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(4)




 朝早くの草原は、意外と風のせいで寒いのだと気づいたのはつい最近のことだった。


 日が昇るころに目を覚まして、いつもは昼寝をしている学園裏の草原へ。そんなことを始めたのは最近のこと。ただでさえ人気のない場所に、人が寝てるような時間に訪れたのは、どうしても人に見られたくない理由があるからで……




『始めようか』




 脳内のアイディールからの指示を受け、手を広げて魔術陣をゆっくりと展開。白い光が迸り、陣が何重にも重なっていく。体内を駆け巡る魔力が手の先に集まっていくのを感じながら、最終的に放つ魔術をイメージする。




『いい調子だ』




 一か所に集まった魔力は、その塊から小さな球体として無数に分裂し、空中に浮遊する。その1つ1つが小さな魔力の集合体となっている。数十の小さな球体に分裂させた後、俺は、陣を通してその1つ1つに指令を送る。


 前方を見据える。そこは、何もない草原。俺は、そこに向けて魔術を放つ。




「……はあっ!」




 魔力を解き放った。光の魔力の球体1つ1つから、光線が放たれる。数十の光線が目の前の空間の一点に収束。細切れになっていた魔力が再び1つになり、それが小規模な爆発を起こす。


 それは、見かけの爆発こそ小さかったが、込めた魔力は神様の魔力。ゆえに、その衝撃は少し遠くでそれを見ている俺にもびりびりと伝わってきた。ただ、範囲を絞った分周りの草木に被害はない。




『うん。【狙った場所だけを狙う光爆発】、という狙い通りにできてるね』


「まあ、何とかできるようにはなってきたな……」




 俺が最近早朝にしているのは、アイディールの魔力のコントロール訓練。




 かつて魔術師だったとはいえ、俺自身長らく魔術を使っていなかったこと。


 アイディールの魔力は、全盛期の力を失っているとはいえ規格外であること。


 場合によっては、キメラと学園内で抗戦する可能性があること。




 いろいろなことを考えた結果、まずはアイディールの魔力に慣れる必要があると判断し、数日前からこうして早朝に魔術を使うトレーニングを始めた。


 本当は、学園内の魔術訓練場を使えれば一番いいけど、常に人がいる場なので誰かに確実にこの魔力を見られてしまう。それで騒ぎになるのはどうしても避けたいので、この時間帯にこの場所で、ということだ。


 今のは今日4回目の魔術だが、このレベルを短時間で何度も使うとさすがに集中力が落ちてくる。とりあえず今日はこんなもんでいいだろう。




『授業もあるし、そろそろ戻ろうか。……しかしレクス、君は適応が早いね。まだ訓練を初めて数日だが、かなりいい感じだね』


「そうか? まあ、慣れてるっていうのが大きいかもしれない」


『慣れてる?』


「俺が使っていた魔術は、光を使うものだったんだよ」


『……なるほどね?』




 アイディールが腑に落ちたような反応をする。


 この世界に生きる生物のほとんどが、体内に魔力を貯蔵しておけるわけだけど、空気中の魔力を取り入れる際に自分の体に最も適応するように魔力の性質の変換が行われる。なので、体内に取り入れると魔力が変化するのだ。


 ゆえに、その魔力を使って発現しやすい魔術も異なる。例えばフィリアは風を使った魔術を中心に使う。これは、それが一番使いやすいからだ。


 俺がかつて魔力を体内に持っていた時は、光の魔術を発動しやすい魔力だった……ということがあって、光の魔術はいくらか慣れている。もちろん、使用する魔力は昔の比ではないが。




『ふふ、なんだか嬉しいね』


「なんだ、急に笑い出して」




 やけに上機嫌になった神様に問いかけると、彼女は俺の前に実体化する。その表情はとても晴れやかだ。




「私が君を見つけたのは偶然に過ぎない。が、君は私の魔力に強く適応している――まるで、運命じゃないか」


「……大げさだよ」


「そうかな? たとえそうだとしても、私はそれがとても喜ばしい。君との出会いが必然だったみたいじゃないか」




 そうやってこちらに笑いかけるアイディールに、なんだか照れ臭くなってしまって、思わず顔を背ける。けれど、そう言ってくれるのはそこまで嫌な気分ではなかった。




「嬉しいならそう言えばいいのに」


「うるさいな。戻るぞ。授業もあるし」




 背を向けたまま寮に戻るため歩き出す。誤魔化そうとしたところで、俺の思考はアイディールに読み取られてしまう。だから、この気持ちを隠そうとしても意味はないのだけれど、その時はそこまで頭が回らなかった。







***







 寮に戻った後、学生服に着替えて朝食をとり、そのまま学園へ。


 直前の授業がなかったので余裕をもって15分前に教室に向かった。扉を開けると、ぽつぽつと生徒が前の方に座っている(そもそもたくさんの生徒が受けている授業ではないが)。


 快適さを求めいつも通り後方の窓際の席に座る。そこで改めて教室を見渡してみて、ようやく気付いて。




「……あれ」




 フィリアがいない。


 確かこの授業はフィリアも受講しているはずだけど。




『珍しいね。彼女がこの時間に来ていないなんて』




 フィリアはいつも授業が始まるかなり前から教室にいるようにしている。その日の予定にもよるらしいが、本人曰く何もなければいつも30分前にはいつも来ているらしい。実際、毎週この授業では俺が来るといつも教室で何か本を難しそうに読んでいるのがいつもの光景なのだが。




(まあ、遅れる日もあるか)




 最初はそんなものだろうかと思った。考えすぎだろうとも思った。


 しかし、チャイムが鳴り授業が始まっても、フィリアは現れなかった。




(……風邪でもひいたか?)




 彼女の辞書にサボりという文字はないはずなので、授業に参加できない何らかの樹上があるのだろう。


 普段から張りつめて努力しているようなタイプだし、どこかで無理をして体調が崩れたのかもしれない。




『心配かい?』


(まあ、気にはなるけど……)




 本当に体調不良ならお見舞いでもしたい気持ちはあるけれど、残念ながら女子寮は男子禁制なのでそれはできないだろう。


 まあ彼女は俺と違って友達もいるだろうし、本当に体調不良なら周りに面倒を見てもらえるだろう。そこにわざわざ俺が割って入るのも余計なお世話になりそうだ。


 詳しい事情はまた本人に会った時に聞くことにしよう。そこで、風邪かなんかだとわかったら、何か差し入れでもするということで。




『ほかの人に事情を聴くのが億劫なだけだろう?』


(そういうこと言わない)




 あながち否定できないからやめて。




『気になるなら誰かに聞いてみればいいじゃないか。そうやってコミュニケーションから逃げるのは良くないよ』


(気にしてないし。逃げてないし。そもそも誰に聞くんだよ)


『それを探すのを会話の練習にしてみたらいいんじゃないかい?』


(そこまで会話できないわけじゃないっ)




 あれこれうるさいアイディールを無視して、フィリアの話は打ち切り。改めて授業に耳を傾ける。けれど、教室にいない少女のことがどうにも気になって、イマイチ教師の話に集中できなかった。







***







『本当に聞かなくていいのかい?』


(いいんだって)


『一日中気にしてたくせに』


「してないっ!」




 脳内の神様の言葉に対し思わず声が出る。廊下に小さく響いた俺の声に、周囲の学生が何人か不審そうな目線を向けてくる。俺はそれを振り切るように。そそくさとその場を離れる。


 午後の授業を終えた俺は、いつもならさっさと学園を出ていくのだけれど、今日はなんだかモヤモヤして、理由もなく学園をうろうろしていた。


 裏口から校舎の外に出て、中庭へ。色鮮やかな花の咲く花壇を横目にうろうろ歩き、適当に日陰のベンチを見つけてそこに座る。そこにたどり着くまでにもアイディールは口うるさく脳内であれこれ言ってくる。




『妙に恥ずかしがってモヤモヤするくらいならさっさと動いちゃえばいいのに』


「……恥ずかしがってない」


『恥ずかしがってるよ。君の心を見てれば分かる』




 この神様、こちらの心の中を完全に把握してるので一切の隠し事ができないのがなかなか辛い。向こうの心は分からないのに。不公平だ。




『どうしてそんなに躊躇うんだい? 別に友達のことを気にするくらい大したことじゃないだろうに』


「……友達、なあ」


『なんだい。フィリアは友達じゃないのかい? あんなに良くしてもらってるのに』


「……なんていうんだろうな」




 ぼんやりと視線を宙に向ける。別に、フィリアに悪印象があったりするわけじゃない。間違いなく彼女は、俺がこの学園で一番信頼している人だ。


 ただ、気後れっていうのはなかなか消えてはくれないのだ。


 彼女と話をするようになって、改めて彼女について考えることが増えた。そうやって考えるほど、彼女のまっすぐな意思が、いつも眩しく見える。




『彼女が遠く見えるとでも?』


「……まあ」




 やらなければいけないことができて、やるべきことが増えて、頑張ろう、と思って。


 そうして、改めてフィリアに向き合うと、彼女の姿にはどうしてもまず憧れが先行してしまう。




『……レクス、君はね――』




 アイディールが俺に何かを話そうとした、その時。




「――見つかった!?」




 そんな、大きな女子の声が聞こえてきた。


 何事かと思って、声のしたほうに視線を向ける。見ると、2人の女子生徒が緊迫した面持ちで何かを話し合っている。その息は荒く、どうやら直前まで走っていたらしい。




「ううん、どこにも……」


「ああもう、なんでいないのよ!」


「お、落ち着いて……」




 活発そうな女子が悔しそうに地団駄を踏む。それを見たもう1人のおとなしそうな女子生徒が落ち着かせようとしている。


 けれど、活発そうな女子の気持ちは収まらず、怒りを隠さないまま叫んだ。




「どこ行ったのよフィリアは! なんで昨日から女子寮に戻ってないのよ!?」




(……え?)




 その女子生徒が叫んだ言葉に反応した俺は、思わず立ち上がり、その2人に近づいていた。


 2人から怪訝そうな視線を向けられるが、かまわず食い気味に俺は問いかける。




「その話、詳しく聞かせてくれないか」







次回 5月7日か8日

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