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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第八章 Beginning of trial
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咲月の決断

 ふと、目を開ける。――薄暗い部屋の中、見慣れない天井がまず目に入る。

 (……?)

 まだ半分以上眠ったままの頭でも感じる違和感について考える。


 青い畳の香りと、太陽の匂いのする綿布団――。やはりおかしい。畳はともかく、葉月が用意してくれたのは羽毛布団だったはず……。

 それに、何だろう、この感触。

 まるで抱き枕のように腕の中に抱え込んでいる、この何とも言えない素敵なもふもふ暖かいこの感触は一体……?


 薄暗い部屋の中はモノクロに染まり、手の中のそれも灰色に見える……、と思いきや、なにかきらきらと輝く金色が美しい、すべらかな毛並みが――。そう、これは獣の毛皮の感触だ。

 (……狛?)

 いや、でも彼はもっと大きな体をしていたはずだ。


 「……おはよう、って言ってももう夕方だけど。目が覚めたんだね。気分はどう?」

 少し高めの、子供のような声が、頭の上で聞こえた。ふとそちらへ視線を動かすと、闇の中でも金色に光る獣の瞳と目が合った。


 そして、ようやく動き始めた咲月の頭が、状況を認識する。


 そうだ、彼は確か久遠と言ったはず。……この神社の神様で――と、そこまで思い出し、改めて腕の中のものを見下ろす。ふさふさと触り心地のよい、ふかふかの尻尾。

 九本あるうちの一本をぎゅうと抱きしめてしまっていたようだ。咲月は慌ててそれを放し、平身低頭謝る。

 「ご、ごめんなさい……!」

 ――神に無礼を働けば、末代まで祟られる。狛に言われた言葉を思い出しながら、必死に頭を下げた。


 だが、それを久遠はびっくりしたように見つめ、首をかしげる。

 「え……? 何、何でボクは謝られてるの??」

 「え、だって、眠っている間の事とは言え失礼を働いてしまいましたから……、その、……末代まで祟るとかは勘弁していただけたらと」

 「えええ? 何で? 失礼って何?」

 久遠は、咲月の答えにさらに驚き慌てて問い直す。

 「だって、その……尻尾……を、」

 神様の身体の一部をあろうことか枕にするなど、普通に考えれば明らかに無礼だろう。と、咲月は思ったのだが……。

 「そ、そんな事で一々祟っていたら、この神崎家はとっくに滅亡してるよ!」

 だが、久遠は思い切り否定した。

 「……よその神様がどうだかは知らないよ。でも、うちではそんな些細な事で祟るなんて心の狭い事はしないよ。だいたい、さっきも言ったけど、そんな事で一々祟っていたら、瑠羽なんかどうなるのさ? いっつもボクの尻尾をおもちゃに遊んでるのに……」

 それについて、何か痛い思い出でもあるのか、尻尾をいたわるように毛づくろいしながら目を潤ませた。

 「だいたい、晃希も清士も口が悪いし、姐さんもああだから、蹴られたり殴られたりはいつもの事だし……。尻尾を撫でてもらって無礼だなんて、ボク、思ったこともなかったよ」

 と、久遠は笑った。

 「でも、良かった。少しは元気になったみたいで。皆は道場に集まっているよ。そろそろ夕飯の時間だし、ボク達も行こう」


 誰もいない、静まり返った母屋の廊下を、久遠に従って歩く。……そう言えば、途中で記憶が途切れていて、自分の足でここを歩いた覚えがない。晃希の“呪い”は実に素晴らしい効果を発揮してくれたようで、身体も心も随分疲れが取れ、軽くなっている。

 母屋の玄関を出ると、途端に隣の道場から賑やかな声が漏れ聞こえ、扉のガラス越しに中の明かりが透けて見える。

 その引き戸を、久遠は前足でノックし、尻尾を使って器用に開けた。


 「お待たせ、主役を連れてきたよ」


 久遠はそう言って中へと入り、咲月を促す。上がり框の脇に、3段仕様の下駄箱が設置され、奥まで一本の廊下が続いている。

 その右手側の壁一面に引き戸が設けられ、それが今は全開になっている。

 畳何畳分の広さがあるか、咄嗟には判断できないほど広い空間に、よく会議室などで見かける折りたたみ式の長机がいくつも並べられ、その上には湯気を上げる美味しそうな料理の皿がいくつも並んでいる。

 

 「やあ、よく眠れた?」

 晃希がニヤリと笑う。

 「はい、あの……ありがとうございました」

 晃希と、そして久遠に礼を言う咲月に、稲穂が久遠に向けてニヤリと微笑む。

 「して、首尾はどうだったんだい?」

 「う……、良かったような悪かったような……」

 久遠は微妙に目をそらし、そわそわと尻尾を揺らした。

 「もう、はっきりしないなぁ。結局どっちだったわけ? 久遠の尻尾は清士やお父さんの羽の次に触り心地が良いと思うんだけどなあ」

 言いながら、瑠羽がぎゅむと尻尾を数本まとめて抱きかかえる。力加減を知らない子供のそれに、久遠はギャっと小さく悲鳴を上げた。

 「こぉら、瑠羽、久遠が痛がってるでしょ? やめてあげなさいって、いつも言っているわよね?」

 竜姫がそれを、母親らしく叱る。

 久遠は涙目になりながら、「ほらね?」というような目で咲月を見る。

 「うん。さっきよりは顔色が良くなったわね。あとは、しっかり食べないと。彼に聞いたわよ? 昨夜からこっち、ほとんど食べてないんですって?」

 と、竜姫が狛にちらりと視線をやりながら今度は咲月を叱る。

 「……あなたの気持ちは良く分かる。そうそう食欲なんかわかないわよね。……でも、生きている限りは全てにおいて身体が資本なんだから、ちゃんと食べて寝ないとダメよ」

 「そう言うなら、いい加減始めろ。これだけ目の前に色々並べられながらこれ以上お預けを食らわされるのはごめんだ」

 と、清士が不機嫌そうに言う。

 「うむ。確かに腹が減ったな。では、始めようか」

 稲穂が大きく頷き、グラスを一つ手にとった。

 「晃希、酒を注げ。ああ、瑠羽と咲月は茶だな。こないだ煎茶を神饌にと貰ったのがある。あれはなかなか美味かったぞ」

 機嫌の良い稲穂が、咲月に湯呑を差し出す。

 晃希は、日本酒の一升瓶を開け、皆のグラスに注いで回る。


 「――では、乾杯の前に。まずは、我らの友人たる葉月殿の死を悼み、その魂の安寧を祈って黙祷を捧げよう」

 稲穂が、静かに宣言すると、それまで賑やかだった部屋がしんと静まり返る。

 「……うちの、初代様からのお付き合いだったんだもんね。特に、私の代では晃希や瑠羽のことで随分お世話になったし……」

 「ああ、……まったくもって惜しい事だ。多喜様がご健在であれば、今頃その紅狼とかいう不届き千万な輩は黒焦げになっていただろうに」

 と、稲穂が憤る。

 「だがまあ、結界があるからと油断していた葉月にも、落ち度はあった。……正直、葉月の命が尽きるのと、紅狼が逃げ帰るのと、どちらが早いか賭けみたいなもんだったんだ。……お嬢さんの活躍がなければ、もっと悪い方へ事態が進んでいたかもしれない」


 その言葉に、咲月はハッと顔を上げる。

 「――彼から聞いたよ。ルーン文字を使った魔術を使ったって」

 「……魔術、なんですか、あれ」

 ある意味、やはり、とも思うが……。

 「でも、私分からないんです。朔海に、力をコントロールするのにそれを使うと聞いていたのを思い出して、咄嗟に使ってみたけれど、どうして私にそんなことができたのか……」

 その言葉に、晃希が頷く。

 「さっきのことで分かったと思うけど、君は神を宿す竜姫に勝るとも劣らない霊視能力を持っている。その力はおそらく君の持つ血による力だ」

 「私の……血?」

 「そう。王子様の知り合いに、ファティマーという名の魔女がいるのは知ってるかい?」

 「はい、……直接会ったことはありませんけど、朔海や葉月さんが話しているのを何度か聞きました」

 「おそらく君の血の半分は、彼女の一族に由来するものと思われる、ってのが王子様の結論らしい。彼女の一族は、自然に宿る精霊や神々や妖を視る目を持ち、彼らと会話を交わし、時に彼らの力を借り、時に彼らを操り使役し、その力を行使する。……その彼らの姿が視えなければ、使役も力を借りるも不可能だから、彼女たちは生まれながらに高い霊視能力を持つ」

 「だがな、視えるだけの状態は、とても危険だ。視えても、それらに太刀打ち出来るだけの力を持たなければ、むしろ逆に彼らに良いようにされてしまうだろう」

 稲穂が、厳しい調子で言った。それに晃希も同意するように頷く。

 「でも、君には力も、素地もある。力の使い方さえ覚えれば、それも十分可能だろう、と、さっき竜姫や稲穂様たちと相談した結果、そういう結論に達した」

 「だからね、もしあなたが望むなら、私たちで稽古をつけてあげる。……忙しい時期だから、早朝や夕方、それからちょっとの隙間時間に少しずつ、って形になっちゃうんだけど、どうかしら?」

 と、最期に竜姫が提案をするかたちで咲月に水を向ける。


 ――もちろん、咲月に否やはない。力が欲しいと、そう思っていた矢先に、願ってもない提案だ。


 「はい、……お願いします」

 咲月は深々と頭を下げた。

 「じゃあ、決まりね。魔術云々に関しては晃希が、護身術は稲穂が、退魔の術は清士が、そして妖や精霊に力を借りて成す術は私が、それぞれ講師を務めるから。……びしばし、遠慮なくいくから、覚悟しておいてね」


 「では、改めて。咲月の歓迎パーティーを始めようじゃないか」

 稲穂が、手に持ったグラスを高く掲げる。それにならい、晃希や竜姫もグラスを手にする。両親の真似をしようと瑠羽も竜姫にねだり、清士も気のなさそうなふりをしながらグラスに手を伸ばした。


 「では――、乾杯!」


 チン、カラン、コツン、とあたりから軽い涼し気な音が響く。咲月も、一人一人と湯呑を合わせ、いくつもの確かな手応えを感じる。

 あの日、たった二つだけのそれがとても嬉しかったのを思い出しながら、あの日よりはるかに自然に笑えるようになっている自分に気づく。

 こうして、新たな住まいで心から歓迎してもらうのはこれで2度目。今回は随分と賑やかだが、あの最初の1度目がなければ、自分は今ここで疑心暗鬼にとらわれ、素直にこの場の空気を楽しめなかったはずだ。


 本当に、葉月には感謝してもしきれないと思う。――だからこそ、どんなに辛かろうと“力”はきちんと自分のものにしておきたい。

 朔海が、迎えに来てくれるその日まで。


 咲月は、新たな一歩を踏み出す覚悟を決め、熱いお茶をごくりと飲み込んだ。

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