(7)
はっと目を覚ます。
先ほどまでいた森林の中だ。
魔力の嵐が起きたことで、周囲の地面はえぐり取られ、木々もいくつか倒れているが、俺自身はまだ立てている。
前方を見据える。黒い魔力をまとったフィリアが、生気を失った目でこちらを見つめている。
『レクス、彼女からキメラを切り離す方法を教えよう』
体の中から、アイディールの声がした。
その言葉に、俺は耳を傾ける
『あのキメラはフィリアの心の弱さに住み着いている。故に、切り離すなら、彼女の心を救うしかない』
「心を……」
『大丈夫――やることはシンプルだ』
神様が、俺の心に叫びかける。
『フィリアは弱くなんかないと、伝えてあげるんだ!』
「――任せろ」
アイディールの言葉を受け、俺はフィリアに向けてまっすぐ走りだす。
キメラはフィリアを操り陣を展開、黒い刃がいくつも襲い掛かってくる。
けれど、怯んでなどいられない。
最初の刃を交わし、2発目からは魔力で受ける。体に当たる部分だけを守るシビアなやり方だけど、何とかすべてを受け切る。
俺が刃をすべていなしたのを見てか、今度は、黒い魔力が直接弾丸として何発も放たれる。
「はぁっ!」
足元から大きく魔力を解き放ち、高く飛び上がってそれを避ける。そのまま、フィリアの近くへ一気に近寄る!
俺が近づいてくるのに対し、キメラは再び魔力弾を、今度は大きな1発で放つ。
それに向かって俺は、光の剣を創造し、力強く振り下ろす!
相反する魔力が正面から衝突し、激しくエネルギーが迸る。
『行ける!』
アイディールが確信をもって叫んだ。
それに応えるように、光の剣は黒い魔力を切り裂く。
飛散した黒い魔力の粒子が空気中で消滅していく。
横目にそんな光景を見送りながら、俺はフィリアの前に着地する。
「フィリア!」
俺は、彼女の肩に手を伸ばす。虚空を見つめる彼女に、俺の声が届くのかはわからない。
それでも俺は、彼女に何かを伝えようと、目の前の彼女に叫んだ。
「――俺は! ずっとお前のことをすごいって思ってた!」
心の中に思い浮かんだことを、叫ぶ。
「やりたいこともないまま、毎日ぼんやり過ごしてたから! ずっと目標に向かって努力できるフィリアが眩しかった。憧れてた!」
言いたいことなんてまとまらない。それでも、彼女に、どうしても言いたいことがあるんだ。
「俺もお前みたいになりたかったんだ! 何かに向かって、頑張れる奴に!」
魔力を失って、自分を形作っていた一番大切なものを失って、底知れない無力感を味わって。
自分の明日がわからなくなって、何かになりたくて、でも動けなくて。
踏み出す勇気も覚悟もなかった俺に、フィリアは、変われるかもしれないって言ってくれたんだ。
「お前は、何もできなくなんかない!」
だって、出来たじゃないか。
昔、得意じゃなかったであろう魔力のコントロールが。今は、惚れ惚れするくらい丁寧で上手になってる。
だから、そんなに悲しいこと、思わなくていいんだ。
「お前が、自分のことを信じられなくなったとしても――俺は、お前のことを信じてる!」
「――レク、ス――」
俺が叫んだ次の瞬間、黒い魔力に揺らぎが見えた。そしてフィリアが、絞り出すような声で俺の名前を呼びながら、手を震わせながらこちらに伸ばす。
迷わず、俺は、その手をつかんだ。
その時、俺の体の中にあふれている光の魔力が、急激に手のひらに集まっていく。その光が、暖かさとなって溢れていく。やがて、その魔力がフィリアの体を包み込むように広がっていく。
「――――! ——————!」
周囲から、形容しがたい悲鳴のような絶叫が聞こえた。
フィリアの体から、黒い魔力が漏れ出していく。この声は、キメラの悲鳴だ。
黒い魔力が渦のように周囲に散らばっていく。いくらかは外気に適応できず消滅していくものもあった。
やがて、すべてのキメラの魔力がフィリアから消える。すると、彼女は静かに崩れ落ちそうになった。
「フィリア!」
俺はそんな彼女の体を支える。彼女は目を閉じたまま動かない。俺は、何度も彼女の名前を呼ぶ。
「フィリア! フィリア大丈夫か!?」
「……レクス」
呼びかけが通じたのか、彼女がゆっくりと目を覚ましながら小さな声を上げる。
彼女の眼には、光が戻っている。力なくほほ笑んだフィリアが、ささやくようにこちらに声をかける。
「レクスが、助けてくれたの?」
「……いや、俺と、神様だよ」
「神様……?」
アイディールが鋭い声を俺の体に響かせる。
『レクス、前を』
前方を見据える。散らばったはずの黒い魔力が再び収束している。集まった魔力は、やがて黒いヘドロ状に変質していき、液体状の気色の悪い体を形作る。
『キメラはフィリアから完全に切り離された。あとは本体を叩くだけだ』
「わかりやすくて助かる」
俺は、一歩前に踏み出して、再び光の剣を創造する。
「……レクス、それって……」
後ろから、フィリアの驚きの声が聞こえる。
彼女に向かって振り返る。
「詳しくは後で説明するけど……今の俺たちは、あいつを倒せる。だから――」
もう、フィリアにつらい思いをさせたりしないから――
「――俺を、信じろ」
フィリアに、まっすぐ視線を向ける。
それ見て彼女は、弱々しく、けれど確かにうなずき、答えた。
「――うん。レクスを、信じる」
その時、体の中の魔力が膨れ上がるような感覚を覚えた。
体のあちこちの魔力が高まっていく。体の奥底から力が湧き上がってくるみたいな――
『絆だ』
アイディールは高揚した声で告げる。
『レクスとフィリアの中に、確かな信頼と絆が生まれた。君が受け止めるフィリアの想いが、私の魔力を大きく増大させている!』
そういっている間にも、体の魔力は溢れ出しそうなくらい膨れ上がる。
『さあ、レクス! 今こそ新たな魔術を放つんだ! 君と、フィリアの絆が生んだ魔術を!』
「――ああ!」
体内で変質した魔力を感じるまま放つため、直感で魔術陣を足元に展開する。
「いくぞ!」
次の瞬間、俺の体が突風とともに浮き上がる。足元を中心に、周囲に白く輝く風が吹き荒れている。
『フィリアとの強い絆が、私たちの魔力に疾風の力を与えたんだ!』
飛び上がってまっすぐ飛んでくる俺に対し、ヘドロのキメラはドロドロの体を、魔力で長く4本のムチのような形で伸ばしてきて、俺を叩こうとしてくる。
「当たるかぁっ!」
風を受けて飛び回る俺は、振り下ろされた体のムチを1本、2本と避ける。
3本目も躱し、4本目には、光の剣で真っ向から迎え撃つ。
剣先が当たった途端、弾けるように魔力が飛散に消滅する。キメラは一瞬怯んだ。
その隙を逃さず、嵐のように飛び込んで本体を大きく切り裂く。
「――はあっ!」
切り裂いた後、すぐに高く飛び上がり距離を取る。
剣先の感覚的にあまり傷跡は深くない。けれど、キメラは不快な悲鳴を上げている。
ならば、いける。
「――とどめだ」
勝利を確信した俺は、一度呼吸を整え、再び、白く輝く風をまとって飛び出す。今度は、先ほど以上の魔力を込める。
キメラが俺を止めようと体を伸ばしたり、魔力を弾丸として飛ばしてくる。けれど――
『そんなものじゃ、止められない!』
キメラからのあらゆる攻撃を、体にまとった嵐と、振り下ろす剣で全てをいなす。
1つ攻撃をいなすたびに、黒い魔力が消滅していく。
キメラのうめき声が強くなる。
「――くらえええええええええ!!!」
勢いを殺さないまま、剣を槍のように突き出してキメラの体の中心にぶち当たる。
風が吹き抜けるがごとく衝突した剣は、キメラの体を真ん中から穿ち、魔力の体が崩壊する。
個としての機能を失ったキメラの体が、魔力の粒子として分解され、それもやがて空気中で消えていく。
――やがて、すべての粒子が消滅し、森の中に静寂が訪れた。
『――お疲れ様、だね』
「……ああ」
気分の良さそうな神様に適当に返事をした後、フィリアの方へ駆け寄る。
彼女は、呆気にとられたような顔をしていた。
「大丈夫か?」
「う、うん。 ……ねえ、今のって何? 何が起きてるの?」
フィリアがひどく困惑した声を出す。まあ、魔力が使えないといっていた俺が、急にあんな魔術を使いだしたのを見たら、そう思うのも無理はないのかもしれない。
さて、どう説明したものだろうなあと考えながら、不思議と俺は笑っていた。
「レクス?」
突然笑い出した俺に、フィリアが不思議そうに声をかける。
俺は、その声にまっすぐ答えた。
「助けられてよかった、って思ってさ」
俺の言葉に、フィリアも笑う。
「――ありがとう。レクス」
そういって笑う彼女の笑顔は、俺が知っている彼女のどんな表情より、素敵な笑顔だった。
次回 2話最終回予定 6月中にできればいいかなという感じです