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 はっと目を覚ます。


 先ほどまでいた森林の中だ。


 魔力の嵐が起きたことで、周囲の地面はえぐり取られ、木々もいくつか倒れているが、俺自身はまだ立てている。


 前方を見据える。黒い魔力をまとったフィリアが、生気を失った目でこちらを見つめている。




『レクス、彼女からキメラを切り離す方法を教えよう』




 体の中から、アイディールの声がした。


 その言葉に、俺は耳を傾ける




『あのキメラはフィリアの心の弱さに住み着いている。故に、切り離すなら、彼女の心を救うしかない』


「心を……」


『大丈夫――やることはシンプルだ』




 神様が、俺の心に叫びかける。




『フィリアは弱くなんかないと、伝えてあげるんだ!』




「――任せろ」




 アイディールの言葉を受け、俺はフィリアに向けてまっすぐ走りだす。


 キメラはフィリアを操り陣を展開、黒い刃がいくつも襲い掛かってくる。


 けれど、怯んでなどいられない。


 最初の刃を交わし、2発目からは魔力で受ける。体に当たる部分だけを守るシビアなやり方だけど、何とかすべてを受け切る。


 俺が刃をすべていなしたのを見てか、今度は、黒い魔力が直接弾丸として何発も放たれる。




「はぁっ!」



 足元から大きく魔力を解き放ち、高く飛び上がってそれを避ける。そのまま、フィリアの近くへ一気に近寄る!


 俺が近づいてくるのに対し、キメラは再び魔力弾を、今度は大きな1発で放つ。


 それに向かって俺は、光の剣を創造し、力強く振り下ろす!


 相反する魔力が正面から衝突し、激しくエネルギーが迸る。




『行ける!』




 アイディールが確信をもって叫んだ。


 それに応えるように、光の剣は黒い魔力を切り裂く。


 飛散した黒い魔力の粒子が空気中で消滅していく。


 横目にそんな光景を見送りながら、俺はフィリアの前に着地する。




「フィリア!」




 俺は、彼女の肩に手を伸ばす。虚空を見つめる彼女に、俺の声が届くのかはわからない。


 それでも俺は、彼女に何かを伝えようと、目の前の彼女に叫んだ。







「――俺は! ずっとお前のことをすごいって思ってた!」




 心の中に思い浮かんだことを、叫ぶ。




「やりたいこともないまま、毎日ぼんやり過ごしてたから! ずっと目標に向かって努力できるフィリアが眩しかった。憧れてた!」




 言いたいことなんてまとまらない。それでも、彼女に、どうしても言いたいことがあるんだ。




「俺もお前みたいになりたかったんだ! 何かに向かって、頑張れる奴に!」




 魔力を失って、自分を形作っていた一番大切なものを失って、底知れない無力感を味わって。


 自分の明日がわからなくなって、何かになりたくて、でも動けなくて。


 踏み出す勇気も覚悟もなかった俺に、フィリアは、変われるかもしれないって言ってくれたんだ。




「お前は、何もできなくなんかない!」




 だって、出来たじゃないか。


 昔、得意じゃなかったであろう魔力のコントロールが。今は、惚れ惚れするくらい丁寧で上手になってる。


 だから、そんなに悲しいこと、思わなくていいんだ。




「お前が、自分のことを信じられなくなったとしても――俺は、お前のことを信じてる!」







「――レク、ス――」




 俺が叫んだ次の瞬間、黒い魔力に揺らぎが見えた。そしてフィリアが、絞り出すような声で俺の名前を呼びながら、手を震わせながらこちらに伸ばす。


 迷わず、俺は、その手をつかんだ。


 その時、俺の体の中にあふれている光の魔力が、急激に手のひらに集まっていく。その光が、暖かさとなって溢れていく。やがて、その魔力がフィリアの体を包み込むように広がっていく。




「――――! ——————!」




 周囲から、形容しがたい悲鳴のような絶叫が聞こえた。


 フィリアの体から、黒い魔力が漏れ出していく。この声は、キメラの悲鳴だ。


 黒い魔力が渦のように周囲に散らばっていく。いくらかは外気に適応できず消滅していくものもあった。


 やがて、すべてのキメラの魔力がフィリアから消える。すると、彼女は静かに崩れ落ちそうになった。




「フィリア!」




 俺はそんな彼女の体を支える。彼女は目を閉じたまま動かない。俺は、何度も彼女の名前を呼ぶ。




「フィリア! フィリア大丈夫か!?」


「……レクス」




 呼びかけが通じたのか、彼女がゆっくりと目を覚ましながら小さな声を上げる。


 彼女の眼には、光が戻っている。力なくほほ笑んだフィリアが、ささやくようにこちらに声をかける。




「レクスが、助けてくれたの?」


「……いや、俺と、神様だよ」


「神様……?」




 アイディールが鋭い声を俺の体に響かせる。




『レクス、前を』




 前方を見据える。散らばったはずの黒い魔力が再び収束している。集まった魔力は、やがて黒いヘドロ状に変質していき、液体状の気色の悪い体を形作る。




『キメラはフィリアから完全に切り離された。あとは本体を叩くだけだ』


「わかりやすくて助かる」




 俺は、一歩前に踏み出して、再び光の剣を創造する。




「……レクス、それって……」




 後ろから、フィリアの驚きの声が聞こえる。


 彼女に向かって振り返る。




「詳しくは後で説明するけど……今の俺たちは、あいつを倒せる。だから――」




 もう、フィリアにつらい思いをさせたりしないから――




「――俺を、信じろ」







 フィリアに、まっすぐ視線を向ける。


 それ見て彼女は、弱々しく、けれど確かにうなずき、答えた。







「――うん。レクスを、信じる」




 その時、体の中の魔力が膨れ上がるような感覚を覚えた。


 体のあちこちの魔力が高まっていく。体の奥底から力が湧き上がってくるみたいな――




『絆だ』




 アイディールは高揚した声で告げる。




『レクスとフィリアの中に、確かな信頼と絆が生まれた。君が受け止めるフィリアの想いが、私の魔力を大きく増大させている!』




 そういっている間にも、体の魔力は溢れ出しそうなくらい膨れ上がる。




『さあ、レクス! 今こそ新たな魔術を放つんだ! 君と、フィリアの絆が生んだ魔術を!』




「――ああ!」




 体内で変質した魔力を感じるまま放つため、直感で魔術陣を足元に展開する。




「いくぞ!」




 次の瞬間、俺の体が突風とともに浮き上がる。足元を中心に、周囲に白く輝く風が吹き荒れている。




『フィリアとの強い絆が、私たちの魔力に疾風の力を与えたんだ!』




 飛び上がってまっすぐ飛んでくる俺に対し、ヘドロのキメラはドロドロの体を、魔力で長く4本のムチのような形で伸ばしてきて、俺を叩こうとしてくる。




「当たるかぁっ!」




 風を受けて飛び回る俺は、振り下ろされた体のムチを1本、2本と避ける。


 3本目も躱し、4本目には、光の剣で真っ向から迎え撃つ。


 剣先が当たった途端、弾けるように魔力が飛散に消滅する。キメラは一瞬怯んだ。


 その隙を逃さず、嵐のように飛び込んで本体を大きく切り裂く。




「――はあっ!」




 切り裂いた後、すぐに高く飛び上がり距離を取る。


 剣先の感覚的にあまり傷跡は深くない。けれど、キメラは不快な悲鳴を上げている。


 ならば、いける。




「――とどめだ」




 勝利を確信した俺は、一度呼吸を整え、再び、白く輝く風をまとって飛び出す。今度は、先ほど以上の魔力を込める。


 キメラが俺を止めようと体を伸ばしたり、魔力を弾丸として飛ばしてくる。けれど――




『そんなものじゃ、止められない!』




 キメラからのあらゆる攻撃を、体にまとった嵐と、振り下ろす剣で全てをいなす。


 1つ攻撃をいなすたびに、黒い魔力が消滅していく。


 キメラのうめき声が強くなる。




「――くらえええええええええ!!!」




 勢いを殺さないまま、剣を槍のように突き出してキメラの体の中心にぶち当たる。


 風が吹き抜けるがごとく衝突した剣は、キメラの体を真ん中から穿ち、魔力の体が崩壊する。


 個としての機能を失ったキメラの体が、魔力の粒子として分解され、それもやがて空気中で消えていく。







 ――やがて、すべての粒子が消滅し、森の中に静寂が訪れた。




『――お疲れ様、だね』


「……ああ」




 気分の良さそうな神様に適当に返事をした後、フィリアの方へ駆け寄る。


 彼女は、呆気にとられたような顔をしていた。




「大丈夫か?」


「う、うん。 ……ねえ、今のって何? 何が起きてるの?」




 フィリアがひどく困惑した声を出す。まあ、魔力が使えないといっていた俺が、急にあんな魔術を使いだしたのを見たら、そう思うのも無理はないのかもしれない。


 さて、どう説明したものだろうなあと考えながら、不思議と俺は笑っていた。




「レクス?」




 突然笑い出した俺に、フィリアが不思議そうに声をかける。


 俺は、その声にまっすぐ答えた。




「助けられてよかった、って思ってさ」




 俺の言葉に、フィリアも笑う。




「――ありがとう。レクス」




 そういって笑う彼女の笑顔は、俺が知っている彼女のどんな表情より、素敵な笑顔だった。








次回 2話最終回予定 6月中にできればいいかなという感じです

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