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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第八章 Beginning of trial
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月の石の精霊


 ガシャン、と重たい音を立てて格子が降りた。続いてガチャン、と錠の落ちる音。


 「全く、さすがとしか言い様がないね」

 朔海は、四方を囲む格子を掴み、その強度を確かめながら、光源の一切ない真の暗闇の中を朔海はじっくり眺め回す。

 ――特殊な金属で作られた檻は、吸血鬼の王族の血を引く朔海の膂力を以てしてもびくともしない。

 「この短期間のうちにここまで完璧に誂えてくれるとは……」

 朔海は身をかがめ、床に放られたそれを持ち上げた。ジャラリと、太く丈夫な鎖が冷たい音を立てる。


 「本当に、……随分本格的だ」

 手錠に、足かせ。まさに絵に書いたような虜囚の図、である。

 「必要だってのは分かるけど。さすがにこのデザインは悪趣味じゃないかなあ」

 ため息をつきながらも、朔海は重たいそれらを装着し、その場にしゃがみこんだ。

 特殊な石材を用いて作られた地下室の床は、固く冷たい。檻の中だけはかろうじて申し訳程度に絨毯が敷かれているが、それも、全てが終わる頃には使い物にならなくなっているに違いない。


 「――術式は?」

 「もちろん、完璧に整えてやったよ」

 尋ねた朔海に、ランプを手に部屋へ降りてきたファティマーが答えた。

 「その枷にも、檻にも、部屋にも、――この建物にも、ファティマー様渾身の術式を仕込んである。あんたがそこでどれだけ暴れたとしても、表に被害は及ばない」

 「それはありがたいんだけどさ、……このいかにもなデザインだけはもう少しなんとかならなかったの?」

 「何を言う。ふふ、中々似合っているぞ。せっかくだ、今流行りの写メとやらを試してみようか。この光景を今一時の楽しみだけで終わらせるのは何とも勿体ないしな」

 古風な魔女服を身に纏った彼女は、懐から場違い極まりない小さな機械を取り出し、パシャっとフラッシュを瞬かせた。

 朔海は嫌そうに顔をしかめる。

 「……そうか。これはファティマーの趣味なのか」

 「ふふふ。折角だ、これをあの娘に送ってやろうか?」

 うきうきと楽しそうに目をきらめかせる魔女に、朔海は慌てる。

 「やめろ、こんなのが僕の趣味だと誤解されたらどうするんだ!?」

 「いくら咲月くんでも、さすがにこれは引くでしょうね……」

 どう見てもアブノーマルな光景に、葉月もため息を漏らす。

 「当たり前だよ! 彼女の前にまず僕が引いてるんだから……」

 己の姿を見下ろしながら、朔海が呻いた。

 「――でも。……見た目の趣味はともかく、これは必要なものだから、ね。ファティマーの店を吹っ飛ばす訳にはいかないからな」


 そう、ここは魔女通りにあるファティマーの店の地下に、急遽作られた場所。――葉月に使いを頼み、ファティマーの助力を得て強固に造り上げた、朔海を拘束・監禁・封印するための部屋。

 「一度、封をしたら中からは決して開けられない。私が外から術式を破らぬ限りは、お前はここから出られない。お前が、その力を完全に支配下に置くまでは、な」

 葉月から力を受け、それを完全にコントロール出来るようになるまでの間の暴走による被害を抑え込むためには、これは絶対に欠かせない処置なのだ。


 「ああ、分かってるよ。……必ず、だ。絶対にその力を自分のものにしてみせる。――葉月」

 朔海の呼びかけに応え、葉月がその場に跪いた。

 

 「覚悟は、できております。……この命尽きようとも、我が力は朔海様のためにあるのですから」


 ――葉月の力を得るには、彼の心血を、朔海が飲まなければならない。


 それは――心臓に直接牙を立て、血を啜るという行為は、こうして互いに同意の上で慎重に行ったとしても、常に命の危険がともなう。

 ましてや、葉月は半分は人間。――朔海のような純血の吸血鬼よりはるかに高いリスクを負わなければならないのだ。


 「ただ……、もしもの場合は、ファティマー、後のことはよろしくお願いいたします」

 神妙に告げる葉月に、ファティマーは嫌な顔をした。

 「ふん。頼まれずとも、未来の我が愛弟子のためだ。労力は惜しまんよ。……だがな、この私が補助を買って出てやっておるのだぞ? 万一の事態になどさせんよ」

 「ああ、頼むよファティマー」

 朔海が苦笑を浮かべる。


 「じゃあ、そろそろ始めようか」


 

 朔海の静かな声に、葉月が頷きを返す。

 葉月はシャツのボタンを外し、顕になった胸に、おもむろに小刀ナイフを宛てがい、ずぶりと刃先を沈めた。たちまちぷつりと赤い雫が肌を伝って落ちていく。そのまま刃を横へと滑らせ、胸を裂いた。

 開いた傷口は見る見る間に血で真っ赤に染まり、葉月の額に脂汗が浮かぶ。

 外気に晒された彼胸の奥で、まるで踊るように激しく収縮を繰り返し、力強く脈打つそれに、朔海は狙いを定め、牙を立てる。



 ――熱い。


 普通に、肌に牙を立てるのとはまるで違う。吸血鬼としての力の源であるそこは、熱の塊のようで、牙を立てた瞬間、今まさに火の中で炙られている最中の熱い肉の塊を噛んだような衝撃の熱さを感じ、さらにそこからどろりと溢れ出した“力そのもの”である血が、熱した油さながらの痛みを伴う熱が、朔海の口の中に広がった。

 口の中が爛れるような激痛を無理やり飲み込み、喉の奥へと流し込む。


 ――喉元すぎれば熱さ忘れる。


 という言葉があるが。

 しかし、残念ながらそれは喉元を過ぎても痛みを伴う衝撃の熱さは全く引かぬまま、朔海の身の内を灼いた。

 腹を中心に、細胞一つ一つに火をつけて回られているような熱が身体全体に広がっていく。


 腹へと収まった血は、胃から腸へと流れ、そこから血管へ流れ込む。そして、血流に乗って、やがて心臓へと辿り着く。――朔海の、吸血鬼としての力の――魔力の源である臓器へと。


 凶悪なほど強大な二つの異なる力がぶつかる。互いが互いを呑み込み喰らわんと、小さな臓器の中で暴れまわる。ぶつかるごとに、心臓は激しく膨張と収縮を繰り返し、滅茶苦茶な鼓動を打つ。

 熱い。心臓が燃え溶けてしまうんじゃないかと思うくらい、熱い。


 それに伴う、凄まじい激痛に、朔海はたまらずのたうち回った。既に意識は朦朧としている。



 ――吸血鬼が持つ魔力は、所詮借り物。相手の心血を啜ればその力が得られる、それは確かに事実だが。取り込んだ魔力を自らの魔力で押さえ込み、支配下に置けなければ、喰らったはずの魔力に逆に食われることになる。


 今、朔海の身体を侵食している熱と痛みを押さえ込めなければ、葉月の力を得るどころか朔海自身の身が危ういのだ。

 だがこれは、そうと分かっていて、臨んだ事だ。


 朔海は床を転げ回りながらも牙を噛み締め、意識を心臓へ集中させる。


 ――イメージだ。己を喰らわんとする魔力を、自らの魔力で圧倒し、組み伏せ、服従させる。先日、瑠羽にした施術と何ら変わらない、ただ唯一の方法。咲月が朔海に対しやってみせたのと、同じ……。


 それをふと痛みに支配された頭の片隅で思い出した瞬間。全身を支配する熱とは別に、手首に暖かな熱を感じた。――右の、手首。咲月に貰った腕輪が、かすかな熱を朔海に伝えてくる。


 (……何だ?)


 とくとく、脈を打つように、その熱は僅かに揺らぎながら朔海の肌に伝わり、そこからじわりと、身体を苛む熱をゆっくりほぐしていく。


 (どうして……?)


 ムーンストーンの効力は、持ち主の悪夢を払い、恋人と出会えるというもので、確かにそのどちらの効果もあったが。

 ……今のこの状態は、確かに朔海にとっては悪夢のようなものだが、いくらなんでもこれは、たかがパワーストーンのお呪い程度の力でどうにかなるもののはずがないのに。

 だが、じわりじわりと身体から苦痛が抜けていくこの感覚は、紛れもなく現実のもの。滅茶苦茶だった心臓の拍動さえ、徐々に収まり、正常な鼓動を刻み始める。


 不意に、強烈な眠気が朔海を襲った。

 くらりと、強烈なめまいに襲われ、目の前が暗くなったと思った瞬間、同時に意識が混濁し、何を思う間もなく暗転した。


 いまや全身に行き渡った心地よい熱に包まれるように、ふわふわと意識が舞い、夢心地の中、頭の中に声が響いた。


 「――おい、いつまで寝てる、さっさと起きろ」

 甲高い、幼い子どもの声。聞いた覚えのない声音が、上から随分と偉そうに降ってくる。

 

 (……誰、だ?)


 朦朧とする意識の中で湧いた疑問に、朔海はそろそろと目を開けた。


 まず目に飛び込んできたのは――……白。乳白色の薄もやに覆われたぼんやりとした世界。まるで、次元の狭間のようだ。

 (いや、確かに僕は次元の狭間にいたはずだ)

 だがそれはファティマーの店の地下室の、檻の中であり、今目の前にある表の光景が広がっているというのは明らかに変だ。

 「……ここ、は――?」

 朔海は、地面に転がった身体を起こしながら周囲を見回す――が、見る限りどこもかしこも乳白色の靄が広がるばかりで他は何も見当たらない。

 「ふん、やっと起きたか」

 と、すぐ傍で、さきほど聞いたのと同じ声がした。

 ふと視線を下へと下ろすと――

 「なっ、何だその目は! 何か文句あんのかコラ!?」


 ――小さい。拳大の頭に、二頭身の身体。腰まで伸びた髪は、綺麗な銀髪をしており、頭から一対の獣耳が生え、尻からはふさふさの尻尾が生えている。

 そして乱暴な言葉を吐く口元には小さいながらも立派な牙が2本――

 「……狼?」

 耳と、尻尾の形状はイヌ科の動物を連想させ、艶やかな銀髪は、その中でも狼を思わせた。

 まん丸い顔の大半を占める、くりっとした大きな瞳の色は――

 「ムーンストーン……」

 まるで、咲月に貰ったあの石をそのままはめ込んだかのようだ。

 「いかにも。オレ様はムーンストーンに宿りし精霊。名はうしお

 「精霊……、ムーンストーンの? 確かにファティマーが、精霊の種がどうとか言ってたけど。――まさか、こんなに早く……」

 驚く朔海に、潮は小さな体をいっぱいに仰け反らせ、ふんぞり返る。

 「当然だ。オレ様はそんじょそこいらの精霊とは格が違うんだ。何しろ代々魔狩りの一族に伝わる精霊樹せいれいじゅの種子から生まれ、姫様の御力を受けて育ったんだからな!」

 

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