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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第二章 Truth
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湧き出すもの

 葉月の運転する車に揺られる事約一時間半程。

 春休み中の土日とあって、郊外型の大型のショッピングモールは大いに賑わっていた。

 建物の屋上のほか、建物の周囲に広がる広大な駐車スペースに、色も形も大きさもまちまちな車がずらずらと並べて停めてある。

 早めに出てきた甲斐あって、運よく屋上駐車場に入れた咲月達は、さっそくショッピングへと繰り出した。

 駐車場を抜け店舗入り口の自動ドアを潜り、エレベーターを待ちがてら、脇に設置されたパンフレットを三部抜き取った朔海が、葉月と咲月とに一部ずつ渡しながら自分の分のパンフレットを開いた。

 「へぇ、凄いねえ、これ。昔のデパートなんか目じゃないじゃん。全部の用がここで済んじゃうよ。」

 細かな文字でつづられた百以上の店舗名を斜め読みした朔海は感心したように言った。

 「大半は服屋と食べ物屋らしいけど、家具屋や書店も入ってるみたいだね。あ、電気屋もあるんだ、え、ペットショップも入ってるの?」

 「まずは、家具など大きなものを先に買ってしまいましょう。ああいった物なら、持ち帰らずとも後で宅急便などで送ってもらえますからね。その後でお昼を食べて、小物など見に行って、最後に夕飯の買い物をして帰りましょう」

 自分の分のパンフレットをサブバックにしまい込み、後ろから朔海のパンレットを覗きこみながら、葉月が言う。

「ああ、そうだね。荷物ぶら下げたままうろうろするのも面倒くさいし。でもさ、食べるとこだけでも結構いろいろあるよ、これ? どうする? 何食べる?」

 「……朔海君、さっき朝ごはん食べて出てきたばかりでしょう? 何も今決めなくとも、そんなの後で考えればいいじゃないですか」

 五基並んだエレベーターの、一番右端の扉脇のランプが点滅し、直後静かに扉が開いた。

 まだ開店したばかりのせいか、降りる客はなく、ガラガラのエレベーターに悠々と足を踏み入れた。


 「ん、とすると……、家具売り場は――ああ、3階の端だな。今乗ったエレベーターがここだろ? ううん、結構歩くなぁ」

 階数表示が1つ減って5階を示し、チンと小さな音とともに下降が止まる。扉が開き、どどっと人がなだれ込んできた。朔海は慌ててパンフレットを畳むと、壁際に寄った。壁に手をつき、確保したスペースに咲月を庇う。


 その一連の動作は、あまりに自然すぎて――。咲月が、慣れない扱いに戸惑う暇も無く、人混み押しつぶされるという事態から当然のように庇われていた。

 ――香水コロン、だろうか。ふわりと甘いシナモン似た香りが彼の身に着けた衣服から香ってくる。

 田舎とはいえ、この近辺では一番大きなショッピングモールである。

 乗り込んできた家族連れや十代、二十代くらいの女性客達は皆、それぞれめかし込んできている。

 昨日のように、靴はつっかけ、部屋着に上着を羽織っただけ、エプロンも着けたまま――の、近所の奥さん方で賑わうスーパーとは訳が違う。


 ――にもかかわらず、やはり彼等は目立っていた。

 身だしなみには気を遣っても、ファッションに気を遣っているわけではない。

 ……例え、趣味の良い紺のハイネックTシャツに白のパーカージャケット、紺のデニムパンツがどれだけ似合っていようと、本人にその意識は無いのだから。

 だが、そのルックスと合わせて見れば、周囲の視線を集めるには十分すぎた。

 量産品・安物のだぶだぶパーカーにスウェットパンツといった出で立ちの自分が、悲しくなる程に。


 そう思うと、突然心もとないような気分になってくる。ここに居てはいけない様な……。

 今までだって、そんな気分になった事はあった。と言うよりむしろ、そう思わない事の方が珍しかった位だ。

 だってそもそもが、自分の存在自体が邪魔だったのだから。

 ――居て、欲しくない、……と。

 そう思われるのがもう、当たり前に思えていたから。

 何時崩れるかも分からない不安定な居場所で必死に心のバランスを取りながら、それでもいつしか慣れて当たり前になってしまえばもう、“喉元過ぎれば熱さ忘れる”と言うが正に、感覚がマヒしてきて、一々気に留めなくなっていただけなのだが。

 記憶にある中では初めて安定した居場所を見つけて。今までずっと無意識・意識的問わず麻痺させていた感情が次から次へと湧き出てくる。

 こぽこぽ湧き出す感情は、小さく浅い咲月の器には到底収まりきらない。

 発育不十分なキャパシティを越えた分の感情が器からあふれ出し、とめどなく流れては、咲月の心を揺るがし不安な気分にさせるのだ。


 エレベーターは4階を停まらず通過。階数表示が4から3へと変わったところで、チン、とまた音がして扉が開く。

「すみません、降ります」

人混みの向こうで、葉月の声が聞こえた。

「咲月さん、僕らも行こう」

 先に降りた葉月が、エレベーターの戸袋に軽く手を添え扉を押さえている。朔海が先に立ち人混みをかき分けてくれるおかげで、咲月は込み合ったエレベーターを難なく降りる事が出来た。

 と、ここまでの駐車場階とは違い、賑やかなBGMの流れる広くて明るい空間がそこには広がっていた。

 ホールのすぐ前にあるエスカレーターホールは吹き抜けになっていて、下をのぞくと一階にある店舗まで良く見えた。挿絵(By みてみん)


 葉月は、ホールに設置された案内板に目を落とした。左右に細長いフロアーのちょうど中央付近に赤く矢印があり、現在地と書かれている。

 矢印の脇に人差し指を置き、葉月はツツーと指を左の方へと流した。フロアーにはちょうどここと同じような吹き抜けのエスカレーターホールがあと四つあり、一つはここから右に行った所にあり、残りは左にある。ほぼ等間隔に並んだそれの、一番左端のホールを過ぎたところで指が止まる。


 「なるほど、本当に端ですね……」

 葉月は顔を上げ、目的の店舗があるはずの方を見やるが、多くの人が行きかう通路に溢れる人影に邪魔されて、長身の彼でも向こうの端までは見通せなかった。

 「まあ、仕方ないさ。とにかく行こう、ここでこうしてても始まんないし。それにほら、あの店の前に飾ってあるコート。咲月さんに似合いそうじゃない?」

 カジュアル系ブランドの店の前に居るマネキンが着ている服を指差し、朔海が言った。

 咲月がそちらを見ると、そこにあったのはコートと言うよりはおそらくカーディガンの部類に入るであろう、毛糸で編まれた長めの白い上着だった。

 なるほど、これならば春先でも問題なく着られるだろう。マネキンの後ろには、色や細部のデザインの違う服が何着か掛っている。

 「あ、これ。こういう色のが似合うかな?」

 朔海がウキウキしながら真っ赤な色のそれを手に取った。

 ――女性の、こういった買い物に付き合わされてウンザリする男性の図、というのは割と良くある光景だが。

 意気揚々と品定めする男性の隣で、戸惑う女性の図、と言うのはかなり珍しい光景な気がする。

 ちなみに、咲月はこんなブランド系のショップで服を買ったことなどなかった。むしろ、着る服を特に選んだことすらなかった。

 咲月が服を買うとしたら、もっぱらスーパーのセールやバーゲン品で、服を買う時に気にすることと言えば値段とサイズと洗濯表示のみという、十代の少女らしからぬ基準。

 勧められて受け取った服に付いた表示を、つい癖でぺらりとめくって見れば――

「さ、¥35,000!?」

 表示された値段の額に、思わず目を見張った。こんな値段の服など、手に取ったことすらない。

 どんなに高くてもせいぜい5千円位までの服しか知らなかった咲月は、怖くなって慌てて商品を戻した。

 そんな彼女の反応に、少しマズかったかもしれないと表情を僅かに曇らせ焦る朔海を後ろから眺めていた葉月が、やれやれといった表情をしながら助け船を出す。

 「朔海君、それもいいですが、今日は先に家具を見ようと今言ったばかりでしょう?」

 「あ……やあ……ごめん。こういう買い物って久々でさ、なんかつい浮かれちゃった……。」

 苦笑いしながら誤魔化すように頭をかいて、朔海は商品を戻した。

 「ごめんね、咲月さん」

 明るく笑いながら謝る。

 「確かに、こう色々並んでいると目移りしてしまう気持ちも分からないではありませんが。昨日は臨時休業にしてしまいましたが今日は通常診療ですから……。そうく必要はありませんが、あまり長居もしていられませんからね。早めに用事を済ませてしまわないと、食事をするにも混んでしまいそうですし。さあ、行きましょう」

 促され、二人は店の前を離れ歩き出した。


 それでも、目だけは入れ替わり立ち替わり流れていく店頭の色とりどりの服や雑貨などへと向けられる。朔海はもちろん、咲月も。

 今まで興味を向けてこなかったとはいえ、咲月も年頃の少女である。つけられたプライスカードの表示は正直恐ろしいが、かわいい物を見て心がときめかない訳がない。

 衆目を一身に浴びる二人の隣を歩きながら、昨日から感じていた不安感を思えば尚、かわいい格好をしたいと思うのは当然である。

 微妙な表情を浮かべる咲月に気付いた葉月がフォローを入れる。

 「食事を済ませたら、2階に入っている『Spicaスピカ』という店へ行ってみませんか? あそこなら、手ごろな値段で趣味の良い服が一通り揃いますよ」

 「ああ……、たしかジャンヌダルクってデザイナーが手掛けてるブランドだよな?」

 「あ、聞いたことあるかも……」

 そうだ、クラスの中でもお洒落な娘たちのグループの中で話題になっていたブランドだ。ティーンズ雑誌にもよく取り上げられていて有名なブランドらしいが、当のデザイナー本人は名前だけが有名で、決して表には出てこないのだという。

 一応、フランス人女性だという事になっているらしいが……。

 「へえ、あの人こっちでも店を出してるのか……。しかも流行はやってるんだ? さすが、たくましいねぇ彼女」

 複雑な表情で遠くを眺めながら苦笑する朔海。

 「え? ご存じなんですか、ここのデザイナーさんを……」

 「ん、ああ……直接の知り合いじゃないけど、顔と名前と……略歴位はまあ……」

 かなりの有名人だから、という最後の言葉を寸でで飲み込みつつ朔海は答えた。

 「僕も結構世話になってるからね、ここのブランドには」

 ハイネックTシャツを摘まんで軽く引っ張りながら、葉月を見、

「葉月のそれもそうだろ?」

昨日着ていたものと同じ黒のコートを指して尋ねる。

 「ええ、あそこの物は値段の割に質が良いので長持ちしますから」

 「まあね、自尊心プライドの高い人だから。下手な物を売ってクレームが来るのを何より嫌がるんだよね。だから、商品は最後まで責任もって目を通してる。デザインに関しちゃ人それぞれの好みだからあれだけど、品物の質に関してマイナスな批評は聞いた事がない」

 「今では、あの方のお気に入りですもんね……」

 「え、葉月さんも御存じなんですか?」

 「ええ、一部の者達の間では結構な有名人なんですよ。本人はご存じのとおり露出を嫌うので、決して口外せぬように緘口令かんこうれいが敷かれていますから、実際の情報はあまり表には出ませんが」


 昨日から度々(たびたび)ある、“彼らの事情”を含めた言い回し。毎度、あえてスルーし続けた咲月は、今回も特には突っ込まずに流した。

 ――とはいえ、内心ではやはり気になっていた。……その“一部”である彼らは、一体どういった人間なのか。

 ふと、定かではないがあながち外れていなさそうな答えにつき当たる。

 ――もしかして、モデルでもやってたとか?

 このルックスだ。そうだと言われれば大半の人間は疑いもせず納得するに違いない。それにファッションモデルならば、ファッションデザイナーと顔を合わせる機会もあるだろうし……。

 ――うーん、でも葉月さんはお医者さんなんだよね?

 完全に不可能ではないのだろうが……、医師になる勉学のかたわらにモデル業など咲月からしたら離れ業すぎて想像も出来ない。もちろん、医師として就業しつつ――ともなれば尚更だ。

 では、朔海の方は?

 そう言えば、歳以外の事について詳しい事は聞いていなかった。例えば、どこの学校へ行っているのかとか。

 ……この春、同級生だった者達は皆それぞれ高校へ進学して行ったが。

 学費に当てのなかった咲月に進学という選択肢は無かった。

 かといって、就職するにも身元を保証する保護者というのが当てにならず、やはり上手くいかなかった為、とりあえずバイトをして生活費を稼ごう位にしか考えていなかった咲月にとって、それを尋ねた後で返ってくるだろう同じ問いが怖くて。

 咲月には、どうしても訊けなかった――。


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