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(6)




 気が付くと俺は、知らない家の中に立っていた。




「どこだ、ここ」




 慌てて周囲を見渡す。


 広いホールだった。正面玄関と思われる立派なドアの前には広々としたスペースが広がり、大きな2回に続く階段がある。


 壁やドアには美しく飾り立てられていて、気品あふれる空間を演出していて、天井を見上げれば、豪勢なシャンデリアがある。




「立派な家だね」




 気づけば、アイディールが俺の体から離れて実体化していた。




「アイディール、これはいったい何が起こってるんだ?」




 俺がそう問うた瞬間、玄関のドアが静かに開けられた。


 そちらの方に向き直ると、上品な礼服を着た、気品ある男性が入ってきた。


 その面持ちは凛々しさを感じさせ、直感的に、この家の主だろうと確信した。




「パパ!」




 今度は2階の方から声がした。上階の廊下の柵から飛び出しそうな勢いで、今入ってきた男性に声をかける少女がいる。少女は男性に向けて満面の笑みを迎えると、勢いよく走って階段を下ってくる。


 その姿を見た男性は苦笑する。




「そんなに走ったら危ないぞ、フィリア」


「――え?」




 男性が呼んだ名前に、俺は驚きを隠せない。


 駆け下りてきた少女は、男性に向かって勢いよくとびかかる。男性がそれをきれいに受け止めると、2人は暖かく抱擁する。


 その時俺は、少女が、フィリアがずっとつけている蝶の髪飾りをつけていることに気付いた。




「レクス」




 困惑する俺に、アイディールがその口を開く。




「今私たちがいるのは、フィリアの記憶の中だ」




 彼女は、確信をもってそう告げる。




「記憶の中?」


「魔力は感情によって増幅する。それは知っているだろう」




 もちろん。この世界の常識となっている性質だ。




「キメラはこっちの世界の人の魔力を、彼らにとって都合のいい黒い魔力へ変換する。故に、キメラが取り込んだ魔力は、キメラ自体の魔力である前に、彼らが喰らった人間の魔力なんだ」




 アイディールは淡々と話を続ける。




「だからさっきの黒い嵐は、フィリアの魔力を利用してキメラが放った魔術だ」


「それは、何となくわかるけど――」


「――そして、その嵐には、フィリアの想いがこもっている」




 フィリアの想いが……?




「今私たちが見ているのは、その魔力に込められた想いの源になる、フィリアの記憶だ。私たちは、それを読み取った」




 魔力から記憶を読み取った?




「そんなことができるのか!?」


「魔力に共鳴することができればできる。もちろん、それには魔力への高い感受性が必要だけど――私の力と、君のセンスが合わさって可能になったんだろうね」




 目の前に広がっているのは、フィリアの記憶――


 突然の展開に頭は混乱している。だが、記憶の再生は止まらない。


 フィリアと男性――フィリアがパパと呼んだということは、おそらくライオ・ザックネルその人だろうが――が楽しそうに笑いあっている光景が、ノイズとともにいきなり切り替わった。




「なんだ!?」


「記憶が別のシーンに映るようだ」







***







 次に目の前に広がった景色は、美しい花々の咲いたどこかの庭。豪勢な噴水を中心に、色鮮やかな風景が続いている。時間は夕暮れ。まぶしいほどの夕日が差し込んでいた


 そして、庭の開けたスペースにフィリアがいる。先ほどみたときよりいくらか背が伸びていて、前の記憶より時間が進んだことが分かった。


 フィリアは両腕を前にかざした。手のひらより魔術を放つための陣が展開される。


 その陣は――かなり、小さい。両手どころか、片手の掌に収まりそうだ。




「はあっ!」




 フィリアが気合を入れて魔力が起る。彼女の前方で、小さな竜巻が起った。庭の砂利が吹きあがり、周囲の花が静かに揺れる。


 それは、決して立派な魔術ではなかったが、フィリアは疲労からか、息を荒げている。




「……無駄が多い魔術だね」




 アイディールが指摘した。


 俺も、同じことを思っていた。魔力のコントロールがたどたどしいのだ。陣を構築し、魔術を放つまでの時間がかかりすぎているから、必要以上に魔力というエネルギーを維持しなきゃいけないせいで、無駄な体力を消耗してしまっている。


 それは、俺が知っているフィリアの魔術とは大きく異なっている。


 彼女の魔力を何度も見たことがあるわけではないが、魔力の使い方はとても繊細で巧みだった。




「フィリアは、決して天才ではなかったのだろうね」




 この、魔力の制御がおぼつかない彼女が、俺の知っているフィリアになるまで、どれほどの鍛錬を積んだのだろうか――俺には想像もつかなかった。




「……っ」


「あっ……!」




 すると、目の前で苦しそうにしていたフィリアが膝から崩れ落ちる。その表情は苦しそうだ。


 慌てて駆けだしそうになったところを、アイディールに止められる。




「あれは記憶の中の彼女だ。私たちが介入することはできない」


「っ、フィリア……」




 目の前の彼女を見つける。


 うなだれた彼女から、一滴、水滴が零れ落ちた。




「……どうして」




 フィリアが出したその声は、震えている。




「どうして、私はダメな子なの」




 彼女は、泣いていた。うつむいたまま、静かに。




「どうして、父さんと私は違うの――」




 その言葉を聞いた瞬間、再びノイズとともに目の前の世界が切り替わる。







***







 ぼやけた視界が再びクリアにになったとき、広がっていたのは見慣れたハルモニア士官学園の校内。ここは――魔術の、演習場か?


 目の前の空間で、フィリアはまた魔術陣を展開している。


 先ほどの物とは違い、陣はとても大きく、複雑だ。魔力の循環もよどみなくスムーズ。


 静かに陣より魔力を解き放つ。激しい嵐が吹き荒れ、魔力はすさまじい疾風の刃を生み続ける。




「すげえな」




 その完成された魔術に素直に称賛した。


 と、何気なく後ろを振り返ってみると、フィリアの魔術を見ている学生が何人もいることに気付く。


 学生たちは、何人かでフィリアの方を見ながら何かを静かに語り合っている。




「――あれがライオ・ザックネルの――」


「――今の魔術は――」


「――想像していたより――」




 俺は、この視線の正体を、知っている。


 これは、『品定め』だ。


 偉大な親を持つ少女が、どれほどの力を持つのかという、興味。好奇心と身勝手な期待が生む、遠慮のない、注目。それは、時に痛みを伴う視線。


 フィリアの方に向き直る。彼女の表情は見えない。




「大丈夫――」




 フィリアが静かにつぶやく。




「私は、大丈夫」




 本当に、大丈夫か。

 そう聞きたくて、俺が、フィリアに近づこうとした、その時。

 目の前の光景が、ガラスが砕け散るみたいに、割れた。








***







「記憶が砕けた……!?」




 アイディールが焦ったような声を出す。


 空間が割れ、再生されていた記憶が消え、目の前はひたすら真っ暗な空間に代わる。


 そして、目の前に、こちらに背を向ける形でフィリアが現れた。




「フィリア!」




 慌てて近寄ろうとした瞬間、目の前から突風が吹いた。




「なんだっ!?」




 勢いよく吹き飛ばされ後方に大きく俺の体が飛んでいく。




「危ない!」




 俺の体をアイディールが受け止めた。小さな体だが、さすが神様の力といったところか。




「今の風は、どこから――」




 その時フィリアの足元に黒い魔術陣が現れる。


 彼女を中心に、大きく広がった陣は、彼女をおおいつくすようなドーム状に広がり、閉じ込める。


 そして、どこからともなく吹いた風が、彼女の右腕を切り裂く。




「ああっ――」




「フィリア!?」




 フィリアが力なき悲鳴を上げ、切り裂かれた傷跡を左腕で支えながら崩れ落ちる。


 次いで、2度、3度と黒い刃が舞い、彼女の手を、足を、胴体を傷つけていく。




「やめろ!」




 近寄ろうと魔力のドームにとびかかる。けれど、その膜はびくともしない。




 ――お前は、無力だ




「なんだ!?」




 どこからか、声がする。


 高いような、低いような、若い男性のような、年老いた老婆のような、歪さを感じる気色の悪い声が聞こえてくる。


 刃がまたフィリアを襲う。




 ――お前は、無意味だ







「――心だ」




 アイディールが、重苦しく口を開く。




「キメラが、彼女の心を傷つけている。これは、その記憶だ」


「心、を?」


「彼女の心を壊し、そこに深い傷を与えて、その傷から黒い魔力を生み出そうとしているんだ。今、彼女の心は、支えとなるものを失おうとしている――」




 彼女の、心の支え。


 努力で積み上げてきた、彼女の強さを、今、失いかけている――







「なんだよ、それ」




 心を、壊す?


 こっちの世界に住み着くためだけに、人の心を、壊す?


 それが、キメラのやり方?


 魔力の中のフィリアは幾度となく傷つけられ、ボロボロになった体から、止めどなく血が流れている。それは、彼女の心の悲鳴。







「――レクス」




 弱弱しい声がした。




 フィリアが、こちらに振り向く。




 彼女は、恐怖と、痛みに怯える、今にも消えてしまいそうな顔をしていて。




 静かに涙を流しながら。










「——————たす、けて」
















「—————————うらあああああああああ!!!」




 何を考えるまでもなく、踏み込んだ。


 体内の魔力をかき集め、剣の形を作り出す。


 ありったけの力と魔力をこめて、黒い魔力のドームに向かって振り下ろす。




「ああああああああああ!!!」




 喉が壊れるかと思うほど、叫ぶ。


 こんな理不尽、ぶっ壊してやればいい。


 振り下ろした刃の先端から、ドームにひびが入る。


 それは、少しずつ少しずつ、全体に広がっていき、やがて砕け散った。




「フィリア――!」




 傷ついた彼女に向かって手を伸ばす。


 記憶の中の彼女は、俺の干渉を受けないはずだけれども、それでもフィリアは、俺に向かって手を伸ばして――


 手が触れた瞬間、世界が光とともに白く染まり、俺の意識はその中へ沈んでいった。








次回 今週末アイドルマスターのライブに行くので来週以降になります。

2話のクライマックス、見届けていただけると嬉しいです。

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