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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第八章 Beginning of trial
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決着

 いったい、あれからどのくらいの時間が経ったのだろう。

 白い薄もやに覆われたこの場所では、一切時間を知る術がない。


 ほんの数時間しか経っていないような気がする一方で、気の焦りは消えない。

 彼女の事は葉月に頼んできたし、結界もある。――だから、大丈夫なはずだ。

 そうと、頭ではわかっていても、……何故だろう、心をつつく焦燥感は消えない。


 朔海は、ありったけの知識と技術、力を紡ぎ合わせ、もう幾度目とも分からぬ術を竜王へ向けて放つ。

 迎え撃つ竜王の方も、既にぼろぼろだ。身体のあちこちに細かな傷をいくつも拵え、鱗を赤黒い血で汚している。

 ――竜の鱗は頑丈で、滅多なことでは傷つかない。丈夫すぎる鎧を貫き、ダメージを与えるには尋常ではない労力が要る。

 そんな場合はどうするか。――外がいくら硬くとも、内は……違うはず。むしろだからこそ、硬い外装を纏うのだから。


 朔海はそれを踏まえ、朔海は己の血で、普段使いの使い魔コウモリの十分の一サイズの使い魔を作り出し、大量に放った。

 朔海の血――朔海の魔力そのもので生み出されたそれは、傷から竜王の体内に入り込み、中から攻撃を加える。

 何より、朔海の血――悪魔の魔力を持つそれは毒素だ。

 なんの抵抗力も持たない人間界の生き物に比べれば、魔界の魔獣の王たる竜の一族、その一種の王たる竜王がそれによって被るダメージなどたかが知れている。

 だがそれも、“塵も積もれば”で、状況も変わってくる。


 少しずつ、少しずつ溜め込まれたダメージに、竜王は苦しげな吐息を漏らすようになった。

 「……あと、少し」

 あと、もう少しであの竜を射落し、地面に張り付けることができる。そうなれば、後は直接食らいついて食い尽くしてやればいい。


 朔海は、あちこちにできた癒え切らない火傷でひりつく肌をさすりながら、上を見上げる。

 体躯の差で、小回りが利く分、あの鋭い鉤爪での攻撃を避けるのはそう難しいことではないが、あの口から吐き出される炎はやはり厄介だ。


 巨大な火の玉を避けきるのは、一つでも難しい。例え直撃は避けても、火で熱せられた周りの空気に触れるだけで、朔海の柔な肌は火傷を負う。

 ましてや連射などされればたまったものではない。

 しかも火炎放射器の如く直線的な炎を連続的に吐き出し、180度、首の回る限りの範囲を焼き尽くす技まで持っている。


 近距離での肉弾戦では到底かなわない故に、魔術での遠距離戦を挑んでいる訳だが、あちらも実に有効な遠距離技を有しており、思った以上に戦況は苦しい。

 決して安楽な戦いを思い、楽観視していた訳ではないが、思わず額にかいた冷や汗を拭うシーンは度々訪れている。


 ――早く、あれを倒して帰らなければ。きっと彼女を心配させているだろう。

 朔海に血を渡した葉月も、数日はぼろぼろの様相のままなはずだ。それを見た咲月も、きっとさぞや気を揉んでいるに違いない。

 自分ばかりが彼女に助けられているのでは、格好がつかない。余裕を持って、彼女を迎えられるように。

 朔海は、自らが持てる全ての知識と技術と魔力を、潮から渡される新しい力と合わせ、全力で目の前の戦いに挑む。


 一匹、また一匹。竜王の体内に潜り込ませた使い魔が朔海の元へ戻って来る。竜王の血を思う存分吸って行きより大きくなった体躯を、朔海は自らの体内へ取り込む。

 そうしてまた、竜王の力が朔海の力になる。

 少しずつ、少しずつ、そうして互いの立場は逆転しつつあった。


 「よしっ、あともう少しだ、その調子で踏ん張れ!」

 朔海の肩に乗る小さな精霊が高い声を張る。

 あれからずっと、その定位置に立ったままの潮も、炎の余波に炙られ、当初と比べ随分と全身が煤けてしまって、せっかくの綺麗な銀髪も台無しになってしまっている。

 が、彼の目はまだ爛々と輝き、牙をのぞかせながら笑うその顔はまだまだ元気一杯だ。


 少しでも朔海の気持ちが挫けそうになるたび、彼は朔海の髪を勢いよく引っ張っては声を荒げる。

 「諦めるな、諦めたらそこで終わりなんだぞ!」

 実に頼もしいパートナーである。


 小さいものや動物が好きらしい咲月なら、きっと彼を見た瞬間に目を輝かせるのに違いない。

 その光景が、容易く脳裏に浮かび、朔海は苦笑を浮かべた。


 ふらりと、竜王の両翼が僅かに均衡を崩し、身体が少しばかり傾いだ隙を見逃さず、朔海は巨大な氷の槍を竜王の真上から落とし、翼を差し貫いた。

 鱗で覆われているとはいえ、他に比べれば薄い、既に傷ついたそれは、力を増した朔海の攻撃を防ぎきれず、氷の刺が両翼に刺さった。


 ――グオォォォ、と、竜王が苦痛と怒りの唸りを上げ、それは衝撃波のように空気を揺さぶった。

 朔海の体も、それに煽られ僅かに吹き飛ばされるも、朔海は即座に目を庇っていた腕を下ろし、すぐさま次の攻撃を準備する。

 両翼を貫く氷に蔓を巻きつけ、地上へ引き下ろす。


 竜王はそれを引きちぎろうと暴れるが、大分体力を削られた今となっては、なかなか上手くいかない。

 ならばと、炎を吐こうと口を開けた瞬間を狙い、朔海はその口めがけてウニの殻を巨大化させたようなトゲトゲした塊を投げつける。

 

 柔らかい口内を刺で傷つけられ、いくつも空いた穴から血が漏れ出す。

 竜王は再び苦悶の叫びを上げた。


 吐き出そうともがくが、鋭い牙にトゲトゲが挟まり、上手く吐き出すことができずに、竜王は首を振ってさらにもがく。

 だが、その体の動きを、傷を負い、刺に貫かれた翼が支えきれず、竜王は体の均衡を大きく崩した。

 腹を上にした竜王の上に、朔海はさらにもう一本、氷の槍を落とした。

 背中のそれよりは柔らかい腹を目がけて、氷の槍を突き刺す。


 竜王は、もう一度大きく吠え、そのまま抗えずに墜落していく。

 ――それはまるで、先ほどの朔海のように。

 自らの炎の熱で沸き立った湖へともの凄い勢いで落下していく。


 朔海は、湖面に巨大な魔法陣を展開させた。

 魔法陣で巨大な竜王の体躯を受け止め、そのまま絡め取るように檻を形成し、閉じ込める。

 当然、竜王は怒りの唸りを上げたが、既にその声に力はない。


 朔海は、静かに地面に降り立ち、怒りに燃える竜王の目をまっすぐ見据えた。

 目玉だけで、朔海の頭と同等ほどの大きさのあるそれを睨みながら、朔海は静かに告げる。


 「――チェック・メイトだ」

 竜王は、それを血の滴ったままの口の端を持ち上げて笑い、唸る。

 「……ふん。こんなひょろっちい子どもにしてやられるとはな。我もこの数千年で相当に鈍っちまったらしい」

 それでも、諦め悪く身体を痙攣させながら起き上がろうとする。

 「往生際悪いぜ。まあ、どうあがこうと……これで、終わりだ」

 潮が、朔海の方に乗ったまま、再びヤラのルーンを描いた。


 身動きできない竜王の魔力を、ルーンが一気に吸い上げ、それを受け取った潮が再び仄かな光を放つ。

 「けっ、……仕方ねぇ、今回は負けを認めてやる。……けど、忘れるなよ、我は奴の血を継ぐ全ての吸血鬼の内に存在している。我が消えても、我はまだ滅びはせぬ。……次は、こうはいかんぞ」

 ほろほろと、その輪郭を崩しながら、竜王はそれでも皮肉な笑みを浮かべたまま、そう強気に言い放った。


 ふっと、檻ごとその姿が消え、静寂が戻る。朔海はホッと安堵のため息を長々と吐き出しながら、周囲を見回した。

 「……あれ? 青彦と紅姫、は?」

 いつしか、戦いに集中するあまり頭から消えていた彼らの存在を思い出し、探すがその姿がどこにも見当たらない。

 「竜王を倒したのは良いけど……どうすればここから出られるんだ?」


 一応、試しに人間界と次元の狭間や魔界を行き来する時の要領で戻れないかと試してみるが、上手くいかない。

 「え……、あれ……?」

 朔海は徐々に冷たい汗をそこここにかんじながら、思案する。

 せっかく竜王を倒したのに、この世界に閉じ込められたままでは咲月のもとへ帰れないではないか。


 「ど、どうすれば戻れるのか、君、分かる?」

 あわあわと潮に尋ねる彼に、潮は胡乱な目を向けたあとで、先ほどの朔海さながらに、大きく長いため息を吐いた。

 「……なんで、こんなのがオレ様の主人なんだ」

 半眼のまま、潮はぴしりと人差し指を朔海の目の前に突き出し、叱り飛ばす。

 「落ち着け。……方法なら、オレ様が知ってる。全く、それの何処に余裕を感じればいいんだ、姫様は?」

 「うっ……、す、すみません……」

 朔海は再びこの小さな精霊に謝りながら呻いた。


 「目を閉じて、少しの間じっとしてろ」

 潮はそう命じると、突き出した人差し指で軽く朔海の額をつついた。

 瞼を閉じて暗転した視界の中、その瞬間、身体の中から魂が弾き出され、何もない奈落の底へ突き落とされたような感覚が朔海を襲った。

 「――っ、!」

 思わず息を呑む。かろうじて、叫び声を上げるのだけは堪えたが、ぐるぐると目が回る気持ち悪さを感じる。


 不意に、鼓膜を刺激していた音が、ふっとチャンネルを切り替えたように、それまでと全く違った音に切り替わる。

 あまりに静かすぎ、潮と自らの声以外に何の音も無かったはずのそれが、コツコツと、閉じた空間に響いて木霊する靴音に取って代わる。

 暖かくも寒くもない、ぼんやりとしていた空気が、それと同じタイミングで、冷たく硬い床と、冷えた空気の感触へと代わる。

 浮力のある水から上がった直後のように、異様に身体が重たいような感覚。


 朔海は、そろそろと閉じていた瞼を開け、ぽつんと頼りない明かりがひとつあるきりの真っ暗な空間をぼんやりと眺める。

 ――その光景に、見覚えがある。

 ここは、ファティマーの店の地下だ。朔海を閉じ込める檻と、朔海を拘束する手足の枷は、見事に役目を果たしたらしく、大きな破損は見られない。

 ……が、やはり予想通り、床に敷かれていた敷物は見るも無残なほどにぼろぼろになっていた。


 「……ファティマー」

 きっとどこからか、あの水晶玉で覗いているに違いない魔女の名を、朔海は静かに呼んだ。

 次の瞬間、キィィィィ、と軋んだ音を立てて扉が開き、彼女が入ってきた。

 「そうか。……力を、手に入れたんだね」

 彼女は、檻の鍵に手を触れ、ガシャンと重たい音を立てる錠を外し、檻の扉を開いた。

 「まずは、おめでとう、と言っておこう」

 とても、そうとは思っていないような、抑揚のない声音で、彼女はそう呟いた。

 ファティマーは横たわる朔海の隣にしゃがみ、手足の枷も外す。

 「……せっかく力を手に入れて喜んでいるだろう所を悪いんだがね」


 彼女は、疲れたようにぽそぽそと呟く。

 普段の彼女らしくない喋り口に、朔海は眉をひそめた。

 「――悪い知らせがある」

 そして、ファティマーは大きく息を吸い込み、一息にそれを告げた。


 「――葉月殿が、身罷られた」

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