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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第九章 Essential existence
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帰還

 「葉月が……死んだ?」

 確かに、この“儀式”のためには彼の心臓から直接血を飲まねばならず、あの時、葉月は自ら心臓に刃を突き立てた。

 それは人間であれば即死確実な怪我。半分は人間の血を引く葉月にとっても、かなりのリスクを伴う行為であった。

 当然、互いにそれは承知しており、それなりの覚悟を決めていたはずだった。

 

 ……けれど。

 「でも、あの時……。僕は苦痛ですぐ意識を失ってしまったけれど、少なくともあの時の葉月は死にそうには見えなかった」

 確かに表情には苦痛が滲んでいたし、顔色だって悪かった。

 だが、そんな程度で吸血鬼は死なない。――死ねない。たとえ半吸血鬼でも、だ。


 だが、ふと白龍が口にした言葉が耳奥で再生される。

 『……あれの、最期の望みでもある』

 潮が白龍に名乗りを上げ、力を願った時に、白龍が呟いた言葉。


 「……いつ、どうして?」

 儀式におけるリスクはあった。……けれど、それ以外で葉月が命を失う理由が、朔海には思い当たらなかった。

 「……あの日。お前さんにその力を譲ったその次の日だ。――葉月殿の家に、葉月殿の父君が押し入った」

 その、ファティマーの答えが一瞬理解できずに、朔海は固まった。

 「紅狼が……? 何故……?」

 まさにそんな事態にならないようにと考え、結界を張ったはずなのに。

 「唯一、塞いでいなかった天界から人間界への“扉”を使ったようだ。――葉月殿の一族は、フェンリルの血を引いているのだと、その紅狼自身が言っていた。フェンリルは、北欧神話の神々に属するもの。嫌われ者だが、出入りは可能……。危険な道だが、通れない道ではないのだと」

 

 暗く寒い地下室で、ファティマーの話を聞きながら、朔海は足腰からどんどん力が抜け、背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。

 「……そ、れで……咲月、は?」

 紅狼は、半吸血鬼である葉月が、単身で挑んでかなう相手ではない。狛の助力があったとて、勝算など一桁にも満たないだろう。

 「まさか……」

 紅狼の狙いは間違いなく葉月の持つ力、朔海が手にしたこの力だ。

 ……だが、咲月は。

 彼女自身は、紅狼の目にはただの美味そうな餌にしか映らないだろう。だが、現状では彼女を守る葉月にとって有効な取引材料にもなりうる彼女を、紅狼が放っておくはずがない。

 葉月という守護者が倒れれば、ただの人間の少女でしかない咲月に、紅狼に対する手段など、葉月以上に有り得ない。

 最悪の答えに怯えながら、朔海は尋ねた。

 「……彼女は、無事だ。見事な戦いっぷりだったよ」

 それまで、敢えて無表情を取り繕っていたファティマーが、その時だけは口元に僅かな笑みを浮かべた。


 「『きちんと基礎を学んで正しい力の使い方を覚えたら……私の力なんか子どものままごと遊びにしか見えなくなる』、前にそう言ったけど。私はどうやらあの娘の力量を随分見誤っていたらしい。――あの娘、魔術の知識などほとんど無いにもかかわらず、ルーン文字を利用した、単純な魔術だけで、あれを退けたんだよ。……紅狼自身、天界を渡ってきて常に比べて弱っていた上、葉月殿が開放した竜の魔力の毒にあてられた状態ではあったけれど……。あれは、本気で魔術を学んだなら、きっと私の力など赤子の手遊びにしか見えなくなるに違いない」


 ルーン文字で、魔術。

 「……お前が結界を張る様子を、あの娘は見ていただろう? それで咄嗟に思いつたらしい。あの娘は人間で、まだ何の精霊や妖とも契約していない彼女に使える魔力はない……はずだったんだがね。――葉月殿が竜を開放したせいで、あの部屋は毒素が充満していたから」

 毒、とは即ち魔力であるから……。

 「それを……流用した?」

 朔海は驚く。なんの契約もなしに他者の魔力を借りるなど、並大抵の術者にできる事ではない。


 「……だが、間に合わなかった。……葉月殿が息を引き取る前に、紅狼を追い返すことには成功したが……竜の毒に蝕まれた彼を救うには、間に合わなかった。…・…いや、葉月殿があの娘の血を口にしていたなら、もしかするとまだ間に合ったやもしれん。だが、彼はそれを頑なに拒否して……逝った。あの娘の血は、お前のものだからと、そう言って」

 言いながら、ファティマーは水晶玉をローブの懐から取り出し、朔海の前に置いた。

 ぶつぶつと何か呪文を唱え、ファティマーがそれに手をかざすと、その場面が録画されたTV映像のように映し出される。


 さらさらと、溶けるように灰へ姿を変える、葉月。その遺灰を泣きながら、指に血を滲ませながらかき集める咲月。

 「……僕は……また、守れなかったのか……?」

 その様子を呆然と眺めながら、朔海は水晶玉を床に叩きつけて割ってしまいたい衝動を必死に抑えつける。

 

 “――落ち着け、よく見ろ。……まだ、完全に逝っちまったわけじゃない”

 不意に、頭の中に声が響いた。

 「……潮、か?」

 その声には大いに聞き覚えがあった。思わず周囲を見回すと、ブレスレットのムーンストーンの上に、先ほど見た拳大の頭の二頭身サイズの身体をさらに縮め、ピンポン玉二つ分サイズの彼が、やっぱり尊大に腕組みしたまま水晶玉を示した。

 「何で、そのサイズ? しかも……何か透けてない?」

 まるで、ホログラムで造られた立体映像のような、朧な姿。それを指摘すると、潮はたちまち不機嫌そうな顔になり、ジトリと朔海を睨み上げる。

 「仕方ないだろ、まだ現実世界でちゃんと実体化できるまでには育ってないんだ。……さっきは、精神世界の中だったから、好きに動けたけど、今はまだこのムーンストーンからは離れられねえんだよ!」

 プイッと悔しそうにそっぽを向きながらも、潮はもう一度朔海を促した。

 「いいから、見ろ。姫様が手にした、もう一つの腕輪の石を」

 朔海と潮のやりとりを、目を丸くしてみていたファティマーが、興味深そうに潮を見下ろした。

 「もしやそれが、ムーンストーンに宿っていた精霊なのかい?」

 「そうだ! 聞いて驚け! オレ様は起源をドリアードに由来する大精霊、ローレルによって生み出された種より芽吹きし月の石の精霊、潮様だ!」

 再び胸を張り、腕組みしながら精一杯の威厳を演出しながら名乗りを上げた、小さな精霊に、ファティマーはさらなる驚きの目を向けた。


 「……どうやら、そうらしいんだ。どうも、魔を狩る事を生業とする一族を守護する精霊の仔らしい。――その一族の誰かが咲月の片親で、……かつてファティマーの一族から件の娘さんを攫った一味らしい」

 「ローレルが守護し、その仔を守護精霊に魔を狩る一族……?」

 「心当たりはあるか、ファティマー?」

 尋ねる朔海に、ファティマーは静かに首を横に降った。

 「今の今で思いつく心当たりはないが……。しかし、一族の他の者ならもしや知っておるかもしれんし、文献に記述が残されているかもしれん。それだけの手がかりがあれば、十分だ。我が一族の名に懸けて探し出す。……だから、この件は私に預けて、お前は早くあの娘のところへ行っておやり」

 ファティマーは、水晶玉を懐へ戻し、ゆっくりと立ち上がる。

 「あの日から、今日でまるまる三月半もの時間が経っているのだと、お前は分かっているのか?」

 朔海を見下ろし、静かに尋ねたファティマーの言葉に、朔海は腰を浮かせた。

 「み、三月半だって!? じゃ、じゃあ今は……」

 「あの娘が暮らす地方の暦で言えば、そろそろ十月になろうかという時期だな」

 朔海は一気に青ざめ、勢いよく立ち上がった。

 「……ごめん、ファティマー」


 自分の配慮ミスで彼女を危険に晒しただけでなく、まさか、三月以上も、葉月を失い傷ついているであろう彼女を放置していただなんて。

 自分ばっかり咲月に助けられ、自分は肝心な時に彼女の傍に居てやることさえできなかっただなんて。

 ――せめて、一刻も早く彼女のもとへ戻らなければ。


 逸る気持ちを抑え、朔海はファティマーを見る。

 「……色々済んだら、必ずまた来る。その時に、今回のことも含めて、必ず穴埋めするから」

 本当なら、この場を用意し、万全の管理をしてくれた彼女への礼や、色々と歯がゆい思いをさせただろう事を謝罪し、それなりの返礼をするべきなのは分かっている。

 だから、朔海はファティマーに深々と頭を下げた。

 「ありがとう。……ごめん。それと……よろしくお願いします」

 今回の礼と、無礼を働く謝罪と、そして“調べ物”を頼む旨を伝え、朔海は顔を上げた。

 「ああ、今回のことはしっかりツケといてやるから。早く、行ってやりな」

 ファティマーは檻の出口を朔海に譲り、仄かに笑みを浮かべた。


 朔海は、即座に檻から出ると、そのまま地下室の扉へ走る。階段を駆け上がり、店の扉を押し明け、ドアベルの音を後ろに聞き流しながら、翼を広げて、薄もやの広がる次元の狭間の空へ羽ばたいた。

 ――向かうは、人間界、豊生神宮。


 もしも不測の事態に陥ったら、そこへ助けを求めるよう、手配してあったはずだから、彼女はきっとそこに居るはずだ。

 もしかしたら、長いこと放置し続けた朔海に、咲月は愛想を尽かしてしまっているかもしれない。

 もしかしたら、居心地のいいあの場所に馴染み、朔海と歩む過酷な未来を拒むかもしれない。


 朔海の顔を見て、咲月は一体どんな反応をするだろう。

 不安だらけの心を抱えながら、朔海は次元を飛び越え、人間界へ降り立った。

 

 豊生神宮、そう書かれた石碑の立つ、参道の登山道の前で、朔海はその里山を見上げる。

 そして、翼をしまうとゆっくりと石段を登り始めた。

 季節柄、少しずつ日は短くなっているのだろうが……太陽は大部分を山の向こうへ隠れ、東の空には星がぽつぽつ浮かび始めているからには、もういい時間のはず。

 まずは当代巫女姫や、晃希、稲穂様に会い、礼を含め挨拶をするべきだろうが……、果たして彼らはまだ社殿に居るだろうか?


 もしも、奥の自宅へ戻ってしまっているとなると、流石に気が引けてしまう。

 拝殿より奥は、関係者以外立入禁止区域だ。

 こんな時間に突然訪ねて行くにはあまり相応しくない。


 だが、朔海が二つ目の鳥居をくぐると、幸い社務所にはまだ明かりが灯っていた。

 他に、参拝客の姿はない。

 朔海は、こちらに気づいて社務所の窓から顔を出した巫女姫、竜姫に向けて、丁寧に頭を下げた。


 「先触れもないまま突然夜分に押しかけ、申し訳ありません」

 その声を聞いた彼女の顔は、明らかにホッと安堵の表情を浮かべ、そして頭を左右に降った。

 「そんなの、気にしないで。……こちらとしては、ようやく待ち人来たり、ってところなんだから」

 彼女は社務所から出てくると、朔海の前に立ち、じっと観察するように上から下までとっくりと眺め回す。

 「本当に、ずっと待っていたのよ、咲月ちゃん」

 「済みません。……思っていた以上に、時間がかかってしまいました。その間、彼女を保護してくださっていた事、深く感謝いたします」

 

 だが、そう言ってもう一度頭を下げた朔海に、竜姫は歯切れ悪く言った。

 「あのね、今、彼女はここには居ないの」

 「――え?」

 「彼女は今、ここに居るわ」

 そう言って、竜姫はメモ用紙にすらすらと住所と簡易な地図を書いて、朔海に渡した。

 それを見下ろし、書かれた住所の町名に怪訝な顔をしながら尋ねるように地名を読んだ。


 「――山中湖?」

 いったいどうして、そんなところに?

 「……私が、ついていこうか? って聞いたんだけど。笑って断られちゃったのよ。……だから、お願い。行ってあげて」

 当代の巫女姫で、この神社の一の神でもある彼女が、朔海に懇願の眼差しを向けた。

 「あの子を、本当の意味で助けてあげられるのはきっと、あなただけなんだと思うから」


 「だから、行ってあげて」

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