商人と取引なんて出来るわけがない。
だいたい使用人が欲しいとは思っていないけど何がどうなればギルドから派遣される人物が信頼できるんだ? その根拠を先ず答えて欲しいものだ。
ポーション職人専用の優れた工房なんて要らない、ポーションを作る真似事ができる部屋が一部屋あれば事足りるからな。そんな本物の職人が使わないといけないような設備は俺には勿体ないだけだ。
オルガノさんは俺の要望に真摯に応えて物件を紹介してくれたけど、シリカは商業ギルドに有利になることだけで選んでいる感が酷い。どっちを選ぶか何て考えるまでもない。
「オルガノさん、物件を見に行かせてください」
「畏まりました」
「ちょ、待ってください! 私の話聞いてましたか!?」
お前が俺の話を聞いていたのか? 俺の要望ではなく自分の考えを押し付けようとしている奴のどこがサポートだよ。
「止まりなさい。それ以上近づくと排除しますわよ?」
「ひッ!」
俺がオルガノさんを促して件の元商人の屋敷を見に行こうとするとシリカが駆け寄ろうとしたようだ。ツバキに抱きしめられて前を向いている俺からはシリカの顔は見えないけど小さな悲鳴が聞こえた気がする。ツバキの声は普通だったけどシリカは随分怯えた声だった気がするな。睨まれたのかな?
「シリカさん。ここまでで結構です。後は自分で選びます。お忙しいところお時間作って頂きありがとうございました」
「………」
返事がない。屍の様だ。じゃなくて、
「ツバキさん。身体が固定されて後ろが見えないのですが?」
「主様は見なくて大丈夫ですわ。少々主様の視線に晒すには問題がある状況になりましたので」
なにそれ。逆に見たいんだけど。
「旦那様、新しい家を早く見に行きましょう。後ろを振り返っても意味はありませんよ」
「そうですわよ。次の家は期待が持てそうですわ。早く参りますわよ」
結局後ろを見る事は出来ないまま、俺はツバキに抱えられるようにしてオルガノさんの後を追う事になった。
ツバキの胸の谷間に頭が埋まりいつもとまた違った心地よさがあったと記載しておこう。




