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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第七章 Work of Vampire's blood and poison
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医院の訪問者

 朝は6時に起床。身支度を済ませた後、階下の台所へ降り、朝食の支度を始める。

 7時に朝食。食事の片付けを済ませた後、自転車で商店街かスーパーへ買い物へ出る。

 お昼前には帰宅し、昼食の支度をする。昼食後から3時のティータイムまでは掃除の時間。

 掃除を終えたら、風呂の支度と夕食の支度。

 それぞれの家事の合間と、夕食後から就寝時までの合間の時間に、通信講座の勉強を進める。


 ――そんな、ほぼ毎日大差のない、平和な日々。


 一時期、静まり返っていた夜間の医院にも騒がしさが戻ってきた。

 

 「診療時間中は、何があっても決して診療所へ来てはいけませんよ?」

 以前、まだ咲月が彼らの正体を知らなかった頃から葉月が繰り返していたセリフは、少し形を変え、復活している。

 「診療時間中は、一人で診療所へ入らないようにお願いしますね。診療所へ用事があるときは、必ず朔海様か狛に同行してもらってください」 

 

 葉月が診る患者の大半が、人間ではない。

 「お嬢さんはもう、半分以上こっちの世界へ足を踏み入れちまった状態だってのに、連中の事を全く知らねぇってのはさすがに問題ありすぎだろ?」

 ――葉月や朔海は少々渋ったものの、狛のその一言がきっかけで、咲月は幾度か診療時間中に診療所へ出向くことになった。

 もちろん、直接治療に立ち会うような事はない。

 朔海や、狛の護衛を伴い、裏からこっそり覗き見るのだ。

 ……しかし、待合室に居並ぶ面々を見ても、どうみても人間にしか見えない。

 以前見たようなヤクザのような者から、ごくありふれた普通のサラリーマン風の男。夜の歓楽街が似合いそうな美女から、その辺のスーパーでレジ係のパート仕事でもしていそうな中年女性と、タイプこそ千差万別だが、だからこそ尚更に彼らが皆人外の存在なのだとは到底信じられない。

 頭から耳が飛び出ていたり、尻から尻尾がのぞくような者は皆無、突飛な髪色や瞳の色をしたものもほぼ居ない。

 テレビに映る渋谷の町並みを歩く若者たちの方が余程人外に見えてくる程に、彼らの装いはいたって「普通」だ。


 だが、診察室へ一歩足を踏み入れた瞬間、それが一変するのだ。


 一番よく見るのは、頭から耳が生え、尻から尻尾が生え、全身毛むくじゃらになるタイプだ。

 狸や猫、狐にとどまらず、犬や猿、鹿や猪、熊……。中には耳と尻尾ではなく翼と嘴を生やすものもいた。カラスや雀、フクロウ――いや、あれはミミズクだろうか?。

 「九十九神って、聞いたことあるだろ? 百に一つ足りない程長生きするとな、ああしてモノノケとなり、神の眷属として土地神をやってる奴も結構いるんだぜ?」

 ――と、狛は説明してくれた。


 また、見た目は人のままながら、するすると空気が抜けた風船人形のように見る見る間に縮み、最終的に手乗りサイズになってしまった者もいた。

 待合室にいたときは、普通に町で見かける、当たり前の現代風の服を身につけていたのに、縮みながら装いも一変させ、まるで日本の平安時代の貴族のような服装だったり、日本神話の神様が着ているような服装になる。

 「いや、あれは“ような”じゃなくて、本物の神や精霊だ。――まあ、下っ端ではあるがな。ほら、待合室に連れがいるだろ? あれは俺の元同族連中さ」


 そして、生き物ではない物へと変わるものも居た。古く、高価そうな日本刀、とか。

 「うん。あれは付喪神な。古い道具に依り憑いたモノノケだ」


 けれど中には、診察の最初から最後まで姿を変えることなく、ごく当たり前の診療風景のまま診察を終え、帰っていくものもごくわずかながら存在した。

 「――今の、長い黒髪の正統派大和撫子美女な、あれ、鳴神姫って言ってな? そこそこ位の高い雷神なんだ」

 そういう患者を診る葉月は他のものを診る時と比べ、格段に慎重になる。

 咲月の傍に居る狛や朔海も、緊張感を漂わせる。

 「ああいう風に、そもそもの本性が人の容貌をしている場合、魔物にしろ神族や精霊にしろ、格や位の高い場合が多いんだ。――つまり、持ってる力もそれだけ強いってこと。で、大抵の場合は気位も高いから、気を付けないと後で酷い目に合う」

 「『触らぬ神に祟りなし』ってアレな、ホントに気をつけないと、うっかり末代まで祟られかねない」


 ――訂正しよう。

 ほぼ毎日、目だけでなく、耳から、頭からボロボロウロコが剥がれ落ち、『現代科学が証明した常識』というやつがガラガラ音を立てて崩れ落ちていく、非日常的な日々を、咲月は送るようになっていた。

 

 ゴールデンウィークも過ぎ、雨がちな天気の続く季節。自転車で買い物に出かけようにも、不便な季節である。気温や湿度を考えると食材の買いだめもためらわれる。

 晴れ間を見つけては、ささっと出かけ、ぱぱっと買い物を済ませ、とっとと帰宅する。

 その為にも、朝のチラシチェックは欠かせない。

 

 ――その日。

 前日からずっと、しとしと降り続いていた雨が、ようやくあがったものの、空はまだ厚い雲が覆われ、天気予報でも午後からはまた雨が降り出すと言っていたから、咲月は朝食の片付けもそこそこに、急いで自転車を引っ張り出し、一人、スーパーへ買い物に出かけた。

 診療所は、定休日。

 葉月は、用事があると言って留守にしていた。


 最近、休診日の度に葉月はそう言ってどこかへ出かけていく。

 朔海は、その行き先に心当たりがあるようだったが、つまり今の咲月では行けない場所なのだろう。

 葉月は特に行き先を告げる事はなかったが、その日の夕飯までには必ず戻って来ていたから、咲月はその日も3人分の献立を思案しながら、買い物を済ませ、雨がまたふり出さぬうちにと急いで帰り――。


 そして、医院の扉を今まさに叩こうとしていた彼女を見つけたのだった。


 空模様を気にしながら、角を曲がり、自宅までの最後の直線を急ぐため、力いっぱいペダルを踏み込もうとした時だ。

 まだそこまで距離があるにもかかわらず、咲月は医院の前に立つ人影に気づいた。

 ――何しろ、とにかく目立っていたから。

 咲月は、自宅側の玄関前のアプローチへと続く角を曲がる前に、医院の玄関の前でブレーキをかけた。


 赤い、真っ赤な髪。地面すれすれまで伸びる美しい赤い髪を、頭の後ろでひとつに束ねた妙齢の女性は、艶やかな顔に驚きの表情を浮かべてこちらを振り向いた。

 赤い、派手な柄の着物を着崩した胸元からは、豊かな胸の谷間がのぞき、着物の裾からは美脚が見え隠れしている。

 そんな、同性である咲月でさえ目のやり場に困るような彼女の腕には子どもが一人、抱かれていた。

 まだ幼い――3、4歳くらいのその子どもは、見るからに苦しそうな呼吸を繰り返している。


 ――急患だ。

 すぐにそう察した咲月だったが、……今日は休診日。しかも葉月はどこかへ出かけてしまっていて、今は留守なのだ。

 医院に用事、という時点で、人間でない可能性が高い。しかも、子供はともかく、女性の方は明らかに普通の人間には見えない。

 

 果たして、どう対応すべきか一瞬迷った咲月に、女性の方が先に話しかけてきた。

 「――……アンタ、アタシが視えてるのかい?」


 ……今は、真昼間である。だが、目の前の彼女に陽光を畏れる素振りは見られない。

 積極的に諍いを起こすものは滅多に居ないが、非力な人間でしかない咲月にとって、弱肉強食が基本理念である彼らが危険極まりない存在である事実に変わりはない。

 朔海や狛どころか、周囲は静まり返り人の姿はおろか気配も感じられない今、なんの用意もない状態で、果たして安易に応えてしまっていいものなのだろうか?

 

 言葉に詰まった咲月の畏れと迷いを正確に読み取った彼女は、再び先んじて口を開いた。

 「心配するな。アタシはこれでも由緒ある神社に祀られた神の端くれだ。アンタを獲って喰うような真似はしないよ」

 ――ホントに気をつけないと、うっかり末代まで祟られかねない

 彼女の、神という言葉に、咲月は狛のセリフを思い出し、慌てて姿勢をただした。

 「はい。……あの、医院に御用がおありなんですよね? その……、今、葉月さん――医院の先生が出かけてしまっていて……」

 だが、朔海は家に居るはずだ。

 「あの、ほんの少しだけ、お待ち頂けますか? 家の者に、聞いて参りますので」

 「家の者、ね。アンタ、ここの医院の関係者? アタシの記憶じゃ、ここの家は白露殿の一人住まいだったはずだ。……彼の使い魔二人や、居候一匹を含めなければ、だが」

 「……はい。私はほんの数ヶ月前に、葉月さんに引き取られてこの家へ来たばかりなので、お仕事については私ではお答えできません。ですから――」

 「うん。……王子様の気配がある。アンタが言う家の者って、彼のことかい?」

 咲月は、彼女の質問に頷いてみせた。

 「ふうん、アンタ、あれが王子だと知ってるんだ?」

 彼女は、再び驚いたあとで、一瞬にやりと面白いものを見つけた表情をみせた――が、すぐに自らの腕の中の子どもに視線を落とし、で厳しい表情で告げた。

 「――ならば、頼もう。彼に言っとくれ。豊生神宮が次代の巫女姫の一大事だとな」

 

 

 

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