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『この世界は、魔術師の世界である』




 どこかの国の王が、そんなことを言っていたらしい。とある本で読んだ。


 全くもって、その通りだと思った。


 人が、遠くの場所に短時間でいけるようになったのは、暗い夜を照らせるようになったのは、凶暴な魔物たちに抵抗できるようになったのは、すべて、魔術師がいたからだ。




 この世界の大気には、生物の体内には、魔力がある。


 魔力は、奇跡を起こす力。無限の可能性を秘めたエネルギー。その魔力を最も巧みに使うことができる人間は、魔力の専門家、魔術師を先導者とし文明を作ってきた。


 優れた魔術師が、人の歴史を作るのだ。


 逆に言えば、魔術師でなければ、できることは大きく限られてしまう。




 ——では、俺は?


 この体に、全く魔力を宿すことのできない俺は、何ができる?


 魔術を使うことのできない俺は、何ができる?








***








「……な~んて、ね」




 鬱屈として思考をリセットするように、俺は大きなあくびをした。


 俺は今、周囲に何もないなだらかな草原に寝転がり、ぼんやりと過ごしている。


 本日は晴天。ほどほど雲もあって熱すぎず寒すぎずの気温。なおかつそよ風も吹いていて、5月らしいとても晴れやかな日だ。


 ぽけーっとしていると、ぐぅとおなかが鳴った。のんびりしているうちにおそらく昼ぐらいの時間になったのだろう。持ってきておいた紙袋からパンを取り出して口いっぱいにほおばる。おいしい。




「は~、昼間からボケーっと過ごすのは楽しいねえ……」




 ……なんだかはたから見たら、どうしようもない不労者に見えてしまうかもしれないが、一応、こっちにも身分というものはある。


 俺の名前はレクス・フォン・アンドレアス。とある地方都市の名家出身のしがない少年。大国オリオティア最高の学校とされる、ハルモニア士官学園の2年。17歳。


 ハルモニア士官学園というのは、オリオティアに貢献する未来の役人、学者、兵士、魔術師を養成する国内最大級のエリート学校。


 けれども俺は、まあ学業はそこそこだけれど、訳ありの魔術を使えないポンコツ魔術師。なんでこんな学校にいるのかわからない、劣等生。




「……自虐がとまんねえなあ」




 あんまりに自分が情けなくて力のない笑いが止まらない。せっかくのいい天気なのに暗いことばっかり考えても仕方ない。


 どうせ暇なのだからもう1眠りしようと目を閉じかけたところで、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえた。




「レクスー! いるんでしょー!」




 声のしたほうに視線を向けると、声の主が俺を見つけたようで、呆れたような表情をしながらこっちに近づいてきた。




「やっぱり。またここで寝てたのね」




 寝転がりながら俺に声をかけてきた女子に目を向ける。ハルモニア士官学園の女子用制服に身を包み、目鼻立ちの整った少女。肩のあたりまで伸びた鮮やかな栗色の髪には、いつも愛用している髪飾りがついている。フィリア・ザックネル。それが俺を探していた彼女の名前。




「ああ。昼寝するには最高の気候だったからなぁ」


「だからって魔術学史の授業さぼるのはどうなの?」


「え? あ」




 あ、そういやこの時間授業あったな。何にも考えずにノリだけで昼寝しに来ちまった。


 フィリアがあきれ顔で俺を見下ろしている。彼女は俺とは違って魔術師としての才能もあるし、なにより勤勉で真面目でしっかり者な性格だ。故に、イマイチやる気のない俺がどうにも気に入らないようで、こんな風に叱りに来ることは少なくない。


 フィリアが何か言いたげな視線を向けてきているので、いろいろ言われる前にこちらから切り出した。




「いやいや、でも魔術学史だろ? 内容はもう大体理解してるから授業聞かなくてもセーフだって」


「本当?」


「本当だって。フィリアだって俺が勉強だけはできることは知ってるだろ?」


「それは……そうだけど……能力があるからこそ、もっとやる気をだして頑張るべきだと私は思うの。レクスだからこそ、できることがあるはずだから」




 そういって、彼女は真剣なまなざしで俺をまっすぐ見据える。その視線にこたえる言葉が俺にはなくて、空を仰いだ。


 フィリアが俺のことを気に掛けるのは多分、曲がりなりにも学業に関してそこそこの素養のある俺が、こうしてぐーたらしていることをもったいなく感じているというのもあるんだろう。誠実な彼女らしい考え方だと思う。


 でも、そのまっすぐさは、俺にはちょっと眩しすぎる。




「……そうはいってもな」




 空を見上げた。とても気持ちの良い晴れの日なのに、どうにも気分はもやもやしている。




「別に、なりたいものがあるわけでもないんだ。……頭がいいだけで、何かになれるなんて、思えない」




 俺は、魔術が使えない。厳密にいうと、「魔術を使うための魔力を体内に取り込むことができない」。


 この世界の大気には魔力があって、生物は呼吸によってそれを体内に取り入れる。その体内の魔力をコントロールすることで人の肉体だけでは本来起こせない奇跡を起こす。それが魔力。ほとんどのすべての人は、程度の差はあれど、魔術を使うことができる。


 けれども、俺は使えない。子供のころ、あることがきっかけで体内に一切魔力を取り入れることのできない体になった。だから、どれだけ魔術のことを調べようと、どれだけ高度な術式をくみ上げようと、使うことは、できない。『この世界は、魔術師の世界である』っていうのにな。




「……俺にできることなんかないって。サボってたって誰も困らないし」




 この学園には、それこそフィリアのように、多様な才能を持つ優秀で意欲的な学生が山ほどいるのだ。別に、俺1人くらいさぼっていてもそう変わるまい。




「……でも、」


「それよりいいのか? 次の授業だか演習があるんじゃないのか?」




 それでもまだ食い下がろうとするフィリアを俺はやんわり制止する。真面目な彼女のことだから、多分こういう言葉には弱い。なんとも意地の悪い対応だが、効果は十分のようで、何か言いかけていたフィリアの口が閉じた。




「……レクスはこの後何もないの?」


「ああ。もうひと眠りしていくよ」


「さぼりじゃない?」


「今度はさぼりじゃないって」


「……わかった。信じる。……最近、このあたりで変な魔物に襲われたっていう報告が増えてるらしいから、気を付けてね」


「あー、らしいな。おーけーおーけー」




 なんだか不満げな様子ではあるけれども、それ以上は何も言わずに俺に背を向ける。そうして数歩歩いた後、彼女は右手を右下に小さくかざした。


 その時、空気がピリピリと震えるような感覚がした。フィリアの体内から魔力があふれ出ているのを感じる。魔術だ。


 かざした手のひらから細かな幾何学模様のある小さな円の紋章が浮かび上がる。魔術を発動するときに浮かび上がる魔術陣。


 彼女の手の平に空気が渦巻く。フィリアが得意とする、風の魔法だ。高密度に集まった風力が、フィリアを包み込む。そして、次の瞬間風に運ばれるようにフィリアはふっと浮かび上がり、空中を滑るように移動していった。風の力で自分を運んで行ったのだ。


 すぐに彼女は見えなくなった。再び、穏やかな草原に俺一人になる。




「……さっすがだね~」




 無駄なしでコンパクト、かつ、繊細な魔力操作もけろっとした顔でこなしている。あれが、才ある魔術師の魔術だ。


 今の俺に、ないもの。




「……寝るか~」




 変な考えが頭に中に浮かんできそうになったので、一度全部忘れるために目を閉じた。うじうじ考え込んだところで、何も変わりはしないのだ。だったら寝て全部流してしまえばいい。


 もやもやしたことを考えないように睡眠欲求に自分の心を預けようとして――そのとき、ぞわり、と、何かの気配を感じた。




「……!?」




 空気が激しく揺れている気がする。肌にびりびりと痛いくらいに何かの圧が来る。全身が寒気だっているのを感じた。これは――魔力? だが、だとしたら先ほどのフィリアの魔力と比べものならないほど強い魔力。なんだ、今、何が起きている?


 漠然とした恐怖を感じながら、閉じていた目をゆっくり光る。最初に飛び込んできたのは、光だ。




「うっ、まぶし……!?」




 対峙しているとその力の圧に平伏したくなるような、神々しさすら感じるほどの光だ。


 まともに前を向けないが、何とか掌で遮りながら必死に前を見据える。俺の正面から光が広がっている。その光の先に、なんらかの気配を感じた。何もなかったはずこの草原に今、何かがいる。


 いったい、これはなんだ。まさか、フィリアが言っていた魔物?


 パニックに陥りそうになりながら必死に状況を整理しようとする。その時だった。




――――なあ、君




「……声?」




 人の声がした。光の中からだ。


 荘厳で、絶対的な魔力の光の中から、その雰囲気にとても似つかわしくないような、慣れなれなしくフランクで、どこかかわいらしい声が聞こえた。




――――そこの君だよ




「俺を……呼んでいるのか?」




 何かが、俺を呼んでいる。


 気づくと、光の中にシルエットが浮かび上がっていた。


 人型のシルエット。小さく、曲線で構成されているその姿は――可憐な少女のようだ。


 だがあまりにも光が強すぎて、顔までは確認することができない。




「お前は、なんだ」




 目の前の何かに問いかける。すると、くすっと笑い声が返ってくる。




――――私は、神様




「神……?」




――――世界を救い、平穏をもたらすための存在。それが、私


――――ねえ、君は、世界に迫っている危機を知っているかい?




 こいつは、何を言っているんだ?


 もしかすると、自分は想像しているよりずっととんでもないものと対峙しているんだろうか。


 魔力の波に耐えながら、なんとか目の前の存在の言葉に耳を傾け続ける。




――――この世界は、『向こう』の世界に消されかかっている


――――侵攻は始まってしまった。もう、時間はない


――――だから、救わなくちゃいけない




「消されかかっているだって……?」




――――ねえ、歪な魔術師さん




――――私と一緒に神になって、世界を救ってくれないかい?




「……なんだそれ」




 さっぱりわからない。俺は今、何と対峙しているのか。俺は今何を問われいるのか。理解を超越した現象だ。


 ただ、俺が今、何かやばいものと対峙しているのは確かだ。


 じゃあ、取る手段は一つだ。




「そんなもん、興味ないね!」




 俺は、転がるような勢いで振り返って、光から離れるようにその場から駆け出した。


 魔力にさらされ続けた体はガタガタでうまく走ることはできなかったが、それでもなんとか前に進む。これ以上、訳の分からない状況に巻き込まれてたまるかってんだ。




――――そっちは危ないよ


――――――『奴ら』がくる




 光の中から再び声がした。一瞬足を止めそうになったが、かまわない。向こうが追ってくるわけでもないし、このまま学校まで戻ってしまえと思い再び一歩踏み出して、そして。




 ——世界が、割れた。




 最初は、見間違いかとも思った。


 目の前の、空間にヒビが入ってるなんて、そんなことあるわけがないだろうと、思っていた。けれど、最初は見えるか見えないくらいだったヒビが、パキリと音が鳴るたびに広がっていく。そして、その中から何かがあふれだしてくる。


 その何かを感じた瞬間、俺は足を止めた。




 恐怖を、感じた。




 あふれだしてくるのは魔力。先ほどの神々しい光の魔力とは違う。これは、悪意だ。


 破壊衝動とか、支配欲とか、そういう、どす黒い感情を混ぜ合わせて作られた、ドロドロの溶岩みたいな、黒い魔力。


 死を、感じる。漠然と、しかし確かに、予感があった。


 この日々の向こうからやってくる何かは、俺を殺すことのできるものだ。


 気づけばヒビは、俺の体より一回り大きくなっている。そして、やがて空間が砕け散った。


 空間の裂け目の向こう側に見える暗い世界から、何かが現れた。




「……なんだ、こいつは……」




 現れたのは、人型の異形。ヘドロのような黒い物体を全身に塗りたくったみたいな体表。角を生やし、顔はやけどでただれた皮膚のようにドロドロだ。そして、暴力的な魔力をその身に宿っている。


 あえて言うならば、魔物。だが、俺の知っている魔物とはかけ離れている。


 そもそも魔物というのは、生物が体内に宿している魔力に何らかの異常が起きることで、暴走が起り異常進化して生まれる生物なのだ。ゆえに、どれだけ醜かろうとその見た目に元の生物の名残がある。


 だが、目の前の異形にそんな要素はない。なにより、ここまでまがまがしい魔力を、俺は今までの人生で見たことがない。




「……ァ……」


「っ!?」




 異形が、こちらににじり寄ってくる。俺は動けない。情けないことに、恐怖で足がすくんでしまっている。


 なにより、魔術の使えない俺に、この異形に抵抗できる手段は、ない。


 ゆえに、この後訪れる結末は――








――――――助けてあげるよ、人間




 すべてをあきらめた、その時、再び光の中から声を聴いた。


 それにすがるように、振り返る。




――――人間は、私が守るべきもの


――――君は私が責任をもって守ろう




――――――だから、君の体を貸してくれ




 次の瞬間、光が、俺の体に流れ込んできた。




「な――!?」




 膨大な魔力が俺の体の中に入ってくる。体が焼けるように熱い。俺の体のありとあらゆる器官に、荘厳な魔力が浸透していく。そして、光の中から聞こえていた声が、やがて、俺の体の中から聞こえるようになってくる。


 俺の心の中に、光の主が、入ってきている。




『――大量の魔力を宿す器を持ちながら、魔力を宿すことのできない、歪な魔術師さん』




 不意に、俺の右腕が動いた。俺が動かしたんじゃない。俺の中に入った「こいつ」が、俺の体を操った。自分の意思で自分の体が動かせない。




『私の器として、少しの間、君の体をつかわせてもらうよ』




 右腕が、目の前の異形に向かってかざされる。自分の体のことなのに、どこか他人のことのように俺はそれを見ている。


 そして、手のひらから、魔術陣が浮かび上がる。


 陣は徐々に大きくなり、やがてそれは、俺の体をすっぽり覆ってしまいそうな大きさになる。なんて複雑で、高度な魔術陣だろう。


 体の中に染み渡った魔力が、全身を駆け巡り手のひらに集まっていくのを感じる。魔力の高鳴りが、なんだか、懐かしく感じられた。




『人間に害をなす強欲な怪物よ。————消滅せよ』




 その言葉とともに、陣より魔術が放たれる。


 濃縮された魔力からできた光が弾丸となり、目にもとまらぬ速度で異形に突き刺さる。


 次の瞬間、異形の体がはじけ飛んだ。


 漆黒の魔力がはじけ飛び、ヒビの向こうに飛散していく。まがまがしい気配が消えていくのを感じた。


 俺の中にいる「こいつ」が、右手をスナップする。光の弾丸がやがて光の渦となり、裂け目を覆うように吹きすさぶ。


やがて、光の渦が消えると、空間にできた裂け目は消え、何もなかったかのような静寂が訪れた。




『ありがとう。歪な魔術師』




 助かった? そう思った瞬間、俺は、膝から崩れ落ちた。体が、おかしいくらい疲労していた。




『ああ、私が無理をさせたから、限界が来たんだろう』


「お前、いったい、何をした……?」




 俺は、俺の中の存在に問いかける。


 「こいつ」は、さっきと変わらない、親しい友人に軽口を飛ばすような口調で答える。




『世界を救った、って感じかな』




 それじゃ説明になってない。叫ぼうとしたが、その前に俺は草原に身を投げ出した。体に限界が来ていた。




『ああ、今は無理しないほうがいい。君の疑問には、後で必ず答えよう。長い付き合いになりそうだしね』




「…………レクスー…………!? ……いるの……!?」




『——迎えも来たようだしね。少し寝ているといい』




 遠くからフィリアの声がする。俺を探しに来たのだろうか?


 誰かがこちらに駆け寄ってくる足音と、体の中を駆け巡る魔力の鼓動を感じながら、俺はやがて意識を手放した。








***








 目を覚ますと、見慣れた天井だった。


 体の節々に痛みを感じながら、ゆっくり体を起こす。ここは、ハルモニア士官学園の学生寮。俺が今住んでいる部屋だ。


 ——夢でも見ていたのだろうか?


 一瞬、そうも考えた。しかし、すぐにそうではないことに気付く。


 体の中を循環するエネルギーを感じる。魔力だ。先ほど俺の中に流れ込んできた魔力が、まだ、俺の中にある。




『やあ、目が覚めた?』


「! あんた!」




 再び頭の中から声がする。この訳の分からない存在もまだ俺の中にいるらしい。




「おい、疑問に答えてくれるんだろ」




 さっき、そういっていたことは忘れてないぞ。




『——そんなに焦らせないでくれよ』




 やれやれとでも言いたげにそう言うと、俺の中からいくらかの魔力が放出されていった。空気中にあふれだした魔力はやがて1つの像となり、少女の姿となった。


 小柄でかわいらしい幼い顔つきをしていて、目を見張るように紅い髪が上半身と同じくらいの長さで無造作に垂れている。見たことないほどきめ細やかで上質そうな美しい衣を身にまといながらも、それに似合わぬだらけた笑みでこちらを見据えている。




「人間の好みそうな姿にしてみた。どうだ? 可愛いだろう」


「あんたは、いったい何者だ」


「無視か。まあ、先にそっちの疑問を晴らすのが先か……仕方ない」




 すると、少女の体がふわりと浮き上がる。




「私の名前は、アイディール。この世界を守る、神さ」




 優雅にプカプカ浮かびながら、あっけらかんと言い放つ。




「俺はあんたみたいな神様知らない」


「みたいだね。どうも、私の存在は現在までしっかり伝承されてないらしい」




 アイディールは残念そうに肩を落とした。


 あまりにものんきにふるまう目の前の自称神様に、もどかしさが積もっていく。




「あんた、俺に何をしたんだ」


「せめて名前で呼んでくれよ」


「じゃあ、アイディール。俺に何をした」


「体を借りた」


「……なんで、そんなことを?」




 すると、アイディールの情けない顔立ちが急に真剣な顔つきとなった。どこかを思い返すように、窓の外に視線を向ける。




「この世界は、危機に瀕している」


「危機?」


「『境界』……そう呼ばれる世界からくる異形、『キメラ』が、この世界を我が物にしようと企んでいる」


「キメラ……まさか、さっきの魔物か?」




 彼女は静かに首肯する。




「キメラからこの世界を守る。それが私の使命。けれど――人々から忘れられ、信仰を失った私は、彼らをすべて滅ぼすにはあまりにも無力すぎる。故に――私は、君を探していた」




 アイディールが、俺をまっすぐ見つめる。その表情に、先ほどの軽薄な態度はみられない。




「……俺を?」


「たぐいまれなる魔力受容器――キャパシティを持ちながら体内に魔力をため込むことのできないがゆえ魔術を使えない、歪な魔術師。——君こそ、私の器にふさわしい」


「器……?」




 困惑する俺に、アイディールは緩やかに近づき、手を伸ばす。




「少年よ、私と契約し、私とともに神となれ。そしてどうか、この世界を救ってくれ」




 そうして、手が差し出される。


 ――世界を、救う? 俺が?


 あまりにも壮大で、あまりにも途方もない言葉。


 自分の世界の遥か外側の存在からの誘いに、俺はただ、困惑することしかできず、差し出された手をじっと見つめ続けていた――。








***








 この世界は、魔術師の世界である。


 ゆえに、魔術を失った俺にできることなど何もないと、思っていた。




 ――しかし、もしも、そんな俺にしかできないことがあるとしたら?




 これは、魔術の使えないポンコツ魔術師である俺が、人に忘れ去られた神様と出会い――そして、神になって世界を救う。


 そんな、俺の物語だ。







次回、4/26日投稿

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