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Need of Your Heart's Blood 1  作者: 彩世 幻夜
第七章 Work of Vampire's blood and poison
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葉月の過去

 時計を見れば、針は12時どころか1時をとっくに過ぎ、もうじき2時になろうとしているところだった。

 遅い昼食のメニューは、何故か赤飯が食卓に並べられていた。

 

 朔海に、好きだと真正面から告白され、色々いっぱいいっぱいだったのは確かだが……いつの間に皆がいなくなっていたのか、全く気付かなかった。

 気づいた時には地下室に彼と2人きり。

 上へ戻るには、またあの真っ暗で何も見えない階段を上っていかねばならない。

 「……その、危ないから……」

 朔海は少し赤くなりながら、言いづらそうに語尾を濁し、視線を泳がせた。

 濁された語尾に続くはずだったであろうセリフは、咲月もすぐに察した。

 しかし、ついさっき自覚したばかりの恋心と、彼からの告白で既に心臓の鼓動は早まったまま、もはや今の速度がデフォルトであったかのような有様だ。

 咲月は咲月で、同じく視線を泳がせたまま、赤らめた顔を無言のまま縦に振るしかない。


 お互い、ぎくしゃくとぎこちない動きのまま、咲月は朔海に抱き上げられた。

 ――移動の間は、朔海の表情は闇に飲まれて見えなくなる。だが、全身に感じる体温と、すぐ耳元で聞こえる彼の少し早い心音や……視覚以外から得られる全ての情報が、よりダイレクトに伝わってくる。

 

 診療所の事務所へと――光のある場所へと戻ってきたところで、青彦が事務机の上でにやにやしているのを見つけた。

 咲月は慌てて降ろしてもらいながら、青彦のにやにや顔を直視できずに彼に背を向け、羞恥で熱くなった頬を押さえた。

 「……葉月は?」

 「葉月も、狛の旦那も多分台所にいると思うぜ?」

 「台所……ってまさか葉月が食事の支度を!?」

 青彦の答えに、朔海はザッと青ざめ、慌ててダイニングへ駆け込んだところ――。


 葉月は食卓の定位置に座り、狛はテーブルの脇の床に両足を投げ出すように体を横たえて寛いでいた。

 そして、何故か食卓の上にはスーパーで買ってきたらしい透明なプラスチックの容器に詰められた赤飯が、人数分並べられていた。


 ――さあどうぞ、と仕草で促され咲月が席に着くと、狛が頭だけを持ち上げて口を開いた。


 「――では、改めて。“初めまして”、お嬢さん。俺の名は、狛だ。」

 ごく一般の家庭としては十分広い方に分類されるはずの、葉月宅のダイニングキッチンだが、規格外の体格をした彼が入るとさすがに手狭に感じる。

 なにせ、お互いこの体勢でちょうど目線があうのだ。


 「……昔、とある神サマに狛犬として仕えていたんだが、その主がな、仕えるに値するとは思えねぇクソでな、ある時堪忍袋の緒を切らして噛みついてやったら、天界から放り出されたんでね。人間界で悠々自適な生活を営んでたんだがな」

 狛は、自己紹介のついでのようなノリで自分の過去の話を始めた。

 「人間どもの狼や野犬狩りに巻き込まれるのも面倒で、連中が滅多に足を踏み入れないような山の奥深くに棲んでたんだがな。――そんな場所に、ある時十にも満たないような子どもが一人でやって来た。飢えた瞳をして、ガリガリに痩せた汚い身なりのそのガキは、俺を見つけて逃げるどころか驚くことに俺を喰おうと襲いかかってきた。」

 ちらりと葉月の方へ視線を飛ばし、わざとらしくにやついてみせながら、狛は続ける。

 「そいつは、普通の人間では有り得ない身体能力を持っていた。――が、たかが十足らずの半魔に、『元』がつくとはいえ、齢を重ねた聖獣である俺様が負けるはずないだろう? もちろん、初戦の勝負はあっさりついた。当然、俺の圧勝だ」

 狛の視線に、葉月は渋い顔をしながら茶を啜った。

  「……けど、その直後に番狂わせがあってな。――山の……野生の掟は弱肉強食だ。勝ったからには縄張りを荒らす輩を生かしておくわけにはいかねぇ。俺はそいつにとどめを刺すつもりで近づいたらな、瀕死のそいつの中にいるやつが襲いかかってきやがった。真っ黒くてでかい竜……翼を持ったトカゲみたいなやつがな」

 狛は自嘲の笑みを浮かべる。


 自己紹介の延長のような、そんな軽い調子で始まった話が、どんどん不穏な方向へ向かっていく。

 咲月は、そっと葉月の様子を窺った。

 「……すみません。本来、食事中にするような話ではないのですが……。しかし、是非にも聞いて、知っておいていただきたい話なのです」

 気づいた葉月に言われ、咲月は食事をすすめながらも、彼らの話に耳を傾けた。

 

 「第二戦目の結果は……俺の惨敗。そいつの放つ凄まじい毒気に辺りの森も枯死しちまうし、池の魚はみんな腹を仰向けにぷかぷか浮かんできちまうし……ありゃあ、まじで酷い光景だった。あのままだったら俺も毒気にやられてただろうな。……けど、幸いにしてそうはならなかった」

 「……ええ。暴走する竜を抑え、辺りの毒気を浄化してくれた方が居りましてね。……私の血に宿るものとはまるで違う、荘厳な龍神様と、その巫女姫様が」

 「――まあ、かれこれ五百年くらい前の話だがな。この白露とは、それ以来の腐れ縁、ってやつでね」

 「そして、それが過去三度あったうちの、最初の一回目がそれだったんです。私が、自分の身の内に眠る血を呼び覚まし、暴走させてしまった……苦い後悔の記憶の――」

 「唯一、俺とこいつしか知らねえ記憶だな」

 「ええ。当時はまだ、朔海様はおろか、葉月――青彦や、双葉――紅姫もまだ生まれていない時代……私がまだ、肉体も精神もあまりに未成熟であった頃の過ちです」

 お茶を啜り、ため息をついてまたお茶を啜り――。

 「そして残りの二回は――」

 「坊ちゃんはまだ生まれる前だ。……けど、その二回のどっちとも、俺らが当事者だ。俺と、紅姫。――かつての葉月と双葉が今、こんな姿でこいつの使い魔やることになった理由――原因だな」

 葉月の言葉を拾うかたちで、今度は青彦が言葉を継いだ。 


 「前に、言っただろう? 俺が、こいつを殺そうとしたって話。……まさに、それこそが二回目の暴走の引き金だったのさ」

 青彦が、渾身の自嘲を込めて苦い笑みを漏らす。

 「俺は、その当時、好きな女がいた。俺は……まあ特に変哲もない、ごくありふれた農村の一般家庭の次男で、彼女――双葉とは寺子屋で一緒に手習いする程度の仲で……まあ、要は俺の勝手な片思いだったんだけどな」

 「……まあ、そうね。そのくらいの歳の男の子なんて、皆泥だらけで暴れまわるばっかりで、ちっとも魅力的には見えなかったもの。……だから、同じような年頃に見えるのに、彼らと全然違って紳士的で、見目も良くって……なんだか不思議な雰囲気の素敵な殿方に出会った私は当たり前に彼に惹かれたわ」

 「何年も、何十年経っても歳をとらない……。そんな私が、人里で当たり前の生活などできるはずもありませんでしたからね。私も、狛のように山の中で生活していたのですが……、何分、半分は人間の血を引く身とあって……狛よりも衣食住の調達がやっかいで。中途半端な“奥”で暮らしていたせいで……うっかり見つかてしまったんですよ」

 「それで……、まあ色々あって私と彼は恋人としてお付き合いする事になった訳なんだけど……」

 紅姫が、あえて大胆に端折った後を、青彦が継ぐ。

 「――女が一人、度々山奥へ出かけていく……。どうもおかしいと、俺はあるとき双葉のあとを尾けて行った。……そしたら山ん中に見知らぬ男がいて、しかも双葉と仲良くしていやがる。余所者が、俺の女に手を出した――。全く、今考えると恥ずかしい限りだがな、当時の阿呆な俺はその光景に本気でそう思った。……彼女でもなんでもない、俺がただ勝手に想いを寄せているだけの、ただの幼馴染みでしかない女を、“俺の女”だなんて、な。――で、早速俺はとっとと男を村から立ち退かせるために、村の喧嘩友達と徒党を組んで、双葉が居ない隙を狙って男の住処を襲った。――けど、そこで俺らはありえないものを見た」

 「……当時、私は約三百歳……ちょうど今の朔海様と同じくらいの年頃でね。初めて出来た恋人に、私もうかれて舞い上がっていたんでしょうね。――油断していて……気づくのが遅れました」

 「男が、双葉の首筋に口付けて――……それだけでも俺にとっちゃ大ごとだったけど……そいつは……血を啜ってた。それを見た俺たちは、化け物だと思った」

 「まあ、間違いではない。確かに私は吸血『鬼』ですからね」

 「俺たちは、すぐさま村の連中に伝えて回った。山に、恐ろしい化け物が巣食っていると。――村ではすぐさま討伐隊が組まれ、男衆が農具を武器がわりに山へ分け入り山狩りを始めた」

 「……それを知って、私は白露と一緒に逃げようと思った」

 「ですが、私はそれを止めました。――人目を避けて、人里から離れた山中をあてどもなく彷徨う永の旅路は、彼女にはあまりに酷すぎると……そう思ったから」

 「それで、意見が分かれて問答している間に……私たちはあっという間に包囲されていた」

 「――俺はさ、双葉を化け物から格好良く助けて、化け物追っ払って、双葉が俺を見初めてくれたらいい……なんて、甘っちょろい事を考えて討伐隊に加わってたけど、村の連中は……双葉も化け物の仲間だって言って……武器を向けた」

 「白露が、精一杯庇ってくれたけど……何分、多勢に無勢だったから。以前話したとおり、私は致命傷を負って……」


 「私が、双葉の血を吸い尽くし――彼女の命にとどめを刺しました。冷たくなっていく彼女の亡骸を抱きながら……私は、愛したものを亡くした絶望に、激しい憎悪にかられ――その感情に、我が血に眠る竜が魅入られ目を覚まし……」


 「気づいた時には当たり一面、焦土と化してた。……そのきっかけを作った張本人である俺は、双葉も一緒に殺そうとする村の連中を止めようとしてすったもんだした挙句、野郎連中に殴り倒されて転がされてたせいで……なんの因果か生き残っちまったっつー、なんとも締まらねぇ話でな。しかも、その後で何だかんだそいつと話してみたら……何か……いい奴でさ。ホント、俺、なんであんな馬鹿なことしたんだろうって思いながら、こいつについて旅から旅への日々をこいつと、こいつのダチとして送るようになった」

 「……けれど、その日々もそう長くは続きませんでした。各地で不作が続き、大飢饉となり――各地で混乱が相次いで起きました。食糧難に喘いだ人間たちが、普段なら決して立ち入らないような山奥深くまでやってくるようになった。――小競り合い程度の争いは珍しくなく、藩主の軍が出張る程の諍いも決して少なくなかった」

 「白露はさ、半分は人間だけど、もう半分は吸血鬼だろ? ……だから、最悪、獣の生き血だけでも数年程度は生きてられる。けど、俺は正真正銘、タダの人間だったからさ、……まともに食えなくなったら三ヶ月も経たずに飢えて役立たずの足でまとい街道まっしぐらってなところを山賊に襲われて、な」

 「正直、その後の事は双葉の時と何ら変わらない。このバカは、死ぬ間際に双葉と同じ事を私に願った。……私が、彼にとどめを刺しました。彼の血を吸い……そして、竜の血を暴走させた」

 「俺としちゃあ、ただ無駄死にするよりは……って思っただけなんだけどな」

 青彦は、軽く肩をすくめた。

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