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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第七章 Work of Vampire's blood and poison
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問われる責任と覚悟

 「だって、朔海が教えてくれたんじゃない。毒は――魔力は、ただあるだけでは意味がないって。そこに意思が伴わなければただのエネルギーに過ぎないんだって。それは、命が脅かされるほどの量にもなれば、それがどんな作用をもたらすかは自分の目で見たんだから、ちゃんと分かってる。でも、逆に言えばそれだけの量にならなければ……そこに朔海の意思が働かない限り、その“毒”が作用することはない。少なくとも、傷を治しては貰ったけど、特に何か不調を感じた覚えもないし」


 咲月は、ほうけたままの朔海の前にずいっと手のひらを押し付ける勢いで差し出し、強い視線で睨みつけるかの如く彼の濃紺の瞳を見上げる。


 「それに、朔海。葉月さんの力を貰う覚悟をしたんじゃなかったの? ――今でもそんなに強い魔力を持っているのに、それより強い力を……毒を取り込んで……でも、それに振り回されないよう覚悟しろって、葉月さん、言ってたよね? 朔海はあの時、覚悟は出来てるって、葉月さんに言ったじゃない」

 目を見張ったまま未だ硬直の解けない朔海に、咲月は迫った。

 「……まさか、葉月さんに言ったこと――それに今さっきの台詞は全部嘘でした、なんて言わないでしょう? だから、私はそれを信じている。朔海に血を吸われたからって、それで私が傷つくことはない」

 咲月は確信を持って言い放つ。

 「それに……、三百年も『生粋の吸血鬼』をやってる朔海がコントロールしきれないような力を、私はどうすればいいの? いくら、毒に対する耐性を得られたとしても――ううん、得られるからこそ、きちんとコントロールできなくちゃいけなんだって、葉月さんは言ってた。でも、吸血鬼歴三百年の朔海が――魔力のコントロールに慣れてる、いわばベテランの朔海ができないものを、初心者の私がいきなりできるようになるとは、到底思えないもの」

 その未来を選択した場合、咲月は多くのことを朔海に頼らなければならなくなるだろう。あの、“狭間の部屋”へと誘われた時のように、未知の世界へ、足を踏み入れることになるのだから。色々と教え導き、支えて貰えなければ、あの時の咲月は一人では何もできなかった。

 「……だから。私がその未来を選んでもいいと思えるよう努力してくれるつもりがあるなら、お願い、私の血を飲んで。私を……何より自分を信じて欲しい」

 咲月の勢いに圧される格好で、朔海は壁際へ追い込まれ、背が壁に触れ逃げ場を失った彼は、ずるずるとその場にしゃがみこみ、両手で頭を抱えた。


 「――っ、ぷっ、あ、あははははは!」

 と、突如咲月の背後から稲穂の笑い声が上がる。それはそれは楽しそうに、爆笑している。

 「へえ、ただ大人しいばかりのか弱いお嬢さんかと思いきや。なかなかやるじゃないか。うん、いい根性をしている。――気に入った」

 稲穂はごそごそ着物の懐を探り、取り出した何かを咲月へ投げてよこした。

 放物線を描くのではなく、ほぼ直線軌道で飛んできたそれを掴んで受け取り、改めて手のひらを開いて見てみると――

 「稲穂様特製の守り袋だ。滅多なことじゃ人にやったりはしないんだが」

 金銀の刺繍も鮮やかな錦で作られた、小さなお守り。

 「アタシが直々に作り、神力を込めた一品だ。咲月、おまえに私の加護を与えてやろう」

 稲穂はにっこり笑って言った。


 「うちは、アタシも、久遠って名の仔狐も、今でこそ豊生神宮で祀られて神サマやってるけどね、昔ちょいとやんちゃが過ぎて、人間に疎まれ狩られそうになってたところを、豊生の巫女姫に救われて今に至ってる元妖怪でね。だから、アンタみたいに人外相手でもそうやって真正面から向き合って、あまつさえ叱り飛ばしてやれるような奴が大好きなんだよ」

 次いで、稲穂はへたり込んだ朔海に意地の悪い笑みを向けた。

 「そいつがあれば、完全とはいかないまでも、毒に対する耐性の足しにはなるはずだ。……そんな物、もしかしたら必要ないかもしれないがね」

 朔海は、咲月に振り払われた手に視線を落とす。


 そんな彼に、稲穂は笑みを消して厳しい眼差しを向けた。

 「――咲月の言う通り、常人を人外の世界に引き込もうというなら、お前は相応の責任を負わなければならない」

 それまでの気安い態度を一転させ、居丈高に言う。

 「きちんとした覚悟もなく責任を全うできないならば、お前は確実に彼女を不幸にするよ。事実、これまでのことがそれを証明しているだろう?」

 

 「――お前は、彼女を見つけた時、“自分の手元に置けば不幸にするから手放した”と言ったな。だが、犬でも猫でも、拾った以上は拾った奴自身が責任をもって世話をしなけりゃならないのが、世の条理なんだよ。守りたいと思ったのならば、無理でもなんでも精一杯お前自身の手で守ってやらなければならなかったんだ。だが、お前はその責任を放棄し、彼女を人手に渡した。……結果、お前は彼女に不幸を招いた」

 稲穂は、冷徹に断じた。

 「この家へ彼女を招いた時も。――ここはお前たち人外の巣窟なんだ。ここへ招いた時点で、お前には説明責任があったはずが、それをしなかった。きちんと説明して、その上で彼女に選択を任せるべきだったものを、だんまりを決め込んだ挙句、勝手に“自身の手で自らの幸せを掴み取る力を得るまでの間”などと勝手に期限まで区切りおって。……その結果が、まさに今の現状だろう?」

 厳しい叱責の言葉を、朔海へと投げかける。

 「その目をかっぽじって、よく見てみろ。お前なんかより、彼女の方が余程も自分の責任を良く理解して、きちんと覚悟をもってお前に向き合っているじゃないか」

 ――目をかっぽじったら、大変な事になる……などと下手に突っ込むこともできない程の迫力に満ちた空気を放つ、稲穂の言葉に、朔海は黙って耳を傾ける。

 「その、彼女の覚悟にきちんと向き合い、その責任を果たす気がないのなら。今すぐ彼女を手放せ。――ああ、後の事は心配するな。うちで預かろう。なかなか見所のある娘だ。ちょうど、社務所の番や社殿の掃除や細々した家事や雑用に一人くらい人手を雇いたいと思っていたところだ。うちにはそれはそれは優秀な狛犬がそろっている。彼女に手出しなどさせないさ」


 朔海は、稲穂の提案に、一瞬迷う素振りを見せた。

 ひたすらに、自らの事情に巻き込んだと罪悪感を感じ続ける彼にとって、それは咲月に酷な選択を押し付けることなく、人間として真っ当な幸せな未来を歩ませられる、魅力的な提案だったから。

 ――彼女を、手放したくはない。だけど……。


 「嫌、――私はそんなの嫌です!」

 その声を、先にあげたのは咲月の方だった。

 「やっと……初めて自分から“ここに居たい”と思える居場所を見つけたのに。……そんなのは、嫌です」

 きっぱりと稲穂に主張した上で、咲月はキッと朔海を振り返り、睨み付けた。

 「――言わないよね、朔海。まさか、今更私を手放すなんてこと、もちろん言わないよね?」

 そう言いながら、咲月は恐怖を覚えた。

 ……朔海なら、そう考えるかもしれないと分かっていたから。それを実際に彼の口から聞くのが、とても怖かった。


 ――どうしたら……、どうすれば朔海に分かってもらえるの??


 「ん……、んん……」

 緊迫した空気の中、瑠羽のうめき声が割り込んだ。

 つい今さっきまで静かに眠っていた彼女の呼吸が、再び乱れ始めている。


 「――!、 もう来たか。……早いな」

 朔海は慌てて立ち上がる。ズボンのポケットを探ろうとして、ハッと思い出したように咲月を見る。

 咲月は、もうずっと握りっぱなしだった彼の小刀を見下ろした。

 ギュッと、一度だけ強く強くそれを握り締めたあと、咲月はそっとそれを朔海に差し出した。


 瑠羽の症状を落ち着かせるために、朔海はそれを必要としている。瑠羽の身の内の毒を自らの血で抑え込むために。

 本当はもうそんな姿なんか見たくない。

 でも、苦しむ瑠羽を放置することは咲月にはできなかったから。そしてそれは、朔海が絶対に望まないことだから。つまらないことで意地を張ってごねて、彼が困るところなんてもっと見たくなかったから。

 

 朔海は、何かを言おうとしたようだったが、結局言葉を詰まらせ、無言のまま咲月から小刀を受け取った。


 瑠羽の寝台の前に立ち、小刀の鞘を払う。塞がったばかりの傷跡に刃を押し付け、そこから溢れ出る血を、瑠羽の胸に残る魔法陣に落とすと、魔法陣はまたしてもそれを拒むように、青白い光をスパークさせ、朔海の手を襲った。

 「『綺羅星の朔海』の血と名において、再度命じる。我が血の力に従い、鎮静せよ」

 既に一度抑え込まれた後なだけに、先程に比べればその反応は鈍い。

 だが、朔海の命じに素直に応じる素振りなどは全くない。

 パチパチと静電気に似たそれで、朔海の手に攻撃を加え、せっかく治ったばかりのそこに再び爛れを引き起こす。

 朔海は、先程と同様に、力づくでその反撃を押し返していく。


 先程はあれだけ手こずった攻防だが、抵抗はあるものの、反撃も光も鈍い今回の攻防は、比較的スムーズに事は運び、瑠羽の状態はすぐに落ち着いた。

 

 使った血の量も先ほどより遥かに少なく済み、朔海の顔色に特に変化は見られない。

 ――が、やはり手のひらの傷の治りが鈍い。

 時計を見上げれば、先程の攻防からまだ30分程しか経っていない。

 一度に使う量は少なくとも、このペースが続くようなら楽観視はできない、が……。


 朔海の視線が、机の上の残りあと2つのパックへ注がれる。

 しばらくの間、じっと黙り込んだままそれを眺めながら逡巡した後、朔海は一度目を閉じ、大きく息を吐いた。

 「――咲月、血を貰ってもいいかな?」

 両の拳を握り締め、朔海は咲月に向き直り、改めてそのセリフを口にした。


 「パックの血ではなく、君の――咲月の血が欲しい」

 

 

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