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「ハッ、ハッ、ハッ……」




 夕方。日が沈みつつあるが、少なからずまだ学生の姿が見える学園内を、俺は全力で走っている。おそらく、必死な顔をしているのだろう、すれ違う人にぎょっとした目で見られることも多い。が、そんなのはまったく気にしないで、とにかく俺は学園全体を這いずり回っていた。




 ――フィリア、昨日の夜から女子寮に戻ってないんです。


 ――今日になっても、どの授業にも姿を現さないし。何かあったんじゃないかって……


 ――最近、学園内で変な事件も増えてるし、フィリアにもしものことがあったら……!




 フィリアが行方不明になった。


 それが、俺が先ほど2人の女子から聞いたこと。




「クソッ……!」




 本校舎、実技場などの人が多いところはもちろん、中庭や時計台付近などの静かな場所も片っ端から巡っていく。その過程で何人かに聞き込みも行った。けど、どこを探せしても誰に聞いてもフィリアにつながる手がかりはない。


 彼女の、突然の行方不明。それを聞いた瞬間脳裏によぎったのは、これがキメラのせいであるという可能性。


 その最悪の可能性を否定したくて彼女を探す。




(学園内じゃないのか……!?)




 そうだとすると自分で探すのはほぼお手上げだ。あと見つけられるとしたら――アイディールだけだ。







『私はもう少し広い範囲を探してみよう』




 そういって俺の体から離れ、アイディールが飛び出していったのは先ほどのこと。


 フィリアの行方不明の原因がキメラ、という前提ではあるが、アイディールなら多少キメラの気配を追うことができる。キメラはこちら側の世界に適応するため、1度人をとらえた後その魔力を自分に適応するように変換していく必要がある。故に、捕えてもすぐに殺すようなことはしないはずだ。急いで見つけることができれば、何とかできるはず。




(……頼むぞ、アイディール)







 学園内を走り回りながら、アイディールの帰還を待つ。


 しばらく休まずに動き回っているため、息も絶え絶えで頭もうまく回らなくなっていく。


 時計台の地下を1通り見回った後、地上に出てきたところでたまらず1度足を止める。


 焦りだけが積もっていく。何もせず休んでいるこの時間すらもどかしかったが、やたらめったら無理をしても成果は上がらない。


 どうにかなりそうな心を深呼吸しながらゆっくりと落ち着かせていく。




『レクス!』




 その時、空から声が降ってくる。ハッとして見上げると、俺にだけ見えるように実体化したアイディールがこちらを見下ろしている。


 俺が視線を向けると、こちらが何かを問う前に彼女が叫んだ。




『怪しい気配を見つけた! ついてきてくれ!』




 その言葉に無言で首肯する。アイディールは地上に降りてくると俺を先導するように走り出した。


 荒い息を強引に整えて、俺はそれに続いて走り出す。


 学園を抜け、その足は裏に広がる森林に向かっていった。







***







草木をかき分け歩を進める。既に落ちかけており、もうすぐ夜になろうとしていた。




(完全に暗くなる前に片づけたいな……)




 そんなことを考えながらアイディールについていく。




「あとどれくらいだ?」


「ぼんやりとした気配しか感じられないからはっきりとは言えないけど……多分、近づいてきてる」




 後ろから追いかける形なのでその表情は伺えないが、その声音は冷静だ。




 周囲を見渡す。前に感じたような残虐な気配は感じられない。けれど、森の中の空気がとても冷たいような気がする。


 そう思った理由に気付く。周りが異常なほど静かなんだ。


 春先の暖かな気候だが、獣1匹、虫1匹の姿もない。それは、嵐に備えて人が家の中に閉じこもるような、そんな静けさ。


 その死んだような空気に、痛さすら感じる。




「警戒を怠らないように」




 アイディールが静かに警告する。


 心の中で膨れ上がっていく嫌な想像を振り払うように歩き続ける。




 なだらかな傾斜の森を登っていくと、急に視界が少し開けた。




「木が……」




 開けた辺り一帯では、いくつもの木が倒れていた。だから、妙に開けた空間ができているのだ。


 その傷は、斧か何かで切り裂いたような傷ではなく、それこそ、嵐が通り過ぎた後のような傷で――







「――レクス、伏せろ!」




 突然、アイディールが鋭い声で叫ぶ。何が何だかわからないまま、瞬間的に身を伏せる。


 次の瞬間、頭上を激しい黒い風の刃が吹き抜けた。




「――!?」




 とてつもない風量に、伏せた体を上から押されるような感覚。


 吹き抜けた風は俺の後ろの木々のそばを通ると、荒々しい音を立てて木を切り刻んだ。


 支えを失った木が、こちらに向かって倒れこんでくる。


 俺は急いでそれを避けるように飛びのく。急いで体勢を立て直しアイディールの方を向き直った。




「今のはなんだ!?」


「あれを」




 アイディールが静かに前方を指さす。緩い坂の上の方に視線を持っていくと、そこにいたのは――




「――フィリア」




 薄汚れたハルモニア士官学園の制服に身を包み、生気のない虚ろな目がこちらを見つめている、栗色のセミロングの髪に蝶の髪飾りが付いた少女。



 フィリアが、そこにいた。




「……フィリア!」



「レクス、待って!」




 急いで駆け寄ろうとした俺をアイディールが腕を握り止める。


 何をするんだ、という言葉がのどから飛び出す直前。


 ぞわりと、おぞましい気配を感じた。




「――!?」




 気配は――フィリアがいるほうから、感じた。


 虚空を見つめ棒立ちのフィリアの右腕が、静かに胸の高さまで上がる。


 そして、力なく開いた手のひらから魔術陣が展開される。


 黒い、魔術陣が。




「あれは、キメラの――」




 フィリアの体から黒いオーラのようなものが溢れ出す。それは、この世への悪意だけで作られた、恐ろしい魔力。この世ではない、境界という世界から漏れ出した、キメラの魔力。


 それを認識した瞬間、フィリアの手のひらの魔術陣を中心に、さらに5つの陣が同時に展開される。




「レクス!」




 アイディールが俺の体に戻る。俺は両腕を前に突き出し大きな1つの陣を展開。


 フィリアは展開した6つの陣が完成させ、そこから漆黒の嵐が吹きすさぶ。


 俺は展開した陣を中心に、自分の体を覆い隠すように魔力のオーラで盾を張り、嵐を受け止める。


 直撃した瞬間、ビリビリとした衝撃がやってくる。




「……!」


『大丈夫、受け止め切れる!』




 衝撃を受け止め切ることはできなかったが、巻き起こった風の刃は俺には届かない。


 すべての刃を受け切ったのを確認し、陣を閉じる。




「フィリア! 俺だ、レクスだ!」




 目の前にいるフィリアに呼びかける。しかし、彼女に何の反応もない。




「聞こえていないのか……!?」




 すると、フィリアから漏れ出している黒い魔力が、だんだんと彼女の後ろで1つになり、やがてフィリアの体を簡単に覆いつくせるほどの大きさに膨れ上がる。そして、黒いヘドロのようにドロドロとした魔力の塊の中から、顔のようなものが現れる。


 顔、といったがその表現が適切なのかはわからない。目のような形をし、ぎょろぎょろと動き回る1つのパーツと、呼吸でもしているのか、空気が出入りする穴があるだけだ。


 俺の知る生物とかけ離れている存在が、フィリアに纏わりついている。


 いや、纏わりついてるというより、これは――




『彼女にとりついて、操っているようだ』




 アイディールは静かに考察する。




「フィリア――!」


「――――!」




 俺の問いかけにフィリアは答えない。


 代わりに、キメラが声とも言えないような耳障り叫び声をあげ、再びフィリアの中に入っていく。




「やめろ!」




 その黒い魔力を断ち切ろうと、俺は手のひらに魔力を集約させ、光の剣を創造する。


 そのまま踏み込んで切りかかろうとしたが、アイディールがそれを厳しい声で止める。




『待つんだ! フィリアごと斬るつもりかい!?』




 言葉の意味を理解し飛び出しかけた体を強引に停止させる。


 キメラはフィリアの体の中に憑りついている。それを倒そうとすれば、フィリアの体ごと斬るしかない。




『キメラを倒すには、まずどうにかして彼女から切り離す必要がある!』


「切り離すって、どうすればいいんだよ!?」


『それは――』




 アイディールの言葉は、前方で黒い魔力が大きく膨れ上がり遮られた。


 いつの間にか、操られたフィリアが彼女の体を覆いこむような大きさの魔術陣を構築している。




『――マズい!』




 気づいた時にはもう遅かった。すでに陣から暗黒の暴風が放たれている。


 防御の魔術を放つ時間はない――!




「くそっ……!」




 何とか持ちこたえようと、襲い来る荒れ狂う嵐に向かって、光の剣を振りかぶる。


 黒い風の魔力に衝突した瞬間、とてつもない重さの衝撃が襲い来る。




『レクス!』




 剣の魔力が嵐を受け止めているが、勢いを完全に殺すことはできない。


 受け止め損ねた魔力が俺の体にかすり傷をつけていく。




「負け、るか……!」




 漆黒の嵐を真正面から跳ね返すため、剣にありったけの魔力を籠める。


 剣先からとめどなく溢れ出した光が膜となり、黒い魔力を包み込んだ。




「負けられるかあああああ!!」




 剣を振り上げる。そして、渾身の力で光の膜ごと――ぶった切る!




「らああああああ!!!」




 吹きすさぶ風の魔力を一刀両断する。空間が引き裂かれるように魔力が激しく飛散した。


 この世界の大気に適応できないキメラの魔力が、飛散したことで効力が弱まり、すさまじい勢いで消えていく。


 受け切った――そう思った次の瞬間、突然手元の光の剣が強く発光する。




「眩しっ……!?」




 思わず目を閉じてしまうほどの眩い輝きを放ち、前が見えなくなる。




「なんだこれ……!?」


『これは――キメラの魔力に反応している――?』




 そうアイディールが言う間に光はどんどん強さを増し、視界すべてが真っ白に染まる。


 そのまま、何故か俺の意識も白く染まっていって――


 俺は、意識を手放した。







次回 5月9日更新予定

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