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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第七章 Work of Vampire's blood and poison
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攻防

 「瑠羽ちゃん、ちょっと胸を診せてもらえるかな?」

 朔海は白衣の袖をまくりあげながら、ジュースを飲み終わった彼女を促し、朔海は瑠羽を仰向けに寝かせた。

 「ごめんね、ちょっとシャツのボタンを外すよ?」

 はだけたシャツの下から、素肌が覗く。

 朔海は、慎重な手つきで、何かを確かめるように少しずつ位置をずらしながら何度も胸部に触れる。 

 「――ん、あった。ここか」

 彼女の胸のほぼ中央、ほんの少し左よ寄りの――つまり、彼女の心臓の上で、朔海は手を止めた。

 ――もう片方の手で、ズボンのポケットを探り……いつもの小刀を取り出す。刃に指を押し当てて滲ませた血でその場所を中心に、直径2センチほどの小さな魔方陣を描く。

 そして、朔海は血の滲んだままの指を魔法陣に押し付けた。

 「――我が名は綺羅星の朔海。我が血は我らが一族の始祖たる血を受け継ぐ王の血なり。は王に連なりし眷属たる血なれば、王たる我が血の前に跪き、従う宿命さだめ。我が血の前に隷属せよ」

 瞳を緋色に染め、落ち着いた声音で静かに言葉を紡ぐと、魔方陣が青白い光を放った。

挿絵(By みてみん)

 朔海は、その光を少女の胸の内へと押し込むように、上から手のひらで押さえつけるが……それは、反発するように鋭い光を増して膨らみ、ぐぐっと朔海の手を押し戻そうとする――のを、朔海は更に力を加えて押さえ込む……その力に更に抵抗して増し、膨らむ力の衝撃で微風が起こり、朔海の前髪を乱した。

 「……晃希さんの血はやっぱり別格だね」

 口元に苦い微笑をたたえて、朔海が呟く。

 増していく抵抗に対し、朔海も負けじと力を加え続ける。

 

 朔海は、吸血鬼だ。――吸血鬼は、人間より遥かに優れた膂力を有している。

 その彼が、真剣な面持ちのまま、全力をもってその攻防を繰り広げている。――魔方陣が放つ光の抵抗の激しさはそれ程凄まじいのだ。

 うっすらと、朔海のこめかみに汗が浮かぶ。


 だが、その一方で、これまで苦しげな呼吸を続けていた瑠羽の呼吸は次第に落ち着き、熱に赤らんでいた顔から、汗が引いていく。

 瞬きするたび、目蓋が重たくなってくるらしく、瑠羽の目は眠たそうに潤んでいる。


 「……良かった。少しは楽になったかな? ――瑠羽ちゃん、我慢しないで眠っていいんだよ」

 手に力を込めたまま、目元だけわずかに緩めてホッと息をつき、朔海が言った。

 瑠羽は、わずかに頷く素振りを見せたが、途中でおりた目蓋が再び持ち上がる事はなく、すうすうと規則正しい寝息が聞こえ始めた。


 その様子をみとめた稲穂もホッと胸をなでおろした。


 朔海はわずかに緩めていた表情を引き締めなおし、未だ抵抗を続ける光に対し両手でもって押さえ込みにかかった。

 「――っ、」

 巻き起こる風圧が増し、朔海の羽織る白衣の裾が煽られ、翻る。

 「くそっ、これじゃ血が足りないのか……」

 小刀の入ったポケットをチラリと睨み、朔海は顔をしかめた。――今、手を離すわけには行かない。だが……このままでは――

 「咲月、悪いんだけど、僕のポケットから小刀を出して、鞘から抜いてくれる?」 

 朔海が、何をするつもりなのか――彼がそれを必要とする理由を察して、咲月は表情を曇らせた。

 「……ごめん、変なことを頼んで。だけど、このままじゃまずい事になる。だから……その前に」

 言っているそばから、全力を注いでいるはずの朔海の両手が、ぐぐっと光に僅かながらに押し戻される。

 「――っ!」

 朔海は、己の体重を乗せ、必死に押し返す。ぽたりと、滴る汗が一滴、寝台のシーツを濡らす。


 本気で信じてもいいと思える人を見つけたら――その人がそれを受け入れてくれたなら……


 ついさっきの彼のセリフが耳の奥に蘇る。

 まず、朔海の顔色をじっと観察してから、咲月は覚悟を決め、彼のポケットからのぞく小刀の柄を握り締めた。

 刃を覆う、美しい装飾が施された鞘を外し、朔海の目の前に差し出す。

 「――ありがとう」

 朔海は、小刀の柄を咥え、やりにくそうにしながら、刃を手の甲へと突き立てようとするが――

 押さえ、押し返されの攻防に力を注ぎながらそれをするのはやはり容易でなはいらしく、刃は皮膚の上を滑り、浅い傷を刻むばかりで、思うような結果が得られない。

 その間にも、朔海の手は少しずつ押し戻されつつある。

 朔海は眉間にしわを寄せ、彼には珍しく舌打ちをして悪態をついた。

 

 彼のその様子を、終始眺めていた咲月は、朔海の前に手を差し出した。

 「あのね、朔海。……私に出来る事なら、手伝うから。だから……何をすればいいのか、教えて」

 差し出されたその手に、ほんの少し躊躇う様子を見せたが、手元の状況と見比べてから、彼は申し訳なさそうにしながらも頷いた。

 まずは咥えていた小刀を咲月に預けてから、

「その小刀の刃で、僕の手を刺し貫くんだ。大丈夫、少し力加減を間違えても――この状態だ、瑠羽ちゃんを傷つけることはないから。……ごめん、気持ちのいい仕事じゃないけど。……頼んでも、いいかな?」

朔海は、緋色の瞳で咲月の目を正面から覗き込み、様子を伺った。

 朔海の唾液で僅かに湿った小刀の柄を、咲月はぎゅっと強く握り締めた。――本当に、気分のいい仕事ではない。こんなふうに人を傷つけるだなんて。それも、好きだと思える大事な人を。

 

 ……でも、彼は吸血鬼で。彼が、吸血鬼としての能力を駆使して何か事をなそうとするならば、“これ”は必要不可欠な行為なのだと――彼の傍に居たいならば、受け入れ、受け止めなければいけない“事実”なのだと、咲月は既に理解している。

 ――だから。

 咲月は、小さく頷いた。

 朔海の、白くて綺麗な手の甲の中央に刃の先をあてがい狙いを定める。

 ひと呼吸の間を置いて――咲月は息を詰め、グッと力をこめて刃を押し出した。

 鋭い刃は、すぐにプツリと咲月の手に皮膚を破る感触を伝えながら、ずぶずぶと肉の中へ埋まっていく。途中、骨を刃の端が擦り、僅かに抵抗を感じたが、切れ味の良いそれが再び皮膚を貫くのに、そう時間も力も必要なかった。

 朔海の血で赤く染まった刃の先が、朔海の手のひらからのぞく。


 刃の先に付着した血が、魔法陣から放たれる光に触れた――その瞬間、弾力のある大きなグミキャンディを刃の先に押し付けられたような、ぐんにゃりとした触感のそれに、刃のそれ以上の侵攻が妨げられた。

 押しても押しても、ぐにゃぐにゃと主体性なく僅かに光は沈めど、やんわりまとわり付いたそれの抵抗にあい、押し進められるどころか加えた力の分だけ逆に押し戻される。


 魔法陣から放たれる光は、確かに朔海の血に対して明らかな抵抗を示していた。

 ――だが。

 「……ありがとう、もういいよ。――抜いて」

 障害物となって出血を抑えていた小刀の刃が抜かれ、二ヶ所の傷口から溢れ出す決して少なくない量の血が注がれると、バチバチとそれに憤るように静電気が弾けたような鋭い光と衝撃が魔法陣から放たれた。

 最初の一撃を受けた朔海は痛そうに顔をしかめたが、二擊目、三擊目と回数を重ねる度、その抵抗が徐々に弱まっていく。

 光が、徐々に朔海の手によって抑え込まれていく。

 「――っ、我、いにしえの契約により魔の力を借り受けし者。汝は魔の力を受け継ぎし者。互いに魔に属するものなれば、魔の掟に従いて、より強き力の前に従属せよ」

 朔海は、再び呪文らしき言葉を紡ぎ――

「吸血鬼王、紅龍が血を継ぎし第一王子『綺羅星の朔海』の血と名において命じる。――鎮静せよ」

最後に、重々しく命令を下した。

 途端、最後の抵抗とばかりに一際眩い光が明滅し、バシンと家鳴りにも似た衝撃音と、超小規模な雷の稲妻が朔海に向けて放たれた。

 「っ!」

 朔海はまたも痛そうに顔をしかめ、息を詰めた。

 

 だが、それを最後に光は一気に輝きを失い、しゅるしゅると萎んで消え、朔海の手により完全に抑え込まれた。

 ここまでの攻防が嘘のように、辺りがしんと静まり返る。


 「……っ、はっ、はあぁぁ、良かった……何とか収まった」

 朔海は息を切らしながら、白衣の袖で額に浮かんだ汗を拭った。

 

 「……大丈夫?」

 咲月は、朔海の瞳が緋色から濃紺へと変わるのを見届けてから、尋ねた。

 「ん、ひとまずは……ね。でも、一定時間おきに血を足してやらないと、また暴走を始めるだろう。……あの調子じゃ、多分一時間かそこらが限界だろうなあ」

 朔海は疲れた様子で言った。


 ――そう言う意味じゃ、なかったんだけど。 


 「――稲穂様」

 それでも、朔海は彼女に向き直り、真摯な目を向けた。

 「とりあえず、一時的な処置は済みました。今は、僕の魔力でもって無理矢理毒を抑え込んでいる状態です。――彼女の場合、その毒というのが晃希さんと同様に少々特殊なために、この状態を維持するためには、彼女自身の耐性が完全に戻るまでの間、定期的に魔力の補充をしてやる必要があるので、今夜一晩はこのまま、瑠羽ちゃんをここでお預かりしてもよろしいですか?」

 「ああ、頼む」

 稲穂は短く首肯した。

 「明日の朝までは、私もついていてやれる。明日の朝には、交代で晃希が来る手筈になっているからな。――それまでよろしく頼むよ」

 「はい。……大したおもてなしもお構いもできずに申し訳ありませんが」

 「構わん。――急なおとないをしたのはこちらの方だ。アタシの事は放っておいてくれればいい。それよりも、瑠羽を頼む」

 「それは、もちろんです。では、椅子をお持ちしましょう。……さすがに、立ちっぱなしというのもあれですから」

 そう言って、朔海は待合室の長椅子を診察室の中へと運び込み、、瑠羽が眠る寝台の横へ据えた。

 「――どうぞ」

 そして、彼自身は葉月の診察用デスクからキャスター付きの椅子を引っ張ってきて、稲穂と寝台を挟んで向かい合う場所に据えると、背もたれに体重を預けて腰を下ろした。


 「……大丈夫?」

 咲月は、もう一度彼に尋ねた。

 「ん? ……ああ、そうか。まあ、ね。一応大丈夫だけど……」

 さすがに今度は、咲月の質問の真意に気づいた朔海は、逡巡しながら答えた。

 「さすがに疲れたし、この後の事を考えると……やっぱり補給しておいたほうがいいだろうな。咲月、血を貰ってもいい?」

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