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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第八章 Beginning of trial
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晃希の魔術講座

 パサリ、という軽い羽音と共に漆黒の美しい翼が翻り、夏の色を帯びた眩い日差しを浴びた艶やかな黒い羽が、青い空と真っ白な夏の雲へと切り込んでいく。

 以前見た、朔海の背のコウモリの皮膜のようなそれとは明らかに違う、鳥の翼のような――清士の背にあった天使の羽を、黒く染めたようなそれには、思わず目を惹かれずにはいられない。

 彼は、背の高い笹竹の上の方まで舞い上がると、その幹の部分をしっかり掴んで支え、そして叫んだ。

 「よーし、いいぞー」

 「……何故あいつが上で、我が下なのだ」

 その声に、ぴくりとこめかみを引きつらせ、眉をひそめて不機嫌そうにのこぎりを手にしながらブツブツ文句を呟く。

 「今更文句言うなよ、厳正なるコイントスの結果だろう?」

 文句を言いながらも、清士が手にするのこぎりは、見る間に竹の幹の半分ほどまで食い込む。

 自重で倒れてしまうのを上空で支えながら、晃希が言う。

 「それに、俺たちにとっちゃこの程度、肉体労働のうちに入らないだろ」

 「……仕事の苦楽の問題ではなく、プライドの問題だ」

 清士は汗の一滴も流さず涼しい顔で楽々竹を切り終えながらも、渋い顔で言い返す。

 4回建ての建物と同等か、あるいはそれ以上の丈のあるそれの重量は相応のものと思われるが、晃希はそれを一人で支え、持ち上げる。

 

 その、たった今切り離されたばかりの笹竹の下部に、咲月はそろそろと手を伸ばし、それを肩に担ぐ。

 上の方で晃希が持ち上げてくれている分、さして重さは感じないが、これを持ち歩くには上手く息を合わせないと転びそうだ。


 山の中の竹林から、目指す拝殿までの距離、およそ200m程。そう長い距離ではないが、なにせ足元は山道だ。

 それも、特に道が整えられているわけでもない、ほぼ山肌そのままの傾斜を行かねばならない。

 しかも、今朝方の疲労が完全に癒え切らないままの足腰には、そのほんの少しの距離が辛い。


 けれど、それを言い訳に弱気になってしまうのが嫌で、咲月は黙々と足を動かした。

 

 七夕用のそれを拝殿前の広場まで運び、飾り付けをするのが、今日の仕事だ。これほど大きな笹竹を使えば、さぞかし映えるだろう。

 飾り付け、というのはそれだけでワクワクしてくる。

 それを励みに咲月は必死に足を動かす。


 雑談などする余裕があるはずもなく、ひたすら転ばないよう気をつけつつ歩く。――それでも、足を滑らせたり、躓いて転びそうになったことは一度や二度では利かなかった。

 かなりひやりとする場面もあったが、その度にタイミング良く伸びてきた清士の腕がそれを引き止めた。

 特に手伝うでもなく、ただ黙って前を歩く彼は、その度不機嫌そうな顔をしていたが、それでも咲月が転びそうになる度、必ず手を伸ばしてくれる。


 本当なら、彼ら2人だけで運ぶほうが余程早いはずなのに。


 実際、すぐ目の前に見えていた拝殿の広場まで降りるのに、10分近い時間を要した。

 朝の早い時間のせいか、今日はまだ参拝客は居ない。

 人が来る前に、設置作業を済ませねばならない。晃希は上で笹竹の角度を調整し、咲月が下でそれを支える。

 清士が素早くそれを木枠と縄とでしっかり固定すると、拝殿の屋根よりはるかに背丈の高い笹竹が、サラサラと風にそよぎ、なびいた。


 「さて、それじゃあお楽しみ、飾り付といこうか?」


 ようやく地上へ降り、翼をたたんだ晃希が言うと、離れた場所で待機していた瑠羽が待ちわびたように駆け寄り、彼に飛びついた。

 「お父さん、これ! 瑠羽の短冊、てっぺんにつけて!」

 片手に下げたピンク色の短冊を彼の目の前につきつけてねだる。


 地上4階建ての建物に匹敵する高さのそれのてっぺんにつけるなら、普通ははしご車でも持ち出さねば不可能だろうが、彼には翼がある。

 「そうだな、俺の質問に全部答えられたらつけてきてやろう。この間教えたことだ、ちゃんと覚えているよな?」

 ニヤリと笑う晃希に、瑠羽はムッと唇を尖らせる。

 「主な七夕飾りの意味、7つ全部答えられたら、お前の好きなとこへ吊るしてきてやるよ」

 瑠羽はなおも不満そうな顔をしながらも、口を開く。

 「吹き流しは、織姫の織り糸を表したもの。網飾りは豊作を願うもの。くずかごは物を粗末にしない心を示すもの。紙衣は裁縫の上達を願うもの。巾着は金運向上をねがうもの。千羽鶴は家族の健康長寿を願うもの。そして短冊は願い事を書いたり、もしくは詩歌をかいて学問や芸事の上達を祈願する」

 不満そうな顔をしながらも、彼女はさらさらと流れるように答えを口にした。

 「よし、正解。じゃあ約束だ、お前の好きなとこへ吊るしてやろう。さあ、貸してみな」

 晃希は再び翼を広げ、空を舞う。

 「もうちょっと右ー、違う、行き過ぎ! そう、そこ!」

 娘の指示に従い、短冊を指定の場所へと吊るし、降りてくる。


 「お、始めてるね?」

 すると、社務所の奥から稲穂と竜姫が大きな籠を抱えて出てきた。籠の中には、色とりどりの七夕飾りが詰め込まれている。

 「一通りの七夕飾りは全部社務所で売り出して、参拝者の名前を入れて飾る予定なんだけど。とりあえずある程度先に飾っておかないと、日本人って、つい尻込みしちゃうのよね」

 「ふふふ、それに今年は七夕祭り限定の恋愛成就、縁結びの守り袋も売り出す予定でいる」

 稲穂が満足そうに笑う。

 「さあ、手早く済ますぞ! 清士、晃希、いいな?」

 「了解」

 晃希は軽く肩をすくめ、稲穂から吹流しをいくつか預かり、翼を広げる。

 「清士も、よろしくね」

 と、竜姫が千羽鶴を手渡し、その背を叩く。相変わらず不機嫌そうな彼は、黙ったまま翼を広げ、晃希とは逆の方向へ舞い上がる。


 咲月は、下の方の飾り付けを任され、一つ一つ、丁寧に飾り付けていく。

 木のそれとは比べ物にならない、か細い枝葉に、飾りの先端につけられたタコ糸をしっかり結わえ付ける。

 飾りの種類によらず、基本的にはその単純作業の繰り返しなのだが、やはり飾り付というのは楽しい。


 七夕でもクリスマスでも、こういう作業に加わるのはこれが初めて、というのも手伝って、自然と顔が緩む。


 「今年はちょうど新月の時期と重なるからな。雲さえ出なけりゃ天の川も良く見えるだろう」

 稲穂が空を見上げながら言う。


 籠いっぱいの飾りも、このサイズの笹竹を覆うには少なく、まだ寂しい感じがする。

 「飾り一つ50円、短冊一枚100円だ。町の住人全部の短冊を吊るせばあっという間に混み合うぞ」

 「ちなみに限定守り袋は一つ500円だ。……だが、そうだな。欲を言えば、せっかくの祭りだ、何かうちでも出店を出したいな」

 稲穂が腕組みをして考え込む。

 「的屋なら、町の商店街のおじさんたちがいくつも出すじゃない?」

 竜姫が首をかしげると、稲穂が首を左右に降る。

 「だが、たこ焼きだのいか焼きだの焼きそばだの、いつも出ている店は同じのばかりじゃないか。もう少し季節感のある、何か変わった出し物をする店が欲しいんだよ」

 

 「季節感、で言うなら……七夕って言えば……そうめん、とか?」

 「ええー、、夜店でそれはちょっと地味すぎない?」

 竜姫の案を瑠羽が否定する。

 「織姫にちなんで何か織物でも売るか? いや、でも今からじゃ品が揃わねえか……」

 晃希も難しい顔で提案を述べるが、すぐに自ら否定する。

 「星に見立てて金平糖でも売る、とか……。瓶詰めにしたら綺麗じゃない?」

 「いや、いつも駄菓子を売る店がある。たしかその中に金平糖もあったはず。……よそと品がかぶるのは避けたいな」


 「ならば、石を売れば良いのではないか?」

 それまでだんまりを貫いていた清士が、声を上げた。

 「石?」

 「そうだ、その娘が着けているようなアクセサリーを売るような気取った店を出す輩は居なかったと我は記憶しているが」

 「ふむ、なるほど。ペアで売れば、七夕らしくていいかもな」

 「でも、今から作るとなったら時間が足りなすぎるのでは?」

 「いや、石だけ発注してあえてその場で作る、というのはどうだ?」

 稲穂が提案する。

 「作る、って言ったって。誰がやるんです。俺は無理ですよ、手先そこまで器用じゃありませんから」

 言いながら、ちらりと竜姫を見やる晃希に、竜姫も慌てる。

 「わ、私も無理!」

 ぶんぶん首を左右に振りながら否を示す。


 「問題ない。作り手は居る。なあ、咲月?」

 と、稲穂が振った。

 「晃希、授業のついでだ。石の種類や効能やらを教えてやるといい」


 咲月はそれを聞きながら、腕につけた葉月の腕輪を眺める。――遺品となってしまったそれを、どうしても手放せず、持ってきてしまったわけだが……。


 こういうものを作るのは、咲月にとって数少ない特技の一つ。それを活かせる、というのはとても魅力的だった。

 それも、作ったものをその場で買ってもらえる、というのは何とも……。

 内心、期待が膨らむ。


 「分かった。石の発注は私がやっておくから、晃希、後よろしくね」

 竜姫はやる気満々の稲穂と、呆れ顔の晃希と、そして咲月とを見比べたあとで、肩をすくめて言った。

 「お昼の後、、時間をあげるから。特別に母屋の和室も進呈するわ。勉強するなら涼しい方が良いでしょ?」

 「了解」

 竜姫の言葉に、晃希は降参、と言わんばかりに両手を挙げてみせ、苦笑を浮かべた。


 「と、言うわけだ。俺が、本物の魔法ってやつを教えてやる」

 晃希が、咲月に向けニヤリと笑ってみせた。

 「覚悟しろよ、覚えてもらわなきゃならないことは山程あるからな」


 そして、バサバサと目の前に積まれた本の山に咲月が目を見張ったのは、それから約5時間後の事だった。

 「まず、この本に載ってる事は全部覚えてもらわなきゃならない訳だけど」

 と、事もなげに言ったあとで、晃希は意地悪そうに微笑んだ。

 「ここにあるのは、王子様の言うところの『意味ある言葉やカタチ』に関するものだ。例えばルーン文字、梵字、アラム文字……」

 パラパラめくると、確かにそこには見覚えのある“記号”が載っている。

 「全ての魔術は、魔力というエネルギーを組み立てた術式によってかたちにすることで発動している。つまり、魔術の肝は“術式”にあると言える」

 晃希は断言した。

 「そして、術式のキモはこれだ」

 晃希は、本の山を指して言う。

 「『意味ある言葉やカタチ』をいかに組み合わせるかが術者の腕の見せどころでな。きちんとその意味を理解していないととんでもない事にもなりかねない」


 だが、晃希は自信たっぷりに微笑んだ。

 「狛殿に聞いた。……ルーンの術を使った時の事」

 本の山から咲月へと視線を戻して晃希は言った。

 「どんなに言葉の意味を頭に詰め込んだところで、それを扱うセンスがなければ術は上手くいかないんだ。例えばチェスで、どんなにたくさんの棋譜を頭に叩き込んだとしても、とっさの時にそれを自在に活かせなければ何の意味もないように」

 彼はどこからかチェスの駒を取り出し、机の上へ少し強めにコン、と音を立てて置いた。

 「魔術を扱う上で大事なのは、知識と、センス、そしてあともう一つ」

 ビショップ、ナイト、と並べ、晃希はもったいぶるように指を一本立ててみせる。


 「魔術を扱う上で一番大事なこと。――それは、心、だ」

 最後に、キングを並べ、晃希はニヤリと笑う。


 「文字の意味をただ丸暗記して複雑な術式を組み上げても、心がこもらなければその威力は半減する。逆を言えば、単純な術式でも、心がこもれば凄まじい威力を発揮することがある。――そう、例えばルーン文字一つでも、その意味を知り、心を込めて使えば大きな力となる」

 「……でも。今の私に魔力はありません。なのに、なんであの時は術が使えたんでしょう?」

 その咲月の問いに、晃希は苦い顔をしながら答えてくれる。

 「――俺は、その場に居たわけじゃないから、狛殿から聞いた話からの推測の域を出ないが……」

 と、まずは前置きして断った上で、晃希は自らの見解を述べる。

 「竜が顕現した時、辺りは毒素が充満していたと聞いている。毒、つまり魔力はその場に豊富に漂っていたわけだ。無意味に垂れ流された魔力が術式に組み込まれたんだろう」

 だが、と晃希は続ける。

 「それはつまり契約もない借り物の力だ。熟練の術者でも簡単に扱える代物じゃない。だけど君はそれを使い、単純も単純、文字一つだけで術を完成させた。……つまり、魔術を扱う上で大切な事のうちの2つについてはもう、既に保証済み、って訳だ」


 そして、晃希は悪魔の微笑みを浮かべて言った。

 「ここにある知識を全部自分のものにできたら、超一流を名乗れる様になるぜ」

 

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