葉月の魔力と迫られる覚悟
「だがな。竜の血を暴走させると、辺りがまるで地獄絵図みたいになる程の毒素が撒き散らされる。もちろん、巻き込まれたらひとたまりもない。――が、それは相手だけじゃない。……誰よりもまず、白露自身の肉体が耐え切れなくなる」
狛が言う。
「一度目は俺、二度目は双葉と葉月のガキの村の連中、三度目は山賊ども。……俺はこれでも元は聖獣だ。それなりに耐性はあったにもかかわらず、ああいう様だったんだからな。――人間どもなんぞ一瞬でチリも残さず消し飛んだ。……そして、葉月の血と身体の半分は人間のものだ。もう半分の吸血鬼の血が持つ耐性と、治癒力で辛くも生き延びはしたが……さっきの坊ちゃんの有様でさえ大したことないように思える程酷い状態だった」
「私自身の力に、私自身の身体は耐え切れない。……制御のままならない力の抑制の仕方を、私は覚えねばなりませんでした。……私は、一度目の暴走をとめてくださった龍神様のもとへ出向き、導きを請いました」
「――で、示されたのは新たな龍との契約により、邪竜の魂を抑え、陰陽の釣り合いをうまく保つこと」
「んで、その修行の過程で俺と紅姫は邪竜と聖龍、それぞれの魂を抑え込む“鍵”として覚醒し――こうして使い魔モドキとして“復活”した」
「竜王の血の持ち主が現れたと情報を得た吸血鬼の王は、白露を取り込もうと我が子の教育係に任命した」
「――その我が子ってのが……」
「僕、だ。……けど、その頃の白露――葉月は、自分に流れる吸血鬼の血を忌み嫌っていてね。出会った当初は物凄い目つきで睨まれた」
「……私は、人間の母と吸血鬼の父との間に生まれました。――しかし、私の両親の関係は……私を吸血鬼と知りながら慕ってくれた双葉や、朔海様と咲月くんのような、愛情ある関係ではなかった……どころか……」
葉月が、一瞬瞳をほの暗い深紅に染め、憎しみを込めて言った。
「我が父にとって、私がこの世に生まれたのは事故でしかなかった」
自らの感情を落ち着けるため、一つ、大きく息を吐きだし、お茶をすすった。
「……申し訳ありません。女性の前で話すべき内容ではありませんね」
咲月は、首を左右に降った。
――朔海だけでなく、葉月もまた並大抵ではない辛い過去を持ち、それを越えて今ここに居るのだと知る。
単に、ただ長い時を単純に重ねただけではないからこそ、彼らは独特の魅力を持っているのだろう。
……どうやらその魅力を、『魔界の方々』とやらは解さぬようだが。
「私が朔海様にお渡しし、そこから咲月くんへと渡るかもしれない力は、そういう力です」
葉月が、まず朔海を、そして咲月の目を見て言った。
「朔海様は、私と違い、正統な吸血鬼の血と肉体を持ち合わせておいでですから、力を使っても私のように己まで傷つけることはまずないでしょう。――咲月くんも、朔海様の導きにより同族に加わるのであれば、朔海様と同等の血と身体を得ることになりますから、やはり私のようにはなりません。……ですが、周囲に及ぼす影響は逆に私の場合より更に酷い方向へ増すでしょう」
「……耐性と、元来の魔力の総量の分だけ、な」
「咲月くん、先程、朔海様が術式を行う様をご覧になりましたね? ――我々吸血鬼の魔力が血に宿り、術式にはそれを使うことは理解していただけたと思いますが――術式のため、朔海様がそれで魔方陣を描いていたのもご覧になりましたね?」
葉月に問われ、咲月は頷く。
「魔力って、結局のところはエネルギーの一種でね。ただ、あるだけでは何ら意味をなさないんだよ」
朔海が言った。
「そうだな、分かりやすく例えると……例えば、電力だ。電力として、ただあるだけでは……・触れればビリビリして、電圧次第では怪我をしたり、場合によっては命も脅かされるけれど……でも、それだけだよね? 光や、熱源や、音や――それぞれに変換して便利に利用するには、そのための機器が必要だよね?」
朔海は、頭上の電灯や、キッチンの湯沸かしポットへ目をやりながら言う。
「魔力も、同じ。――僕たちの魔力は、悪魔から借りた一種の毒素だ。魔力の――毒素の強さ次第では十分すぎる攻撃力を有するけれど……でも、それだけ。攻撃以外に利用するには、その用途に沿うよう調整しなきゃならない。……それに、攻撃をするにしても……ただ力に任せて魔力を吐き出すだけでは、どうしても吸血鬼の本性に引きずられてしまうし、何より細かいコントロールが利かないから、やっぱり術式は欠かせない」
「――まあ、攻撃に関しての持論は坊ちゃんと葉月に限った話で……例によって魔界じゃ力任せの喧嘩の方が正統なんだけどな」
「そして、魔力をコントロール際、もっとも基本となる力は“意思”の力です」
「魔力を使って、あれをしたい、これをしたい……そう具体的にイメージした上に魔力を乗せる。……けど、複雑な使い方をするにはそれだと間に合わない」
「そんなときは、意味のある“言葉”や“文字”や“形”を利用する。例えばさっきの術なら“ルーン文字”と“籠目”がそれに値する」
籠目、とは六芒星を言い換えた言葉だ。
「ルーン文字だけじゃない、用途によっては梵字とか色々組み合わせて使うんだ。考案したのは葉月だが、ファティマー監修のもと、坊ちゃんと共同開発してきた技術なんだぜ」
青彦が、得意げに胸を張った。
「まあ、ある意味特殊技術だな。つまらぬ技術と誰も見向きもしないから、扱えるのはこの世でこの二人だけだ」
狛がにやりと笑う。
「本当は、吸血鬼でさえあれば誰でも習得可能な技術なんだけどね……」
紅姫が、肩をすくめる。
「ただし、先程見ていただいて何となく察しておられるかもしれませんが……、その意味ある言葉や形を描くにも、それに魔力を与え、実際に発動させる際にも血を――魔力を使うがゆえ、術式によっては相応量の魔力が必要になる。――故に、私では簡単なものしか扱えません。……少しでも無理をすれば私の身体はすぐに負荷に耐え切れなくなり、ひたすら血を吸い続けねば力の暴走を引き起こしてしまう」
咲月は、初めて彼らが吸血鬼だと紅姫から聞かされた時の、葉月の姿を思い出す。
彼もまた、それだけの危険をおして、咲月を守ってくれていたのだ。
本当に、どうして自分なのだろう。
どうして彼らは咲月を見つけ、引き取る気になったのだろう。
「――ですが、朔海様であればそんな心配をする必要もなく力を扱える。だからこそ……、私であればある一定量を過ぎてしまえば私の身体の方が耐え切れずに消滅し、そこで事は済みますが、あなたが力を暴走させればとめどなく力は暴走し続ける」
「私が、朔海様にお渡しする力はそういう力。――それを、良くご理解いただきたいのです」
朔海が、頷いた。
朔海は、既に聞き知っている話であるのだろう。
「ああ。……分かってる。――覚悟は出来ている」
もう一度頷き、そう答えた。
咲月も、もしも吸血鬼になる選択をするならば、それだけの力を託されるのだ。
それだけの覚悟が必要なのだと、葉月は言っているのだ。
「――分かってる。そんな簡単にできる選択じゃないのはちゃんと分かってるから、急がなくていい。……ゆっくりでいいから」
いつの間にか日も傾き、もともと薄暗い部屋から光の気配がだんだんと薄れていく中、咲月はしっかりと頷いた。
これから先のことを、しっかりと考えなければならない。
正真正銘、文字通り人生を左右する重大な選択だ。間違えるわけにはいかない。一度選んでしまえばもう後戻りのできない道だ。
咲月は、芽生えたばかりの淡い恋心を胸にしっかり刻み込む。
――考えよう。その覚悟をするために必要なことを。幸せな未来を掴むために必要な試練の一つがそれだと言うのならば……。




