告白
「血を吸うから吸血鬼なんですよね? そんなの、今更じゃないですか」
それを聞いた朔海は鳩が豆鉄砲でも食らったようなような表情をした。
「だって、さっきなんかこの間大怪我していた時と大差なく見えるくらい酷い状態だったんですよ? それを治すのに、私の血が必要な事はそのとき聞きましたし、そもそも今日は血が要りようになるのだと初めから分かっていたのに、どうして血が欲しいと思うことを悪いことみたいに言うんですか?」
「君は……。僕は、自分の吸血衝動を抑えきれずに君を襲ってしまったのに……どうして……」
「でも、それは朔海さんだけの責任ではないでしょう? そうならないよう、あらかじめきちんと注意してくれていたのに、それを守れなかった私にも非があったんですから。……それに。……あんな状態の朔海さんを放って行くなんて、したくなかったから」
咲月は羞恥にそれ以上朔海の顔を直視できずに少しだけ目を伏せた。
「だから……、その……、べ、別に嫌とか怖いとか、思ってませんから……、だから、それを悪いことみたいに言わないで……」
朔海は咲月の言葉を聞いて、まず驚き、そして一瞬辛そうな顔を見せたあと、泣きそうな顔になり、最後に少しだけ笑みを浮かべた。
「――本当に? ……例えばこんなことをされても、君は本当にそう言える?」
朔海は咲月の掌に、己の牙をあてがい、甘噛み程度の力でその皮膚に負荷をかける。あと、もうほんの少し力をこめれば、牙はたやすく肌を食い破る。
悲しそうな笑みを浮かべる彼から、以前感じたあの凶悪な色気の片鱗を感じる。
心臓は再び鼓動の速度を早め、頭の中の冷静な部分がどこかへ飛んで行きそうになる。
妙に艶かしい雰囲気に、心が羞恥で満たされる。
顔から火が出る、という言葉があるが……本当に、いつそうなってもおかしくないくらい、顔が熱くてたまらない。
きっとこれ以上ないくらい赤面しているに違いない。
――でも、彼は咲月を試しているのだ。そして、朔海は咲月が逃げると思っていて、そうなることを願っている。
咲月はそれがたまらなく悔しくて、逃げ出したくなるほどの羞恥に必死に耐え続けた。
しばらくの攻防の後、諦めのため息をついたのは朔海の方だった。
困ったような、今にも泣きそうな笑みを浮かべた朔海が、そっと咲月の身体を抱き寄せた。
そのまま、ぎゅっと抱き締められる。
「さ、朔海さん?」
「――朔海、でいいよ。敬語もいらない」
耳の、すぐ近くで朔海の声が言う。
「……君を見つけた時から、僕は君に惹かれてた。けど、僕は君に幸せになって欲しかったから……僕の手元に置けば、君を不幸にしてしまうと思ったから、一度は君を手放した。……でも、もう無理だ。僕はもう、君を手放せない」
優しく――でも、さらに力強く抱き締められる。
「僕は、君のことが好きだ。……君が――君といる未来が欲しい。だから、僕の全てをかけて君を守ると誓う」
間近で、熱烈な告白をされた咲月の心臓は、限界まで鼓動を早める。
「君に酷な選択をさせなければならない未来を、それでも選んでもいいと、君が思ってくれるように努力するから……だから……」
朔海のことが、好き。そう自覚はしたけれど……ここまで言われて、まだその覚悟ができない自分が嫌になる。
「急がなくていい。……ゆっくりでいいから。僕の隣を歩いて欲しい」
でも、そのくらいだったらできるから。
咲月はそっと頷いた。
「あの……だったら、私も、咲月、でいいです。そもそも、年上なのは朔海さ……朔、海……、のほう……なんだから」
「……ん。……でも……お願い、歳のことは言わないで」
そっと、咲月から離れた朔海は、すこしバツが悪そうに目元を赤く染め、視線をそっぽへ向けた。
――あ、ちょっと可愛い……。
咲月は思わず微笑んだ。
「――なあ、俺、今すんげぇ居づらいんだけど。あれ、絶対俺らのこと忘れてるよな?」
青彦が、少し離れた場所から半眼で呟いた。
「だから言っただろう。こういうのはいつだって勢いが大事なんだ。過保護が過ぎればいつまでたっても殻は破れない」
ふん、と狛が少し得意げに言う。
「……先に出て、お風呂の支度でもしておいたほうがいいかしらね?」
紅姫が言う。
「いや、ダメだろ。葉月にそれをさせるってのはうまくないぜ」
「いやいや、それより、こういう時は赤飯で祝うのが日本の伝統だろ。おい白露、ちょっと行って買ってこいよ」
好き勝手に言いたい放題言う己の使い魔と悪友のやりとりを聞きながら、葉月は感慨深く2人を眺める。
「では、私も……覚悟を決めなければなりませんね」